「一万…否、一億歩譲って迎えに来て下さったことには御礼を申し上げましょう。ありがとうございます。ですが、以前の厩に引き続き今度は厨の壁に風穴を空け、挙げ句の果て戸まで壊すとは一体どういうことでしょうか瑠璃様?」



自室で目の前に正座させた彼女に静かにそう告げると、流石に今回は罪悪感があるらしい。上目遣いに手を合わせて素直に謝ってきた。



「ご、ごめんて…。まさか壁がそんなに脆いとは…」


「瑠璃様、壁は脆くありません。この間補強したばかりです」


「うぅぅ…敬語と"様"付け」


「黙らっしゃい力馬鹿」


「はうぅぅ……」



何の音かと確認するまでもなく、「クロ!お祭り!!」と叫びながらやってきたのは瑠璃だった。つまりまたやらかされたのだと痛む頭を押さえながら彼女を座らせたのが三十分前。

その後、何故待っていなかったのか、何故文字通り突っ込んだのか、突っ込んではいけないのだ何故ならば…と延々と刻々と諭すように丁寧に語っていた。

ここまでしないと理解してくれないのだと散々経験済みだから仕方ない。こんなに喋るのも久方ぶりだ。前もこういう説教だったなぁと染々思った。










──その頃、厨では…



トンテンカンットンテンカンッ



「めちゃくちゃ怒ってたね、主。背中におっかない般若が見えたの俺だけ?」


「ボクも見たぁ〜」


「そりゃ怒るでしょ。こうならない為に待ち合わせしようって決めてたのに向こうから来ちゃったんだから」


「もういい加減あの腕落としちゃおうか」


「………え?」


「クロちゃんの迷惑にしかなんないならいっそその方が良いよね。ああ、でもそれじゃあクロちゃんが悲しむか。クロちゃんが泣くのは嫌だな」


「こ、刻燿?」


「あっはは〜、じょ〜だんだよぉ?」


「「嘘つけ!!」」





「…良かった、食器類は無事だね」


「ごめんね。気分高揚した瑠璃はいつも以上に抑えるの難しくてね…」


(一斉に本丸補強したのはこの為だったのか…)


「瑪瑙があやまることないですよ!」


「(!瑪瑙…?)
あんた、もしかして大将と一緒に俺がいた本丸の修復任務来てくれた審神者か?」


「え?ああ、あの時の厚藤四郎か!この間は瑠璃の浴衣騒動で会わなかったけど、元気になって良かった」


「あんたと大将のお陰だ。あの時は怪我させちまって悪かった。あと、ありがとう!」


「どういたしまして!」





「はぁ…、今度はクロネコんとこの厨か」


「そう言えば、翡翠さんの本丸の藤棚も壊されちゃったんだっけ?歌仙さんが怒ってるって」


「おう。この前やっと直し終わったとこ」


「大変だな、翡翠も」


「こう言っちゃなんだけど、疲れないの?」


「疲れるぜ。ま、俺らの中でアイツに容赦なく手ぇ出して止められんの俺だけだからな。仕方ねぇさ」


「…お疲れさん」










──更に三十分後。



「大将、修理終わったぞ…て。まだ説教してたのか」



顔を出した薬研は私達を見て苦笑した。彼に続いて複数の足音が聞こえ、現れたのは瑪瑙さんと翡翠さんだった。彼らにも、彼らが連れてきた刀剣たちにも修理を手伝わせて申し訳ない。



「ありがとうございます。お手を煩わせてしまってすみません」


「はは。まぁ俺も翡翠も慣れてるから」


「こういうことに慣れてはいけませんよ。…ほら瑠璃」


「う…」


「…………」


「…………っ」


「……私、謝らない人嫌い」


「っごめんなさい!!!」


「よろしい」



「…こいつら本当に親友?」


「らしいよ」



さて、随分と時間を割いてしまった。時間は六時半を過ぎた辺りだ。既にお祭りも始まっているだろうが…



「お二人ともお疲れでしょう?休んでから行きましょうか」


「いや、これくらい大丈夫だよ」


「クロネコも祭り楽しみにしてたんだろ?今行かねぇと時間減るだけだぜ」


「そうですが…」


「行こうぜ、大将。今剣たちも疲れより祭りに意識が向いて、もう鳥居で待ってるぞ」


「早いですね」



ならば行くとしましょうか。

立ち上がると瑪瑙さんと翡翠さんは先に外で待っていると告げて出ていった。



「…大将」


「?」



私も部屋を出ようと進むと薬研に呼び止められ、彼の視線の先を辿れば座ったままの瑠璃。

…今度は何だ?



「行くよ、瑠璃」


「…怒ってる?」


「…………」



珍しい。いつもならこんなに反省の色は見せないのに。流石に説教一時間は長かったかな?



「もう怒ってない」


「…謝らない人嫌いって言った」


「ちゃんと謝ったから良い」


「じゃあ、嫌ってない?」


「嫌ってない」



そもそも嫌いだったなら説教なんてしない。生憎、嫌いな人間にくれる目も、聞く耳も言う口も持ち合わせてはいないもの。



「私にはこんなことしなくても大丈夫だと、わかってはいるんだろう?」


(…"こんなこと"?)


「それは…わかってるけど……」



瑠璃の前まで行って手を差し出せば、彼女は驚いたように見上げてきた。



「行くよ。祭りは瑠璃の十八番だろ?」


「そ、そんな十八番ないから!」


「早く立て、お祭り人間」


「誰がお祭り人間よ!!」



ぎゅっと握られた手を引っ張り上げると、目の前にはいつもの瑠璃が立っていた。

…ちょっぴり涙目なのは見なかったことにしておこう。



「…ありがと、クロ」


「ん」



ぽつりと呟かれたそれに頷き返し、そんな私たちを見ていた薬研も安堵の息を吐いた。心配ばかりさせて申し訳ない。

今度こそ祭りに行こうかと、鳥居で今か今かと待っている彼らの元へと急いだ。










「おそいですよあるじさま!!」

「すみません、お待たせしました」

「…主は悪くないと思う」

「十中八九、この力馬鹿のせいだろ」

「うっさい!」

「まぁまぁ。じゃあ行こうか」

「はい。では、行ってきますね皆さん」

「行ってらっしゃいませ」

「留守はお任せを」

「お土産、待ってるよ!」

「行ってらっしゃ〜い」


 

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