「刀解してください」
部屋に一歩入った私に向けられたへし切長谷部様の第一声がこれだった。
土下座して懇願してくる彼の両隣では、様子をみていてほしいと頼んだ光忠と、本丸でお医者様的な立ち位置らしい薬研がほとほと困ったように溜め息を吐いている。
私の隣に腰を下ろした加州と大和守も呆れた目で彼を見下ろした。
「貴女との手合わせで実感しました。俺がどれだけ愚かで器が小さかったのか。過去は過去、今は今と割り切ることが出来なかった俺を…、俺でさえ制御できなかった感情を早くも理解してくださった貴女に心から感謝しております。手合わせと言えど刃向かった俺をどうか…刀解してください」
「ごめんね、主。さっきからずっとこれなんだよ」
苦笑いを浮かべながら疲れたように言う光忠に、苦労してるんだなぁと心の中で合掌した。
なんとなく予想はしていたけれど、真面目すぎるへし切長谷部様は竹刀と言えど私にその剣先を向けたことを相当悔やんでいるらしい。
つまり、彼は私を主として認めているということだ。でなければ刀解してほしいなんて言わないだろう、この真っ直ぐ過ぎる刀は。
…認められていても、まだまだ私と彼の戦いは続いているというわけだ。
彼の願いを叶えれば彼の勝ち。叶えなければ平行状態か…。あるいは自分で単騎出陣でもして折られに…は流石に無いかな?
私が負けず、丸く収める方法は…
「……へし切長谷部様」
「″長谷部″とお呼びください」
「…長谷部、二つほど確認します。貴方にとって私は何でしょう?」
「主です」
即答ですか。扱いにくいんだか扱いやすいんだか…。
でもその真っ直ぐなところがこの状況の唯一の救いだ。彼には申し訳ないけれど。
「二つ目です。貴方はこの本丸にいる刀剣たちをどう思いますか?」
「どう…とは?」
「何でも構いません。貴方の思うことを教えてください」
「……仲間でしょうか。本丸での生活ではもちろん、戦においてもそれぞれの力があってこそ先に進むことができる」
「大事ですか?」
「はい」
……良かった。何とも思っていないと言われたらどうしようもなかった。仲間を想う心は命令第一の長谷部にも備わっていたらしい。
「わかりました。では、私が貴方の願いを叶える前に、命令を一つ聞いて頂きましょう。それを最後まで遂行出来たのなら、願いを叶えます」
「え…」
「大将?」
「貴方は私が直々に刀解してあげましょう」
「「「えぇえええええ!!!?」」」
光忠、加州、大和守が声を揃えて驚く。練習でもしてたのかというくらいにぴったりだ。
唯一、薬研だけが声を上げなかったけれど驚いてはいるらしく目を丸くしている。
頭を上げた長谷部は真剣な瞳で目の前の私を見据えていた。
「あっ、主!本気!?」
「はい」
本気も本気、大真面目だ。だって私は彼の主人でもあるのだから。自分の刀剣の願いは極力叶えてあげたい。例えそれがどんなに酷いことであっても。
「主命とあらば…なんなりと」
少しだけ頭を垂れる長谷部。ハラハラと見守る加州たち。…そんなに焦ること無いのに。
彼らの視線を受けながら、私はただ一言、命令する。
「″守れ″」
「………………は?」
長谷部は何をだ?と言わんばかりの戸惑いの表情を浮かべる。守る対象を言ってないから当然と言えば当然だ。
「……主。俺に何を守れと仰せですか?」
少々考える間を空けてから案の定そう聞き返された。刀解を望む彼からすれば考えもつかないことだろうそれを、私は改めて提示する。
「貴方が大事に思っているもの。私が大事に思うもの。これから大事にするものも全てです」
「!そ、それは…!」
賢い長谷部なら私が言った意味がわかるだろう。ましてや、霊力を入れたことで私の気持ちまで伝わったと一期が言っていたのだから、長谷部にも私がどんな人間なのか伝わっている筈。
「″私が死ぬ寸前まで″その命令を聞き入れられたのなら、私が私自身の手で貴方を刀解…。いえ、折ってあげましょう」
「で、でも主?その命令だと刀解はだいぶ先に…?」
「はい。私は″今すぐ″刀解するとは言っていませんよ。それは長谷部も同じでしょう?」
「な…!」
言葉の綾とでも言おうか。″刀解する″約束を取り付けただけで即実行に移しはしない。その為の命令というわけではないけれど。
長谷部にとって私は″主″で、主命を絶対とする彼ならばこの命令は絶対に断れない。
彼は″刀解してほしい″と願いはしたけれど、″今すぐ刀解してほしい″とは言葉にして願っていないのだから。私が死ぬまで…刀解を実行させるまで、この命令は有効だ。
「大事なものがあるのなら、それを守り抜くまで折れることは許しません」
「あ、主…」
「勝つことが正義ではありません。負けて恥じる必要もありません。出来るかもわからないことを努力せず、諦め、自ら心を折ることは信じてくれる者への裏切りであり、頑張る者への侮辱です」
「っ!!」
「負けず嫌いな私を、主と認めているのでしょう?長谷部?」
身をもって体験した長谷部ならわかっている筈だ。私が勝ちに拘らないことも、負けず嫌いなことも。
長谷部は自分の膝に置いた拳を見つめ、ややあって覚悟を決めるかのように目を瞑ると畳に手をついて頭を下げた。
「(…この方には…一生敵いそうもない)
…拝命致します。この長谷部、必ずやその命を全うしてみせましょう。……ありがとうございます」
「頼みましたよ、長谷部」
「は!」
頭を上げた長谷部はさっきとは違ってどこかすっきりしたような笑顔を見せてくれた。堅かった表情が嘘のようだ。いつも笑っていれば良いのに…なんて、いつも無表情の私が言えることではないから言わないけれど。
その後、身体の調子が戻ったらしい長谷部には太刀たちの手伝いに向かってもらった。
…漸く、全員揃った。
「はぁ〜、びっくりしたぁ。もう、ハラハラさせないでよね主!」
「すみません」
「丸く収まって良かったけどな。最初の確認で言質とってたわけか」
「!そっか、だから″主″と″大事なもの″の確認を…。長谷部さんにとって命令は絶対だから…」
「はい。彼の良心には申し訳ないですが、私を主人と思っているならば聞いてくれるかと…。私の刀ならこれくらいのことで負けてほしくなかったので。でなければ命令なんてしませんよ」
「はは。でも長谷部くんは何かある毎に″主命″って言ってくるからね。主も命令出すことに慣れないと彼が一番扱いにくいかも」
「…………」
「(…嫌そうだな。無表情だけど)
ま、何かあったら俺っちも手伝うぜ。頑張れや大将」
「…はい」