二階は一階ほど荒れてはいないものの、やはりあの爪跡が目立った。



「……悲しみが…強い」



小夜も何かしら感じ取っているのだろう。ここは刀剣たちが使っていたらしく、箪笥や文机のある部屋が多い。残念ながら原型は保たれていないけれど。



「…あれ?」


「どうした?」


「あそこの部屋…。あそこだけ襖が閉まってるよ」



乱の指差す先は今進んでいる廊下の一番奥の突き当たり。これまでの部屋は全て襖なんて壊れて倒されたままだったというのに、そこだけは明らかに違った。



「…裂いた後にまた閉めたような感じだな」



その襖は中を見せないためかぴっちりと閉ざされ、しかし叩きつけたような爪跡が一つ両断している。



「かくじつになにかありますね…」


「…負の気が満ちている…」



中はどうなっているのか。何かが″ある″のか…″いる″のか…。どちらにしても良いものではなさそうだ。



「…開けます」



何が出ても良いように今剣を片手に備え、その襖に手をかけゆっくりと横にスライドさせた。










開け放った襖の奥。何かが飛び出してくるかと警戒していたが、それは杞憂に終わった。
そこに″あった″のは飛び出してくるようなモノではなかったから。



「う…っ」


「…ひでぇな…」


「……っ」


「っ、ひと…ですよね…?」



むわっと漂う錆びた鉄のような匂い。その匂いを放つモノは、その部屋の中心で仰向けになって転がっていた。

嘗ては私たちのように人の形をしていたのだろうが、原型は無い。腹は裂かれて臓器が引きずり出されており、皮も剥ぎ取られたようで肌というものが無い。更にはその四肢を滅多刺しされていて肉片が周りに飛び散り、剥き出しの目玉はどこを見ているのか乾ききって変色している。

そして、今までどこにも見当たらなかった生き物の存在。蛆がその人間だったモノに群がり貪っていた。



「…審神者ですね、この人」


「大丈夫か、大将?」


「はい。こういった死体を見たのは初めてですが意外と大丈夫みたいです。乱たちは大丈夫ですか?」


「う…ん……。胃液が逆流するかと思ったけど飲み込んだよ」


「…飲み込んだんだ?」


「わかりやすいひょうげんですね」



涙目だけど何とか気は保てているようだ。よく私も平然としていられるなぁと自分でも思う。

部屋の様子もこれまで見てきた中でも一番酷い。箪笥も掛軸も花瓶も…、壁にまで全てに爪跡があり壊されている。見ただけでもわかる、憎いまでの八つ当たり。酷い有り様だ。

そして、審神者の死体の周囲にあるのは、嘗て彼を慕っていた刀剣たちの亡骸。無惨にも真っ二つに砕かれた彼らも、供養されること無くずっとこの部屋で放置されていた。



「…………」



そっと死体に近寄って手を合わせ、その左手に握られたままの刀剣の柄を取り上げた。



「っ!たいしょ…それまさか…っ」


「……はい」



記憶でも見た…、最後に折られた刀剣。見間違えようが無い。私の本丸にもいる、彼のものだ。



「いち兄…っ」



一期一振。養成所でも稀少価値が高いと噂されていた、粟田口兄弟の長男。



「…どこの一期一振も同じですね。ずっと…、貴方たち弟を守ろうと、最後の最後まで審神者に頭を下げて…」



ハンカチを取り出して隅に敷き、一期一振の柄と折られた刃をそこに置く。他の刀剣たちのものも全て丁寧に拾い集め、手を合わせて祈りを捧げた。



「…とりあえずはこのまま。全て終わった時に、連れて帰って供養してあげましょう」


「…うん…っ」


「…ああ」



乱は涙を溜めながら、薬研たちも手を合わせて祈った。

彼らにとっての一期は本丸にいる。けれど、やはり分霊の一期一振も彼らの兄なのだ。兄のこんな姿など、見たくはなかっただろう。


 

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