庭に降りて池に掛かる橋を渡り、中央の桜の木の根元に座って寄り掛かる。携帯鏡を取り出して番号を書くと、波紋が広がりすぐに繋がった。
「やっほー!どうよお守りの出来は?」
「上出来」
「やったね!あんなのでもお手伝いになった?」
「十分」
「良かったぁ」
鏡に映る瓜二つの妹。て言っても瓜二つなのは顔立ちだけで、他は悲しいくらいに似ていない。
シロの髪は薬のせいで色が落ちて真っ白だし、目も若干色素が抜けて赤み掛かっている。それでも明るく笑える彼女の方がまだ人間だと言えるだろう。私は笑わないから人形みたいって言われるけれど。
本当に…どっちが病気してんだかわからないくらいあべこべだ。
「刀剣男士かぁ…」
「なに?」
「んー、会ってみたいなぁって。歴史は本でちょこっとお勉強したけどさ、刀で付喪神様でしょ?昔のお話とか刀から見た人間のこととか色々聞きたいなぁって」
「相変わらず底知れない興味をお持ちで」
「それはお互い様!クロだって主になるんだからっていっぱいお勉強してたじゃない。お下がりに貰った教科書、マーカーだらけだったよ。それに護身術も剣術も一番だったって瑠璃から聞いた」
「(瑠璃様…余計なことを…)
そりゃ付喪神様だって生きてるんだからね。命を預かるんだから勉強だってするよ。上に立つんだから強くあろうとするのは当たり前」
寧ろ周りがなんであんなに適当に授業を受けてたのかがわからない。友達とキャイキャイはしゃいで教科書に落書きして、あれでも審神者に任命されるんだから政府の考えも全く読めない。
そんな話を病室でしたこともあったなぁと思い返していると、鏡の向こうでシロが笑った。
「…ふふ」
「?」
「いやぁ、優しい姉を持って私は幸せだ!」
「明るいおバカな妹を持って私も幸せだよ」
「おバカは余計!
あ、そうそう瑠璃がさっきお見舞いに来てくれてね、「連絡が来ないー!!」ってキーキー言ってたよ」
「猿か」
「猿だね」
病室では静かにしましょう。猿も例外ではありません。
「今日やっと掃除終わったところだから。明日にでも連絡入れとく」
「そうしな。瑠璃はやかましいくらい煩い子だけど、何だかんだでクロのこと心配してたから」
「わかった」
やかましいくらい煩い子というのは敢えてスルーした。だって事実ですから。
「…と、そろそろ夜の検査だ」
「そっか。行ってらっしゃい」
「うん。早く戻れるように頑張るから!」
「張り切り過ぎないようにね」
「はーい!んじゃね!」
通話を終えて私の無表情が映されたのを見て溜め息を吐く。妹と話していても私の表情は変わらない…か。さっきの太郎と次郎のやりとりがすごく羨ましいです。
本丸の方を見ると、人影が一つこちらにやって来た。ずっと橋の向こう側で待っていてくれたらしい。
「大将」
「お待たせしました、薬研」
「気づいてたのか。悪い、少しだけ内容聞こえちまった」
「聞かれたくないことは話していませんでしたから、大丈夫です」
「そうか」
安心したらしい薬研は私の隣に腰を下ろし、今はもう何も映していない鏡を見る。
「今のが大将の妹か」
「はい。話し声からして明るい子だったでしょう?」
「そうだな。乱みたいな感じか?」
「そうですね…。例えるなら乱と…次郎辺りでしょうか」
「なんか大変そうだな」
「まだ聞き分けは良い方ですが、ね…」
これで聞き分けも無い天の邪鬼な子だったら、私はあの子から離れて審神者にはなれなかっただろう。審神者が何をしているのか…、あの子なりに勉強してくれたみたいだから安心して私はここにいられるのだ。
「刀剣男士に会いたいとか聞こえたが、大将はお見舞いとか行かないのか?」
「…月に一度だけです」
「…悪い、聞いちゃいけなかったみてぇだな」
失言だったと瞳を逸らす薬研。そんな顔させるつもりは無かったのに、こういう時にうまく誤魔化せない自分が憎い。
「……薬研、今から言うことは他言無用です」
面会が月に一度と決まっていることを話すには、その理由となる私と政府の関わりも話さなくてはならない。必然的に私が政府トップの家系の養子になったことも、そうなるに至った霊力の高さと制圧チョーカーのことも。
それより過去のことは掘り下げる必要は無かったから言わないけれど、養成所に入ってからのことは大雑把に話した。
話し終えると薬研は驚いているような…悲しげな表情で私を見つめていた。
「薬研が気にすることはありません。これは私たちと政府が決めたことなので」
「だが大将…それじゃあまりにもあんたが…!」
「幸せを掴むには代償が必要です」
「っ!」
「このチョーカーも含め、私たちが受けていることは…世間一般からすれば辛いことなのか苦しいことなのか…、はたまたこれが普通なのかはわかりません。でも、乗り越えたらきっと…姉妹で楽しく過ごせる毎日が来るって信じてるから…」
勿論、その時はこの本丸で、薬研たち刀剣男士も一緒にいてほしいと思います。審神者になって、私は前より欲張りになったようです。
少しだけジャージの首元を緩めて触れた、冷たくて硬いチョーカー。あるだけで息苦しく感じるけれど、未来のためだと思えば堪えられる。
そっと撫でていると横から伸びてきた手が同じようにチョーカーに触れてきた。確認せずとも、薬研の手だ。
「…ぶっ壊してでも外してやりてぇが、それじゃ大将の決意が無駄になっちまうんだな」
「決意は壊しちゃダメです。そう簡単に壊れるつもりはありませんけれど」
「はは、本当に大将は強いなぁ。
……ありがとな、大将。話してくれて」
「こちらこそ。こんな重苦しい話、聞いてくださってありがとうございます。くれぐれも…」
「″他言無用″だろ?わかってるさ。代わりと言っちゃ何だが、大将はいつまでも強くあってくれよ?」
「…強いですか?私」
「精神的にはかなり強いだろ?大将のその瞳、俺っちのお気に入りなんだ」
「薬研が言うのなら、そうなんでしょうか。わかりました」
「よし!大将と俺っちの約束だな」
手袋を外して差し出された小指に私の小指を絡める。指切りなんていつ以来だろう?
冷えた指とは裏腹に、胸はちょっぴり高まって暖かくなった。
──この感情は何というのだろう?
──それに気づくのはまだまだ先のお話。
「指切りげんまん」
「嘘吐いたら?」
「薬研は″馬当番一週間″でしょうか?」
「げっ!?なんで馬当番苦手なの知ってんだよ?」
「昼間、掃除中に乱から聞きました。薬研は異様なまでに馬に好かれると」
「(み〜だ〜れ〜っ!!)
じゃあ大将が苦手なことは?」
「自ら弱点は言いません」
「くっ!なら大将は″一週間俺っちの飯だけを作る″こと!」
「??そんなことで良いんですか?」
「そんなことじゃねぇよ、それが良い」
「わかりました。ではその時は薬研のためだけに作りましょう。約束です」
「…おう」