皆さんに過去を打ち明けて、早くも二週間の時が過ぎた。あの翌日から皆さんの何かが変わるということは無く、出陣も内番も、それまでと同じようにこなしてくれている。
あ、でも変わったことといえば二つほど…。
これまでは非番の誰かが私の所に休憩を入れにきてくれたり、食事当番が食事の度に呼びに来てくれていた。それが今では非番でなくとも隊長でなくとも報告に来たり、何の用事が無くても私の部屋に訪れてはお手伝いしてくれたり雑談したり…。
気を遣ってくれてるのかと思えばそうでもなく、本当に時間の空いた時にだけ楽しそうにお喋りしに来る。
その度に胸が暖かくなり、話して良かったんだと…、話した相手が彼らで良かったと安心した。
そしてもう一つは……
「今日は天井裏ですか」
「!」
あの日以来、鶴丸の驚き提供が頻繁に行われるようになったのだ。それはもう驚きの頻度で。
天井の板が一枚ガコッと外され、そこからひょっこりと現れた内番服の真っ白い彼。掃除したと言ってもそんなとこに潜り込んだら埃まみれになるだろうに…。
鶴丸は文机に向かっている私の後ろに身軽に着地すると、縁側にドカリと胡座をかいて座った。
「いやぁ、主は俺を驚かすのが得意だな!
何度やっても引っ掛かってくれないし、こっちも見ずに俺だと見破るし」
「自分の刀の気配くらいわかります。でも、これでも驚いているのですよ?」
「そうなのか?」
「はい。今ので十四日目にして五十七回目の不発です。その内、天井裏は三回目。懲りずによく続きますね、鶴丸。驚きです」
「君がそんなに詳しく数えていたことの方が俺には驚きだ!そして俺はそんなに不発していたのか!」
ショックを受けるどころか、カラカラと笑いながら鶴丸は外の景色を眺める。
桜は散り、緑の葉が繁ってきた穏やかな庭。今日の畑当番は五虎と小狐丸だったか。小虎たちがはしゃいでいるのだろう、刻燿や乱たちも手伝いに行っているようで楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
「…本当に、主が来てから変わったもんだ。
……なぁ、主」
「?」
少し低めに発せられた声。
そちらを向くと鶴丸はずりずりと私に近寄り、その白い腕を伸ばしてきた。ワイシャツで隠れている…あの″首輪″に。
「…苦しくはないか?」
目を細めながら問う彼からは、さっきまでの悪戯っ子のような印象は感じられない。
「大丈夫です。首元余裕ありますし」
「そうじゃない。誤魔化さないでくれ」
「…………」
痛そうに…辛そうに表情を崩した鶴丸は、恐る恐るといった感じで私の首を撫でた。壊さないように慎重に触れてくるその手つきに、それこそ驚いた。
そして困った。まさか鶴丸がこんな顔をするなんて。いつもの驚き提供おじいちゃんは何処へ?
「俺たちは主に救われた。主は俺たちと″同じ″だとわかっていたから、俺たちを十分に理解してくれていた」
「…………」
「でも俺たちは何も知らなかった。知ろうともしていなかった。こんな首輪までつけて未だに政府に囚われたまま…、妹の為にと戦っている君のことを。強いから大丈夫だと高を括り、いつの間にか安心しきっていた」
「鶴丸…」
「過去を教えてくれて、それは嬉しかったさ。君がどうやって生きてきたのか、どんな人間なのかを知れて…、尚更君を守りたいと思った。なのに今度はまた別の黒本丸の修復まで言い渡されるなんて…。政府は全部知ってて君にそんな命令してるんだろう?」
「鶴丸」
「主は強い。今もそう思ってる。でも俺たちにそう見せているだけで、君は本当は苦しくて堪らないんじゃないか?男に辛い目に合わされたのに俺たち刀剣男士を束ねるなんて…、本当は審神者になるのも…っ」
むにっ
「!?」
らしくない。ここから先は言わせるわけにはいかない。そう思ったら、言葉より先に手が動いてしまった。
「柔らかいほっぺですね」
「あ、あぅい?あぃお?(あ、主?何を?)」
「むにむにしてます」
(むにむにって…)
両手で彼の頬をつまみ、ふにふにむにむにと柔らかいそれを堪能。もっちりふわふわでマシュマロみたいだ。男性の肌だとは思えない。
「…苦しいか苦しくないか。それに答えを出すなら、勿論″苦しい″ですよ」
「…っ」
「でも、審神者になったことに後悔はありません」
「え…?」
鶴丸の頬から手を離し、呆けている彼の伸ばされたままの手を両手で握った。少し骨ばった男性の手。
「あの夜は語りませんでしたけど、男性への恐怖心も勿論あります。いえ、″ありました″が正解ですね」
「″ありました″?」
「今はだいぶ克服してます。いつまでも男性を怖がっていたら世の中生きていけませんからね。その為の剣術と護身術だと思って、養成所でもがたいの良い男性相手にバンバン勝ち抜いていきました。全戦全勝、私に勝てた男はいません」
「へっ!?」
「半分冗談です」
「どっから!?(というか半分は本気なのか…)」
「確かに辛いことは沢山ありました。でも嘆いていたって仕方ありません。もうそれは過去のことで、終わってしまったこと。だから、それを教訓に前に進めば良いだけです」
「主…」
「コレだって、私が自分でつけたのですから気にしなくて良いのですよ。シロを守って生き抜いて、政府なんかに負けないという私の決意なのですから」
瞳を揺るがす鶴丸の頭をそっと撫でた。傍から見れば小さい女が大きな男を撫でるなんて、ちょっとおかしな光景だろう。
されるがままの彼の髪は、さっきまで天井裏にいたからやっぱり少しだけ埃っぽく、せっかくの綺麗な白髪が勿体ない。そっと払ってやりながらどこかで擦ったのだろう手の掠り傷も霊力で治すと、やっと彼の顔に笑みが戻った。
「はは…。まったく、主は本当に強いな。驚きを与えて元気にさせるつもりが、まさか俺が慰められちまうとは」
「鶴丸の気持ちが知れて私は驚きましたし嬉しかったですよ。審神者にならなかったら、こうして貴方の声を聞くことも出来ませんでした。想ってくれてありがとうございます、鶴」
お礼を言うと一瞬きょとんと目を丸くしたけれど、彼はすぐに頬を染めてくしゃりと笑った。
「(″鶴″……か。ほんと…この子には敵わねぇ…)
あ、さっき言ってた″半分″って何処までが冗談だったんだ?」
「ああ。剣術と護身術は男性対策の為だけじゃないってことです。ちゃんと貴方たちの主になる者として強さを極めてました」
「へぇ。…ん?てことは主に勝てた男は…?」
「いませんよ」
「え゛っ」
「言ったじゃないですか、″過去を教訓にする″って。そもそも男が女の上を行くって定評があるのが大間違いなんですよ。頑張れば女だって男より勝ります」
「…………」
「つまり世の中は″弱肉強食″ってことですね。これまで嫌というほど味わってきましたから、そう簡単には男に負けてやりません。仕返しは好みませんが…、暴力上等です」
「上等…(つよ…)」