『初めて貴方に与えた主命、覚えていらっしゃいますか?』
長「忘れる筈もありません。"守れ"と」
俺が大事に思っているもの。主が大事に思うもの。これから大事にするものも全て守れと仰った。
『はい。今でもずっと心に置いて全うしてくださっていると私も知っています。そんな貴方にもう一つ主命を与えたいと思いまして』
長「何なりと」
頭を垂れた俺に彼女は身体ごと向き合うように体勢を変え、"主"として接する時の少し低めの声音を発した。
『…へし切長谷部。貴方にはこの先ずっと、第二部隊の隊長につくことを命ずる』
長「!(……第…二……)」
第一ではなく…第二。
…やはり俺は…、貴女の一番にはなれないのか。
薬研藤四郎と俺の差は一体何なのだ?しかもこの先ずっととは…。主もなかなか酷なことを仰る。
『嫌ですか?』
長「!いえ!主の命とあらば…」
返答が遅れたことを気にされて慌てて首を振る。そんな俺を見た彼女は見透かしているような透き通った瞳を少しだけ細めた。
『正直なことを言って構いません。第一部隊長と近侍をご所望なのでしょう?』
長「……知った上での…ご決断なのでしょう?」
ぴたりと言い当てられるのだからそうなのだ。俺では主の側近として務まらぬと…、そうお考えになっての第二部隊長なのだと…。
『そうですね。残酷なことを言っているのは重々承知です。でも、長谷部を第二部隊長にするのはちゃんと理由があります』
長「…それは?」
第一ではなく第二部隊長につける理由とは…、第一に届かぬ理由とは何なのか。
聞く覚悟はできている。そう決意を込めた目で真っ直ぐに主を見れば、彼女もまた俺にその想いを伝えようと見つめ返した。
『近侍も第一部隊長も確かに重要な仕事でしょう。刀剣男士にとっては第一部隊に入れるだけでもとても誉れ高いことなのだと…、養成所でもそう勉強しました。でも、私は第二部隊長も同じくらい…、いいえ、それ以上に重要だと思っています』
長「それ以上?しかし一番お近くで支えられるのは…」
『近いか遠いかで言えば長谷部の言う通り、近侍兼第一部隊長でしょう。でも私は第二部隊長には特別な拘りを持って貴方を指名しました。
…直接言葉にはしていませんが、貴方にはずっと"守れ"以外の主命を与え続けていました』
長「!?」
"守れ"以外の命?そんなこと主は一言も…。否、直接言葉にしていないと言うのだからわからないのも当然なのだが。
長「な、なんです…それは?言ってくださらなければ主命は全うできません」
『全うできていますよ、ちゃんと。"私の目、手、足になること"。それが私が勝手に与えていた命令です』
長「は…?」
なんだ…その命は…?聞いたことも無いし主はそんな素振りすら見せたことは…
長「不自由…なのですか?」
『あら、考えがそっちに行ってしまいましたか。私は至って健康体ですし、そういう意味ではありませんよ』
長「そ、そう…ですか。では…?」
その言葉にほっとしつつもまだ心には蟠りが残ったままだ。主の今までの言動、行動を思い返しても何が俺への命令になっていたのか…。
『刻燿が顕現してから、私は出陣禁止にされてしまいましたでしょう?』
長「当然です。元より主が出陣など、本来あってはならないことですから」
『だからこそずっと言わなかったあの命令です』
長「?」
『私が就任した当初、長谷部は私を認めるか否か見極めるためにと直接刃を向けてくれました。真っ直ぐ忠実で怠慢も慢心も許さない方だと、刃を交えた時からわかっていました』
長「…………」
『出陣禁止されてから、私は戦場が見られなくなりました。私も審神者の端くれ、式神を使ったり何かしら術を使って見ることもできますが、それはあくまでも第三者としての目線です。実際に戦場に立った貴方たちの大変さを十分に理解するには遠い』
長「だから俺に"主の目、手、足になれ"と?しかしそれは薬研でもできることでは?」
悔しいが主の近侍は薬研だ。主の手足として十分な力量があると俺だって認めている。彼女だって俺や他の連中が近侍についてどう思っているかなど疾うに理解しているだろう。
しかし、彼女は首を横に振った。
『いいえ、薬研では近すぎるのです。薬研は近侍として私の傍に控えることが多くなりました。戦場育ちと言えど、短刀として守り刀でもありますから当然と言えば当然です』
長「…………」
『それがいけないわけではありませんし、寧ろそうであることが薬研の務めです。ですが私との距離が近すぎて、私たち二人の目でも見えない場所、手の届かない場所、足を運べない場所があります。それを貴方には補って頂いていました』
長「…まさかとは思いますが、主の外出中に俺に留守を任せていたのは…」
『その"まさか"です』
漸く合点がいった。主と薬研の外出中は主は本丸の様子を当然見られない。だから留守中の本丸を主の代わりの"目、手、足"として俺に任せていたのだ。
主の初めての会議の日から始まり、特別任務の時もこの間の祭りの時もそうだ。他の誰かではなく俺に、主から直々に『留守をお願いします』と頼まれていた。
長「では、何故俺なのです?」
勿論主から命を受けることは、俺にとっては誉れを頂くことに等しい。しかし、薬研を除いても二十六名の刀剣の中から何故俺をお選びになるのか?
『言ったでしょう、貴方は私に刃を向けてくれたと。前任への忠義が残っていたあの状況で刃を交えてくださいました。私を認める前だったからこそ真剣に。二十五いた刀剣たちの中で貴方だけなのです』
長「!そ、それは…今思えば無礼極まりない行動で…」
『いいえ、あの時の貴方と私の関係は来訪者と刀剣男士。主従ではありませんでしたから、無礼でも何でもありません』
長「…………」
『あの一戦で私がへし切長谷部という刀を知り、貴方も私という人間を知ってくれました。竹刀を通してわかったでしょう?私は"負けず嫌い"だと』
長「…そうですね。正直に申し上げますと『負けなければ良い』『攻撃したら終わってしまう』と言われた時は流石に頭に血が上りすぎましたが…」
『わざとです』
あ…、貴女という人は…っ。
溜め息を吐きそうになるのを呑み込み、咳払いで誤魔化す。
主が自負しているように、彼女は負けず嫌いで努力家で妥協を許さない方だ。そこに少しばかり気紛れな部分も加わって、例えるならば猫だろうか。前に鶴丸も「負けを知らない黒猫」と言っていたが、全くその通りだと思う。
行きすぎて少々頑固な部分もあるが決して自信家なわけではない。しかし気弱なわけでもなく、努力してきた強さを持って相手の力量を分析し、その上で着々と歩を進めるお人だ。
『私の為人を知っても尚、常に私の為にと主命を全うしてくださる貴方は従者の鑑のような方だと思っています。私の刀として恥じぬよう貴方も"負けず嫌い"であろうとしてくれているのは、毎朝共に鍛練している時にも嬉しいくらいに伝わってきました。そんな貴方はまるで"もう一人の私"のようだとも…』
長「な…っ!?そ、そんな…、俺なんかが烏滸がましい…」
俺がもう一人の主だなどと…。確かに主のような強い者であろうと日々鍛練してきたつもりだが…、主からそんなお言葉を頂けるとは…。
『謙遜することはありません。私が感じた率直な感想です。そしてそれがへし切長谷部を第二部隊長に任命する理由です。私自身が目で追えない、手足の届かない分を貴方に補って頂きたい』
長「俺に…」
『勿論、長谷部は私ではありませんし、今まで通りの貴方個人としての意見…心を持っての行動をとって頂いて構いません。
私は私の思うこと考えたことを全て皆さんに話していますから、理解者という意味では皆さんそうですが。その中でも貴方は私に似て"負けず嫌い"で、簡単には意思を曲げない"頑固者"。近すぎず離れすぎずの立ち位置で、私を理解している刀剣男士…。それはへし切長谷部、貴方ただ一人しかいません』
長「!」
『貴方にしか与えられない命令です。"へし切長谷部を第二部隊長に任命する"。受けて頂けますか?長谷部』
長「…………」
……貴女という人は…。本当に残酷なお方だ。残酷なのに、貴女の言葉はまるで甘味のようにお優しい。
長「…違うでしょう、主。命令とはもっと厳しく言うものです」
『あら、厳しいつもりだったのですがね…。優しい命令はお嫌いですか?』
長「いいえ、まさか」
口角が上がるのが自分でもわかった。それを隠すことなく、主の前に移動して跪く。
長「拝命致します。俺、へし切長谷部は主の目となり手となり足となり…、第二部隊長として貴女の為に尽くしましょう」
『はい。よろしくお願いしますね、長谷部。ありがとうございます』
長「はっ!!」
お礼を申し上げるのは俺の方だ。
一番になりたかった。
他の誰でもない、貴女の一番に…。
貴女から与えられたものは近侍でも第一部隊長でもなく第二部隊長という場所だが、それでも貴女はわかってくれていた。俺の欲しかったものを…。
長「(…俺に居場所をくださった)」
主は"俺にしか与えられない命令"だと言ってくださった。第二部隊長が俺の居場所。俺だけがいて良い場所。主がくださった、主の為に尽くせる場所。
それはつまり主が俺を必要としてくださっているということ。他者に下げ渡すこともなく、その他大勢の内の一人として扱わず、"俺"という刀を信じてくださっているということ!
長「(この上無き…幸せにございます…っ)」
主…
俺の主
貴女の行く手を阻む敵があろうものなら
俺が全てを圧し斬って
その道を開きましょう