「クロちゃんも、もうお帰りに?」
「いえ、少々野暮用を片付けに」
「そうですか。お気をつけて行ってらっしゃい。では、僕は仕事に戻ります。真黒、君も早く戻ってきてくださいね」
「わかってるって」
丁寧にお辞儀した蘇芳さんもゆったりとした足取りで戻っていった。いつも余裕そうにしているけれど、政府の仕事も大変なのだろう。
「あの人何しに来たの?あんたもそうだけど」
「はは。まぁ私は翡翠の紹介だけだったんだけどねぇ」
「"すおう"さんだっけ?あの人は?」
「さっき偶々会ってね、クロに会いに行くって言ったら挨拶したいってついてきたんだ」
「それだけ?」
「それだけ」
「律儀〜」
本当に律儀な人だ。一度しかお会いしたこと無いのに私なんかを覚えているとは。
「呼び止めてごめん。そろそろ行っておいで。あ、お昼忘れずにね!」
「それはボクらが見とくから大丈夫!」
「あははっ、頼もしいなぁ。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
真黒さんに見送られながら政府の門を潜った。毎度の如くお花屋さんを目指しながら歩いていく。
ミンミンと鳴く蝉の声が暑さを際立たせていますね。暑いです。
「さっきの続きになっちゃうけどさ。主、大丈夫?」
「何がですか?」
「周りから言われてたことだよ。主さんは何もしてないのに…」
シュンと俯いた乱の声は震えていた。悲しげに服の裾を握りしめて…、まるで叱られた子供のように立ち止まる。
「主さんは浴衣の方が似合ってるもん。それに、皆何も知らないくせにっ」
「乱…」
ついに瞳が潤んで一粒ぽとりと落ちていった。熱いアスファルトにその雫が溶け込んでいく。
「泣かないでくださいな。泣かれるとどうしたら良いか困ります」
「だってぇ〜…っ」
「ヤバい、俺も泣きそう」
「貰い泣かないでくださいな」
周りには見えないとは言え泣いている二人を連れ歩くのは些か気が引けるというか…。私の心臓に悪いです。
浴衣もスカーフも、隠すためのものだ。浴衣は私の身体の痣を。スカーフはチョーカーを。これまでのワイシャツとスカート、タイツといった服装よりは浴衣の方が涼しいから、夏場はいつもこうしている。
本丸でこのことを話しはしなかったけれど、過去を聞いた彼らはすぐにそれを察してくれたようで誰も聞いてこなかった。
周囲の言葉は毎年のことだから慣れてしまったと言えばそれまで。でも二人は直接聞いたのは初めてだから、心を痛めてしまったのだろう。
「私は幸福者ですね」
「なんでさ?」
「こうして私の為に泣いてくれて、全てを知っても傍にいてくれる方たちがいることが、何よりも嬉しいです」
二人の頬に伝う雫を指で拭う。綺麗な涙だ。これが私の為に流されたものだと思うと泣かれるのも嬉しい。
……でも…
「笑ってください。お二人とも泣き顔も美しいですけれど、私は笑顔の方が好きです」
「!」
「周りなんてどうでも良いのです。私は私を認めてくれる方たちがいるだけで幸せなんです。見ず知らずの他人のことなんて気に留めるだけ時間の無駄ですよ。政府は広大な畑、他人は喋る野菜だとでも思っておけば良いのです」
「…主って時々毒舌だよね」
「私だって毒の一つや二つや三つや四つ…果ては百まで吐きますよ」
「多いから!!」
「冗談です。半分くらいは」
「半分!?」
「…ふはっ!」
「やっと笑いましたね」
「!うん!ありがとう、主さん」
「お礼を言うのは私です。綺麗な涙をありがとうございます」
行きましょうかと言って右手は加州の、左手は乱の手を握ると驚かれた。本当の本当に両手に花だ。
パァァッと桜が咲いたように笑った二人と共に、真夏の日差しの中を歩いていく。
暑さより勝る暖かさを胸に感じながら。
「こんなもん?」
「ピカピカですね。父も母も喜んでいることでしょう」
「お花ってこういう感じで良いのかな?」
「はい。綺麗に生けられてます」
「えへへ、良かった!」
「では、ちょっと寄り道してからお見舞いに行きましょうか」
「寄り道?」
「爪紅と髪紐。お好きな物一つずつ買いに行きましょう」
「良いの!?」
「皆さんには秘密ですよ?」
「うんっうんっ!早く行こう!」
「行こう行こう!」
「はいはい」