「…おや?」
「珍しいですね、主。もう休憩に入っていたのですか?」
鶴丸と暫く雑談していると、江雪と手にお茶漬けセットを持った宗三がやってきた。何気に湯飲みは四人分。鶴丸がいることも見越していたらしい。
「おお、悪いな!今日の主の休憩担当一番乗りは俺がもらったぜ!」
「…大方、貴方が驚きを提供しようとして失敗したのでしょう?」
「よくわかりましたね。正解です」
「まったく、埃まみれじゃないですか。貴女もわざわざこんな男に付き合わなくて良いのですよ?」
「こんな男とは心外だな」
「仕事は大丈夫なんですか?」
「はい。きりの良いところまで終わっています」
「そして無視か!!」
鶴丸の存在を完璧に無視した宗三はお茶を淹れた湯飲みを私、江雪、自分の順に置き、最後に鶴丸に差し出した。鶴丸は素直に受け取ってはいるものの、宗三にジトッとした目を向けている。
「何を根に持っているんだ君は…」
「根に?僕はそんな小さな男ではありませんよ。ただ、主の貴重なお時間を貴方が先に頂いていたことが少々気になっただけで」
「無自覚とは驚いた。十分根に持っているじゃないか」
「お茶が美味しいです。平和ですね、江雪」
「ええ…。安らぎの時です…」
私と江雪、宗三だけでの休憩は何度かあったけれど、ここに鶴丸が加わるのは初めてだ。穏やかな二人に比べて全く違う性格の鶴丸だけれど、ムードメーカー的な彼の性格にかかればそんなもの関係無いらしい。
宗三と言い合っていても喧嘩に勃発するようなことは言っていませんし、心配はいりませんね。
「そういえば、小夜も今日は非番でしたよね?一緒ではないんですか?」
いつも三兄弟一緒に来ることが多いのに、今日は二人だけだ。なるべく兄弟の時間は与えてあげたいから非番は揃えるようにしているのだけど…。
「お小夜は長谷部と鍛練場に行っていますよ」
「おいおい、非番なのに鍛練か」
「…強くなりたいと…言っていました」
「え…」
強く?
江雪の言葉にドキリと胸が鳴り、頭の中でそれを反芻した。
小夜は復讐に取りつかれたような子だ。母と子の復讐劇に巻き込まれた短刀。復讐を存在意義のように考え、でも解放されたいとも願っている優しい子。
過去の話をする前は自ら鍛練に励みに行くようなことはしていなかったし、出陣だってそんなに乗り気になったことは無い。任務だからやる。そんな感じだったのに…。
「…悩ませてしまいましたか?小夜に」
私が過去に痛い目に合ったことや、今も尚続く鈴城との契約。思えば復讐要素満載の話をしたわけだから、彼の内にあった復讐心に火をつけてしまってもおかしくなかったのだ。
もっと気を遣ってから話すべきだったかと俯くと、私の視界にすっと影が映り、頭に温かい何かが乗った。
「大丈夫ですよ。貴女が気に病むことは一つもありません」
「江雪?」
見れば、微笑を湛えた江雪が私の頭をそっと撫でてくれていた。
「貴女の過去を聞き、確かにお小夜は悩んでいました。あんなにも辛い過去を背負っていながら…、何もかもを呑み込んで堪え続ける貴女が、不思議でならないと…」
「…………」
「悩みながらお小夜は、初めて貴女と交わした会話を思い出したんだそうですよ」
「復讐って、自分の身に受けたことを相手にやり返すということでしょう?復讐が達成されて残るものは、その相手を想う人たちによる憎しみ…。復讐の連鎖だけです」
「……復讐が…復讐を生む…。貴女は…わかっているんだね…」
「″相手を想う人たち″…。あれは貴女の義兄妹のことですね」
「政府…、義父と義母への復讐が成されれば、今度は義兄妹からの復讐が来る。復讐の復讐…、まさに″復讐の連鎖″。貴女の言った通り、苦しいだけですね」
「…よく覚えていましたね。一番最初の会話なんて」
そんな前のこと、もうとっくに忘れていると思ってた。ただでさえ私たちは普通の出会い方をしていない、引き継いだ審神者と引き継がされた刀剣男士という間柄だったのに。
「貴女との会話だから覚えていたのですよ。他ならない、僕らの認めた主の言葉を忘れる筈がありません。…忘れられません」
「お小夜は…、あの時の言葉があったから強くなろうとしているのです。それは復讐のためではなく、貴女を復讐に染めぬよう、守るために…」
「小夜…」
「貴女がいなければ、お小夜はまだ復讐に取りつかれたまま、苦悶の表情で戦っていたことでしょう…。けれど、今日鍛練場に向かうお小夜の目は、貴女が戦う時の強い瞳に似ていました。貴女のお陰で、お小夜は復讐心から解放されました」
「…苦しんでは…いないんですね?」
「ええ、勿論。僕らも頑張らねばと、逆に焦ってしまうくらいです」
「だったら君らも鍛練場に行ったらど」
ゴンッ!!
「〜〜ッ!!?!?」
「…………」
…良かった。理由がどうであれ、小夜が辛いのを我慢していないのなら。
ほっと息を吐き、再び和やかな時を過ごそうとお茶を飲む。
サァッと風が吹くと同時に、この時間帯には珍しい気配が縁側に降りてきた。
「…お疲れ様です。クロ様」
頭の上に器用に書類を乗せてやってきたこんのすけは、トテトテと私の元までやって来てそれを渡し、数歩下がる。
「…………」
…いつもと雰囲気が違うのは、どうやらこの書類が原因のようだ。
江雪たちもそれを感じとったのだろう、静かに私とこんのすけのやり取りを見守ってくれている。
ファイリングされたそれを開き一番上の一行を読んでこんのすけに目を向けると、彼はこくりと頷いた。
「…わかった。今夜、準備が整い次第向かうと伝えて」
「承知致しました」
煙と共にドロンとこんのすけが消えたのを確認し、もう一度その書類に視線を落とした。
″今夜″とはまた急すぎる。でも反論したところで状況が変わらないのは目に見えていることだ。なら、今の私に出来る範囲での最善策を練らなければ。
「鶴丸。今すぐ薬研と長谷部を連れてきて。江雪と宗三は手分けして内番と出陣部隊、全員を回収して広間に集めて」
「…何だったんだ?」
「政府からの命令」
どうやら、安らぎなんてものは泡沫のように消え去ってしまうものらしい。まぁ審神者という職業上、たった一瞬でもそれを感じられただけまだマシというものなのだろう。
「″特別任務″が入った」