「母が亡くなって、私もシロも凄く悲しくて何日も泣きました。でも、その遺言を残した母の声を思い出す度に頑張ろうと立ち直れました」


「本当にお強い人ですな、主は」


「…どうでしょう?ただ我武者羅になっていただけだと思います。母は私たちの泣き顔を見ても喜んではくれませんから」


「ははっ、そりゃそうだ」


「シロのお見舞いに行っては「頑張ろうね」とお互いに励ますようになりました。離れていても私たちは双子。二人で一つの存在です。その事実があるだけで、どれだけ救われたことかわかりません。でも…」



大将の声音が少し低くなった。また何かを思い出しているのか少しの間目を閉じ、やがてきゅっと拳を握って次の言葉を紡いだ。



「誰よりも母の死を嘆き悲しんでいた父は違いました。母が生きていた頃からずっと私と二人暮らしをしていたのですが…、母が亡くなったことでお酒に入り浸り、どんどん人が変わっていきました。焦点の合わない真っ暗な瞳をして…。優しかった父に戻ってほしい一心で何度も呼び掛けましたが聞き入れてはくれず、返ってきたのは握り拳でした」


「ぇ…?」


「殴られたんです。何度も何度も…」


「っ!?」



大将は大丈夫かと言いたげな目を、手で口を覆い目を見開いている加州に向けた。
今語られたことは、前任に捨てられた加州と同じ体験だ。愛する者からの暴力は辛くないわけがない。



「…っ、ごめん。主、大丈夫だから…」



大和守が加州の背を擦り、落ち着いたところで加州は大将に続きを促した。



「…殴られたのは初めてでした。きっと私がしつこく言ったのがいけなかったんだと思って謝りました。でも、謝っても謝っても…父の拳は止まりません。殴られ蹴られ…、そんな毎日が続いたある日、それは一度止みました」


「え?お父さん、戻ったの?」


「…………」



乱の問いに、大将はゆっくりと首を横に振った。そうして次に視線を向けた先には、三日月の旦那やいち兄。鶴丸の旦那と小狐丸。

…っておい。待ってくれよ大将、まさか…



「……私は父に抱かれました」


「ッ!!?」


「「「「「!!!?」」」」」


「っ、主…」


「ッ、なんでそんな…っ!まだ幼子だろう!?」


「はい。子を成す行為なんて知りもしない時のことです」


「ぬしさま…っ」



息を飲み悲痛な表情を浮かべる俺たちを前に、大将はその生々しい体験をまるで他人事のように淡々と語る。



「私とシロは母親似です。自分の子供だとか未発達の身体だとか…、父はもうそういう当たり前のことを理解できないくらいに狂っていました」


「…っ」


「シロは強い薬を打っていましたから、髪の色素が抜けて白髪なのです。私たちは顔立ちは同じでも見た目が全く違います。母は死ぬその日まで黒髪でしたから、より似ていたのは私だけでした。
勿論、私は母ではありませんから全てが同じなわけがありません。父は私のちょっとした仕草で母だと思えない時は殴り、立ち姿や後ろ姿を見ては母が戻ってきたと錯覚して抱いてきました」


「ッ、抵抗しなかったのかよ、あんた」


「しましたよ。でも、十にも満たない私に成人男性を押し退ける力なんてありませんでした。簡単に組み伏せられて終わりです」


「…っ」


「助けを求めたい。でも、私が誰かに助けを請えば父は悪者になります。どんなに酷い仕打ちを受けても実の父親ですから、それだけは嫌でした。
無駄な足掻きだと無抵抗になっても父は止まりませんでした。痛みを感じない日なんてありません。それこそ…、死にたくて堪らなくなりました」


「っ!」


「殴られ続ける痛みに比べたら、″死″という一瞬の痛みが甘美なモノに思えてきました。鋭い刃物も、燃え盛る炎も、穏やかな水の底も、高い建物から見下ろす遠い景色も…。全てが、生きることを終わらせてくれる凶器となる。何度それに手を伸ばそうとしたことか…」


「…大将」



目を開けてはくれねぇか?大将は今、どんな瞳でそれを語ってくれている?

痛かっただろう。
辛かっただろう。
苦しかっただろう。
それらの感情を、大将は今もまだ全部呑み込んだままなんだろう?



「"死"の快楽に浸りたいくらいに絶望しました。けど、そんな私にはまだ救いがあった」


「救い……シロ?」


「はい。当時、シロは私が父から虐待されていたことを知りませんでした。教えるつもりもありませんでした。シロは私にとって大事な半身なんです。それはシロも同じように考えてくれています。シロの存在とお互いの為に生きようという誓い、母の遺言…。それが私の生きる希望」


「希望…」


「痛みや悲しみから目を背け、諦めていてはシロと母に顔向け出来ません。力では負けてしまうけど、せめて心だけは強くあろうと、私は父を説得し続けました。そして私が十歳の時、父は亡くなりました」


「は…?」


「お酒を買いに出ていた時、事故にあったんだそうです。即死だったと聞いています」


「……貴女は…何を思ったんです?虐待を受けていた時の、突然の父親の死だったのでしょう?」


「…正直、複雑でした。あんな人でも実の父親でしたから悲しみも感じてはいましたけど、やっと解放されるのだという安心も抱いてしまったのが事実です。とんだ親不孝者ですね」


「…………」


「父の死を告げにシロの所に行けば大泣きされました。何も知らないシロにとって、父との時間は母がいた頃のまま止まっていましたから。優しい父が死んだことを悲しんで、泣きじゃくるシロを見ていられなくて抱き締めたんです。…それがいけませんでした」


「え…っ?」


「…服の隙間から見られてしまったんです。父から受けた虐待痕」


(!虐待痕…)





「またあの地獄に戻してやったって良いのよ?痣だらけできったない身体でも喜んで使ってくれる人間なんかこの世にごまんといるんだから」




そうか、あの女の言っていた"痣"ってのはこれのこと…。
…だが、虐待が止んだのは十歳の時となるともう八年は経っている筈。いい加減そんな痣消えてても良い頃合いだよな?



「父からされていたことを全てシロに話しました。隠せるなら隠したかったですけど、シロに嘘だけは吐きたくなかったから。全てを知ったシロは、また泣きました」





「…ごめ……ね………ごめん……っ」





「知らなくてごめん。知ろうともしなくてごめんと…謝りながら」


「…………」


「その後、父の葬儀は親戚の方に済ませてもらいましたが、一つだけ問題がありました。私とシロの処遇をどうするか…、引き取り手がいなかったんです」


「そんな…。お二人ともまだ十歳の子供だったのでしょう?」


「はい。でもシロは入院中ですから、金銭面がそれなりにかかるんです。それに…」


「?」


「…引き取りたがらない理由は私にもありました。七年間も虐待されたせいか、私は表情を出すことが困難になっていたようなんです」


「「「「「っ!!?」」」」」


「疑問に思いませんでしたか?私は声を上げて笑うことも無ければ、今こうして語っている間も苦痛の表情は出ていない筈です。感情はあっても顔には殆ど表れなくなりました」


「っ…」


「こんな人形のような人間を引き取る物好きはいない。そう思った矢先、ある夫婦が名乗りを上げました。嫌な笑い方をする二人を見て、私は悟りました。また…繰り返されるのだと」


 

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