「では、審神者の皆様には今後、更に警戒頂きますよう…」
九月も半ばに差し掛かり徐々に肌寒さが増してきた今日、私たち審神者に珍しく政府から緊急召集がかけられた。
今月の会議が済んでから一週間足らずでの呼び出し。更に、召集された審神者の人数が少ないことにも疑問を感じ、十中八九良い報告ではないだろうと予想はしていた。
そして予想通り、会議担当の役人の言葉は審神者の心に暗雲を呼び寄せるものだった。
「眠り続ける審神者…なぁ」
「ふむ…。あまり穏やかな話ではないな」
会議室を出て廊下を歩いていたところで、今回ついてきてくれた鶴丸と三日月が呟くように言う。
内容は思ったより深刻なものだった。この一週間で、老若男女問わず眠りから覚めない審神者が続出しているのだとか。
審神者たちに共通点は無く、誰も彼も普通に任務をこなしていた者たちばかり。中には黒本丸の注意を受けていた者もいるようで、優秀と称される審神者ばかりが被害に遭っているわけでも無い。
眠っている審神者の数は既に二十を越え、これ以上増え続けては堪らないと召集、注意換気されたというわけだ。
「起きている時に倒れちまうわけじゃあないんだろう?」
「そのようですね。普通に睡眠をとって目覚めないということらしいです」
それは夜だろうと昼寝だろうと関係無く。布団で眠る者、転た寝程度に机に伏せたままの者と眠り方も様々らしい。
「主は己の悪夢とも関係があると見るか?」
「…どうでしょう?魘されているという話ではないようですし、関係性があるのかどうかはわかりません」
「まだ続いているのか?その悪夢は」
「はい…」
薬研と刻燿に悪夢を話し、皆さんにも同じように腕の痣を見せて話してからも、ずっとあの悪夢は続いている。
日に日にそれは鮮明に。夢の中では本当に痛みまでわかるくらいに。目が覚めると当然痛みは無くなるのだが、服の下の痣は濃くなるばかり…。そろそろ一番痣が酷かった時期の色にまで戻りそうだ。
…でも私の悪夢と今回の件について、関係があるかは定かでは無いけれど、同じものかと言えば違う気がする。現に私は悪夢に魘されはしても眠り続けているわけではないし、逆に審神者たちは魘されずとも眠り続けている。
他にも私と同様に悪夢を見る方がいればヒントを見つけることもできそうだけれど…。
「…ん?」
「笛の音か?」
建物の外に出た時、どこか遠くから風に乗って笛の音が聞こえてきた。不思議と心が落ち着くようなその音は、他の審神者や刀剣男士たちの足も止めてしまう程に美しい。
「この音色は…」
「主?」
誘われるようにして足を向けたその先は、この間お祭りを催された広場だった。あの時は屋台で隠れてしまっていたけれどそこには大きな噴水があり、噴き出る水が陽を浴びてキラキラと輝いている。
その縁に腰かけて横笛を奏でている人物は、やはり想像していた人だった。
「こんにちは、クロちゃん」
「こんにちは。演奏を止めてしまいすみません、蘇芳さん」
「気にしないでください。気晴らしに一曲だけ吹いていただけですから」
ちょうど演奏が終わったタイミングで私を見て笛を下ろしたのは蘇芳さん。今日は真黒さんと一緒ではないようだ。
隣を勧められ、会釈してからそこに座る。鶴丸と三日月には少し離れた場所で待機してもらった。
「相変わらずお上手ですね」
「!覚えていたのですか」
「はい。前に一度だけ、真黒さんに勉強会を開いて頂いた時にも、気晴らしにと」
あの時は瑠璃様の方が成績は上でそんなに仲良くもない頃だった。新入りの私を良く思わない同級生は人形みたいだとか変な噂を流し、忙しいだろう真黒さんに無理を言って勉強を教えて頂いた時にそれを心配され…。
そんな私たちを見て、同席していた蘇芳さんが笛を披露してくれたのだ。嫌なことなどいつまでも考えていても仕方ないのだと、心が晴れやかになるような音色は今でも思い出せるくらい魅力的だった。
「今日は審神者たちへの気晴らしですか?」
「はは、クロちゃんに隠し事はできませんね」
「隠していたのですか?」
「いいえ。でも言わなくても理解してくれる方は少ないですから」
ふふふと上品な微笑を漏らした彼は撫でている笛に視線を落として語った。
「貴女には、大事な人はいますか?」
「大事な人?」
「何にも代え難い特別な人です。…眠り続ける方の中には私とも懇意にしてくださった方も多くいます。何故、彼らが眠り続けるのか…。政府に勤める者としては一刻も早く原因を究明してお助けしなければならないというのに、私には何の力もありません」
「…………」
「ですからせめて彼らの眠りが…、もしも夢を見ているのなら穏やかなものであるようにと、こうして奏でていたのです。ただの自己満足にしかなりませんが」
「そんなことはありません。蘇芳さんの想いはきっと審神者の皆様にも届いていることでしょう」
「ふふ、ありがとうございます。
あ、もうこんな時間なのですね。休憩時間もそろそろ終わりますし、私は戻ります」
「はい。ではまた」
私と控えていた鶴丸と三日月にも頭を下げた蘇芳さんは建物の方へと去っていった。
笑顔もそうだけど作法も上品な人だ。
「知り合いか?政府の役人だろう?」
「はい。真黒さんのご親友で蘇芳さんといいます。私と顔を合わせるのは四度目です」
最初と二回目は真黒さんの勉強会で。三回目は翡翠さんと初めて会った時。そして今回が四度目。
「へぇ…」
「なんですか?」
「いや。こう言っては何だが、君は人間関係が義兄妹と特別部隊しかいないものとばかり…」
「その解釈で強ち間違っていませんよ」
「少しは否定してくれ!それすっごく悲しいことだぞ!!」
「え?そうなんですか、おじいちゃん?」
「ははは。いやいやそんなことはないぞ?まぁ、お主が心を許せるに値せん者が多いことこそ悲しいことだとは思うがな」
「別に許してないわけではないのですが…」
普通に話しかけられたらちゃんと会話するし、話す内容が無いから必要以上に話していないだけだ。
それに、そもそも同級生たちの大半は私を避けていた。だから仲良くしようにもできなかったのだ。
「こちらから用があっても避けられるのではお近付きにもなれないでしょう?それにあの頃は遅れていた勉学を補うのに必死でしたし、私にだって好きな人も嫌いな人もいます」
万人に好かれようなどとは思いません。私なんかに懇意にしてくださる方がいるだけでも有り難いことだと思わなければ。
「勿論、私を好いてついてきてくださる貴方たちにも常日頃から有り難いと感謝していますよ」
そう言うと鶴丸は片手で顔を覆って項垂れてしまった。
「君って子は…っ!
(そんな台詞をそんな顔で!!あぁあああっ主の微笑みが眩しいっ!!)」
「うむ。俺も主には感謝しているぞ。俺たちが誇れる主だからな」
「ありがとうございます。ところで鶴丸は大丈夫ですか?」
「ははは。色違いの鶴など放っておけ」
色違いというか…、まぁ真っ赤に染まったのだから色違いなのか。そうか。