岩融様の手入れが終わったのは夕方だった。
朝からずっと、資源を霊力に変換して取り込んでは岩融様に流し入れ、内側からの修復をした。勿論、外からも打ち粉で叩いたり優しく油を塗ったりも繰り返した。
大きな亀裂が完璧に塞がる頃、詰めていた息を深く吐き出した時には既に外は橙色で、いつの間にか燭台に火が灯っていた。
額に流れる汗を袖で拭い、身体ごと後ろで控えていた三人に振り向く。
「終わりました。目を覚ました時には自力で人型をとれる筈です」
「そうかっ良かった!」
告げればそれぞれ緊張で強張っていた顔が緩み、鶴丸は岩融様に歩み寄ってそっと柄を撫でる。
深かった溝はどこにも無い。キラリと輝く刃は鏡のように反射し、彼の笑顔を映し出していた。
この場にいたのは当然この三人だけじゃない。未だに私を認めていない刀剣男士もいる。けれど、私が手入れをしている間中、全員が岩融様を案じ助かるよう祈っていた。彼らも同じく頬を綻ばせたり涙を浮かべたりと喜びを口にしている。
間に合って良かった。そう思うと同時に、岩融様に触れることで推測した…こうなるに至った原因を探るべく、私は三日月を見詰め口を開く。
「…今朝、ですね」
「…ああ」
何がとは言わなくともわかったらしい。再び緊張した表情で頷く三日月の隣で、薬研もまた目を細めた。
初めてこの広間を訪れた時は感じなかった不安定な気…。岩融様から僅かに感じた気こそがそもそもの原因だ。
「…前任の霊力が、無くなりかけています」
深刻な事態だ。審神者の霊力があってこそ、刀剣男士は顕現出来る。ここにいる刀剣男士は前任の霊力が強かった為に、前任が解雇された今もずっと顕現出来ていたのだ。
けれど、霊力だっていつかは切れるもの。今回は重傷を負っていた岩融様の霊力が底を付きかけたが故に、人型をとれなくなり、亀裂も大きくなって折れかけた。
本来こういった本丸の引き継ぎをする時は審神者と刀剣男士とで契約を結び直して霊力も引き継ぐのだが、認められなければ契約のしようが無い。
このままでは他の刀剣男士も人型が保てなくなってしまう。
「…薬研、鶴丸。ここにある資源で全部ですか?」
「いや。まだあるにはあるが…」
「それぞれ二百あるか無いかといったところだな」
二百…。呟きながら改めて広間を見回す。岩融様程ではなくとも重傷は一人二人ではなく、中傷軽傷はほぼ全員。岩融様の手入れで残った資源はほんの僅か。
ならば、致し方無い。
「…薬研、鶴丸、三日月。三人に確認する。貴方たちには、″私の刀″という自覚があるな」
最終確認で確信だった。彼らはもう、私を心から信頼してくれている。それは戦場で、鳥居の前で、炎の前で、彼らに微笑まれた時からわかっていた。
だから、彼らの返答によって、これから私がすべき最善の手が決まる。
「今更なことを聞くんだな、大将は」
「まったくだぜ」
「どう転ぼうが俺たちは刀だ。お主を″主″と呼んだ時点で、″主の刀″として使ってもらうためにここに居る」
愚問だとでも言うように不敵に、頼もしい笑みを浮かべる三人。
「…そう」
ならば、私がすべきことはただ一つ。目を閉じて私自身の覚悟を決め、三人に向き直ってそれぞれと目を合わせる。
「有り難く、私は貴方たちを使う。
私はこれからこの本丸にいる刀剣男士全員を一斉に手入れする。鶴丸と三日月は遠征に行き、資源の調達を。ただし、夜目が効かなくなる前には戻ること」
「あい、わかった」
「了解!」
「薬研は私の手伝い。ここに残った資源を手入れ部屋に持って行きつつ、手入れの準備」
「わかった」
ここに来て初めての″命令″に、三人は快く頷いてくれた。
…″命令″は嫌いだ。でも、彼ら全員を助けたいけれど、私だけの力でどうにかなるレベルでは無い。
三人がもう″私の刀″だと思ってくれているのなら、遠慮なく大切に使わせてもらうとしよう。