──その夜。
「大将。何だ、話って」
食事を済ませて粟田口の部屋で医学書を読んでいた薬研を自室に呼び、向かい合って座った。
改まって呼んだからか彼は少し緊張した面持ちでいる。結界も張った為、真面目な話をすることは承知しているようだ。
「薬研。今暫く、私の近侍でいてもらえますか?」
「!構わねぇが…、どうしたんだ?」
本当ならあの任務のみの近侍として薬研を選んだし、彼もそれをわかった上で了承していた。現に任務が終わってからの三日間は、四六時中私の傍に控えていたわけではない。
他に誰かを近侍につけてもいなかった私が、再び薬研を近侍にすると言ったのだ。驚くのも当然の話でしょうね。
「理由は二つです。あの任務が…、あれだけで終わりだとは思えなかったのが一つ」
「大将が視たっていう″男″か」
「はい…」
黒幕があの男なのか否か。わかるのは政府の人間でも最上級の位を持っていること。即ちそれ相応の力があることを示す。
「それから、審神者の言葉…」
──気を付けて
──君が呼ばれたのは偶然じゃない
「瑠璃様のいる手前、誰に向けられた言葉だったのかは敢えて濁しましたが…。あれは私に言っていました」
「!?本当か?」
「間違いありません。言葉はあれだけでしたが、伝わってきた感情は私を心配するものでした」
何をどう気をつけるべきなのかはわからないが、私を案じているような瞳をしていた。
私の身に何かあるということなのか、私の周りで再び同じようなことが起こるという警告か。
「男が審神者に言霊を使っていたと言ったでしょう?」
「ああ」
「審神者に言霊を使えるのは、それ以上の力を持つ者。でも、力が小さくとも使える方法はもう一つあるのです」
「?」
これは不可抗力とも言える方法だ。審神者として生きるようになってからは、誰もが殆どされない行為。
「真名を紡がれることです」
「な…!?じゃあ、あの審神者も…」
「わかりません。審神者より強い者であれば真名など使わずとも言霊は紡げます。しかし、あの男は政府の人間…。審神者の真名は簡単に知ることが出来るでしょう」
しかも、最上級の階級持ちであれば。
「…………」
「すみません、薬研」
薬研には私の真名を託してしまった。近侍になってもらうのはあの任務で近侍を勤めてもらったからというのもあるが、真名を持っているからでもあるのだ。
付喪神の彼が私の真名を持ち、更に私の近くに居てくれるのであれば、他人の言霊はそう簡単には私に届かない。
(…こんなことの為に…教えたわけではなかったのに)
刀剣たちを束ねる主として、私はやられるわけにはいかない。彼らを守るため…、でも結果的には自分の身を守るためにもなってしまう。これではまるで彼を利用しているみたいじゃないか。
どうして私は大事なものを巻き込むことしかできないのだろう…。
俯いて手をぎゅっと握り締めると、私の視界は暗くなり温かいもので包み込まれた。
怪我して包帯を巻いている左手の痛みも問わず固く握り、目を伏せてすみませんと謝る彼女が昼間とは違ってあまりに小さく見えた。
…過去を話した日と同じ、本来の彼女だ。
辛いのも苦しいのも表に出している今の彼女を″ひとり″にしてはいけないと、半ば本能的に動いて抱き寄せた。
「…、薬研」
「夜雨」
「!」
二度目だ、彼女の名を紡ぐのは。自分で呼ぶのも慣れてないからか少しこそばゆい。
左手は彼女の背中を撫で、右手は彼女の左手に添える。強く握っていたから少し包帯がよれている。後で巻き直しだな。
「俺はあんたの真名を託されて凄く嬉しく思ってる。教えたのは我儘だって言ってたよな?」
「…、はい…」
「なら、それで良いじゃねぇか。俺は利用されてるとかこれっぽっちも思ってねぇぞ?」
「!」
「図星だろ?」
抱き締めてて顔は見えないが、驚いているのは身体の震えから伝わってきた。
まったく、大将は何でもかんでも呑み込もうとするからいけない。こうして呼び出してくれなかったらまた感情を閉じ込めさせるところだった。
でも、恐らく彼女自身もなんとなくわかっているのだろう。自分の呑み込む癖はいけないことなのだと。
それならどうしたら呑まずにいられるのか。そこまで考えが回ってんのかは知らねぇが、俺を呼んだのは正解だ。
「大丈夫だ。俺は大将を守るって言っただろ?」
「…十分、守ってもらっています。任務でも最後に止めを刺したのは貴方でしょう?」
「あれだけで終わりだと思ってんのか?刃生を掛けて守るとも言った筈だぜ」
「そう…ですが…」
「申し訳ないとか思わねぇでくれ。俺だって″守りたいから守る″んだから」
「!」
「救いたかったから救っただけ」
「…どこかで聞いたような台詞ですね。言ったようなと言うべきか…」
「だろうな。あんたの言葉はいつも格好良いからなぁ、つい俺も使いたくなっちまうんだ」
あれは燭台切の旦那だって嫉妬するくらいに格好良い言葉だったと思うぞ?
聞いてたら絶対使ってるだろうな。俺が先に貰ったから誰にもやらねぇけど。
「格好良いことなんて言えていません。思ったことをそのまま言っているだけです」
「それが格好良いんだよ。強くて、優しくて、凛としてて…。そんなあんたは何百年と生きてきた俺が未だ嘗て見たことねぇ女なんだぞ?」
「買い被り過ぎですよ」
「また消極的に…。ちっとは自信持ってくれや」
…強い大将の刀でいられて、近侍になれて、更には真名まで託されるなんて…。これ以上喜べることなんて無いだろう。
少し身体を離して依代からお守りを外し、そっとそれに口づけた。
「!…や…げん……」
中にあるのは彼女が手書きでくれた真名。守り通すと誓った、目の前にいる大事な子の名だ。
「あんたの真名、確かに俺が貰い受けた」
「薬研…」
「勿論、近侍もしっかり勤めさせてもらうぜ。あんたを放っておいたら過労でぶっ倒れるだろうからな」
「そこまで仕事するつもりは…」
「無くても実際やるし起こりうるだろう?俺の勘がそう言ってる」
「…………」
…目ぇ逸らしやがった。また図星だな?
なんとなく大将の癖がわかってきてる自分が嬉しくてくつくつと笑うと、彼女はどうしたのかと首を傾げた。そんな表情もいつもの無表情と僅かに違う。
感情が出てきているのか、それとも俺の目が敏感になったのか。若しくはその両方なのかもしれない。
「…薬研」
「ん?」
「…あの……」
「?」
「…、…寄り掛かっても…良いですか?」
「!ああ、勿論」
少しの変化がこんなにも嬉しいこととは思わず、また彼女を腕に閉じ込めた。力を抜いてほぅっと息を吐いた彼女は、安心からか俺の胸に頭を預けて目を瞑る。
この一時だけでも、俺は彼女の居場所になれている。
そう実感し、俺は彼女の気が済むまでそうして抱き締めていた。
「いつでもこうして甘えてくれて良いんだぜ?」
「恥ずかしいんですよ…」
(恥ずかしがるとこでもねぇだろうに…)
「……でも…」
「?」
「薬研にだけは…言いたくなったら言う…と、思います。だからその時はまた…名前を呼んでくれますか?」
「ああ、いくらでも。夜雨」
「!ありがとう、薬研」