一番になりたかった。
他の誰でもない、貴女の一番に…。
『長谷部、お買い物についてきて頂けますか?』
長「……は…?」
非番を頂いたとある日。昼餉が済んで午後は鍛練でもしようかと着替え、部屋を出たところで主にそう呼び止められた。
主の買い物に…俺が…?
『お忙しかったでしょうか?非番なのにすみません』
長「い、いえ!是非ともお供させてください!…しかし、何故俺を?近侍の薬研は…」
『はい。薬研も一緒なのですが、少々人手が欲しくてですね。お米が無くなりそうだと光忠から聞いていたもので』
聞けば、米だけでなく醤油や砂糖といった調味料も底がつきそうなのだと仰られた。先程ご自身で確認なさって今日中に揃えなければ明日の味付けが出来なくなると。
そして、言い出しっぺの光忠は遠征部隊に組み込んでしまって不在。仕事に一区切りついた主は気分転換も兼ねて買い出しに行こうと思い立ったらしい。
身体の大きな太刀や打刀の連中も出陣や内番で手が放せない。だから唯一非番で体格もある俺が荷物持ちに抜擢されたと、そういうことなのだろう。
理由はどうであれ、主の命とあらば…。
長「荷物持ちでも何でもお申し付けください」
主をお守りしながらより近くでお支えできるならば喜んで従おう。
再び大丈夫なのかと問われる主に快く頷き、俺は主と薬研と共に買い出しへと向かった。
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薬「んじゃ、俺っちは調味料の方行ってくるな」
『はい。よろしくお願いします』
予め手分けすることを決めていたのだろうか、薬研は主と俺を残して万屋の奥へと歩いて行ってしまった。
万屋と言えど近侍のくせに離れてしまって良いものなのか?…まぁ、今は薬研だけでなく俺がついているからと踏んでのことなのだろうが。
『では、私たちはお米を買いに行きましょうか』
長「はい」
現在うちの本丸には主を含めて二十八人いる。米は頻繁に買いに来ているものの、やはり男所帯な上に食べ盛りが多いからか減りが早い。
特に刻燿はあんな細身でも大太刀だからか岩融に並ぶ大食らいだ。何度もおかわりを要求するあいつに主は嬉しそうに飯を盛ってやるものだから、俺も主が良いのならと思ってはいたが…。成る程、出費は思った以上に激しいようだ。
主が会計を済ませ、米俵を担ぐと少々不安そうに見上げられた。
『重いでしょう?折角のお休みにこんな仕事させてしまって…』
長「お気に病む必要はありません。貴女の命とあればこれくらい容易いことです」
『ありがとうございます。薬研が来るまでそこの椅子で休みましょう』
端に備え付けられた長椅子に腰掛けるよう促され、米俵を横に置いて主と共に並んで座る。
店内には俺たち以外にも審神者と近侍がおり、それぞれ何が足りないだの何が欲しいだのと物色しているところだ。その誰しもが浮かべるは笑顔。
『…長谷部』
長「なんでしょう?」
『いつもありがとうございます』
長「!き、急にどうされたのですか?」
いきなり礼を述べられたことに驚き、頭一つ低い主を見下ろす。彼女は真っ直ぐに俺を見上げていて、その美しい瞳に心臓が高鳴った。
『ちゃんと言わなければとは前々から思っていたのです。貴方は私の為にいつも良い結果を残そうと、何に対しても真剣に取り組んでくれているでしょう?』
長「そんな…、それは当然のことです」
主があってこその刀剣男士。主の為ならば何でも完璧にこなしてみせます。
『貴方らしいですね。でも私が言いたかったお礼はそれだけではありません』
長「?」
『私の顔色、気にかけてくれていたのでしょう?』
長「…………」
刻燿から聞きましたと言う主に視線を逸らす。
つい先日、主は夢見が悪くてよくお眠りになれない日が続いていたのだと俺たちに話してくださった。その夢の内容が内容なだけに悩んでおり、今もまだ何もわかっていないのだと。ただの夢として済まされない気がすると内に秘めていた不安も言葉にして…。
全員に話す前に薬研と刻燿に相談されたそうだが…、あのお喋り猫刀め。主が気に病んでしまうから言うなとあれほど…
『嬉しかったです、凄く』
長「え…?」
謝られてしまうかと思っていたところの意外な一言に顔を戻す。しかし今度は主がお顔を店内へと向けてしまった。辿れば他愛もない話で盛り上がる刀剣男士と審神者の姿。
チラッと視線だけを主に向ければ、彼女は少しだけ羨ましそうな色をその瞳に宿していた。
『…私は彼らのように感情を表に出すのが苦手です。審神者として就任した当初よりは出るようになったと薬研や刻燿に言われますが、それでもまだまだだと自分でもわかっています』
長「主…」
『そんな私が夢見の悪さと寝不足に悩み、まだ皆さんには言うべきではないと一人で考えていたことを貴方は知ってくれていました。わかりにくいでしょうに、私の表情を読み取って。私は考えたことを胸の内にずっと隠していることはしません。ちゃんと皆さんへも報告します。それを理解した上で貴方は黙って見守ってくださいました。私はそれが嬉しいのです』
長「っ、そんな…。勿体無いお言葉です」
この方はいちいち言葉が真っ直ぐだ。ご自分でも仰られた様に思案されたことをご自身の中にひた隠しにすることは無く、良いことでも悪いことでも必ず口に出してくださる。それによって俺たちがどんな想いを抱くのかと…、そこまでお考えになった上での言葉を。
例え主の一番ではない俺のような刀剣相手でも、それは変わらない。