本丸の手入れ部屋は四つ。その内の一部屋で眠る彼を眺め、私は自室へと戻った。










あの黒本丸修復任務から早くも三日が経過した。

結界の張り直しと厚藤四郎の浄化を終え、瑪瑙さんと共に他の刀剣男士が残っていないのかと探してみたのだが、残念ながら彼しかいなかった。

彼をそのまま野放しにすることも出来ず、今は不可抗力と言えど私の霊力で身体を保てている為、瑪瑙さんと真黒さんに私の本丸で引き取ることを志願した。一度は堕ちてしまった彼を引き取るので渋い顔をされるかと思っていたのだが、二人は快く頷いてくれた。ただし、何かあればすぐに連絡するようにと念を押して。



「大将」


「…薬研」



自室に着くと白衣姿の薬研がお茶を用意して待っていてくれた。どうせなら一緒に飲もうと縁側に腰を落ち着け、彼から湯飲みを受け取って一口。私好みの濃さに淹れるの上手ですね。



「また厚のこと見に行ってくれてたのか」


「起きるならそろそろかと思いまして」


「そうだが…。大将、自分の怪我も労ってくれよ?」


「私のは時間が経てば治りますから」


「安静にしてなきゃ治るモンも治らねぇだろうが」



はぁ、とため息を吐く薬研は私の左手に巻かれた包帯を見て悲しそうな瞳をした。

あの日の厚藤四郎の浄化で彼に直接触れていた左手。浄化が終わって手を離した直後、異変に気付いた薬研が私の左手首を掴み、その状態の酷さに直ぐ様応急処置を施してくれたのだ。

言葉で簡単に説明するなら大火傷。掌全体の皮膚が焼け爛れて血が滲み、更にはあの鋭い電撃のような邪気で細かい切り傷があって、本当に私の手かと自分でも疑ってしまうくらいだった。

切り傷は手だけでなく頬や腕にもできてしまった為、私の頬にも絆創膏が貼ってある。もう瘡蓋ですからやらなくても良いのですがね。



「剥がしたら加州たちが大騒ぎするからな?また泣かれちまうぞ?」


「それは勘弁です」



帰った時も凄かったなぁとしみじみ思い出しながらお茶を啜る。









──帰還した朝。



「ぎゃあああああああ!!!主っなんでそんなにボロボロなのぉおお!!!?」


「ぬしさまぁあああ!!!血の匂いが酷いではありませんかぁあああ!!!!」



本丸に帰ったのは皆さんが朝食を終えた頃のこと。

鳥居から一歩踏み入れば、前回同様に加州と小狐丸がすっ飛んできた。そして私の姿を見た瞬間に青冷めて悲鳴を上げるものだから、内番を始めようかとしていた面々もこちらへと走ってくる。

光忠は食器洗いをしていたらしく、割烹着姿で片手には泡のついたスポンジ。いつも思いますが良い意味でお似合いです、とても。

そんなズレたことを考えているといつの間にやら全員に囲まれていて、目の前には留守を頼んでいた長谷部が跪いて私の手を取っていた。



「どうしたというんですかそのお怪我は…っ!」


「任務に怪我はつき物です」


「答えになっていません!!」



そうですか?簡単に言えばそういうことなのですが…。

無傷で帰ろうなんて無理な話だ。話が通じる相手がいるのかもわからない黒本丸に赴くということは、そういうことなのだから。

この本丸の皆さんは私をちゃんと理解してくれたから、私も無傷でいられただけ。本当なら命の危険がある本丸に向かわされることの方が多いのだ。



「あるじ…痛い?痛いよね?」


「大丈夫ですよ。泣かないでくださいな、加州」


「だって…っ怪我…こんなに…!」


「主がこんなに傷ついてるの、僕らでも見たこと無いんだよ?本当に大丈夫なの?」


「掠ってしまっただけです。すぐに治りますよ」





「厚っ!?」


「厚兄!!」


「厚兄さん…!!」



後ろから一期たちの声がした。
群がる先にいるのは薬研が背負っている厚藤四郎様。何故彼がここにいるのかと焦る兄弟たちに薬研と乱は苦笑した。



「落ち着いて、いち兄。厚は主さんが治してくれたから大丈夫だよ」


「暫くは疲れて眠りこけるだろうけどな」


「…何があったんだい?任務で…」


「一期。焦る気持ちはわかるが、まずは弟たちを休ませてやらねぇと」


「っ、そうでしたな…。すまない。薬研、乱、お疲れ様」


「うん!」


「おう」



また、別の方向からも今剣と小夜を囲んで帰還を喜ぶ声が上がる。



「ただいまです、岩融!」


「おかえり、今剣!任務はどうだった?」


「すごかったです!あるじさまがすっごくつよくて、ぼくをたくさんつかってくれたんです!」


「がはははは!そうか!それは良かったなぁ!!羨ましいぞ今剣!!」





「お小夜…ご無事で……」


「怪我は?」


「大丈夫。終わってすぐに、主が治してくれたから」


「…そうですか。主、ありがとうございました」


「ありがとうございます、主」


「いえ。お礼を言うのは私の方です。薬研、乱、小夜、今剣。ついて来てくれてありがとうございました。皆さんもお留守番ありがとうございました」



それぞれが無事だとわかって、やっと皆さんにも笑顔が戻った。

たった一晩離れていただけだというのに、何だかとても長い間会っていなかった気がする。それくらい、任務の内容が濃いものだったということだろう。



「さて、大将と話してぇのはわかるが、誰でも良いから風呂と飯の用意頼む。俺たちはもう大将の力で治されたけど、大将の治療はまだなんだ」



…小夜も言っていたけれど、別に私が直接治したわけではありませんよ?

最後に繰り出した浄化の作用で、厚藤四郎から受けていた傷も全て、私の霊力に触れて治ってしまっただけなのだ。だから本当に治っているのかは見てあげないと私も心配なのですけど…



「!!それを早く言ってください主!」


「では長谷部、お風呂とご飯の用意をお願いします」


「主命とあらば!って、そこではなくて…!!」


「ははっ、薬研の言葉まんまじゃねぇか!」


「言ってくださいと言われましたから」


「ですから傷の方を…!」


「あ、言い忘れていました。
お留守番中の指揮、ありがとうございました。長谷部のお陰で助かりました」


「!!有り難きお言葉!」


「長谷部くんの扱いも上手になったね、主」


「ははは。主がおると、やはり皆の纏う空気が違うな」


「それと、皆さん」


「「「「「?」」」」」


「ただいま」


「「「「「!おかえりなさい!!!」」」」



 

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