「皆さん、お怪我はありませんか?」
「クロちゃーーん!!!」
鍛練場に現れた大将に刻燿は手合せ以上の速度で向かっていった。ぎゅぅぅと抱きつかれた彼女はよしよしとあやすように刻燿の頭を撫でている。
…どういう状況だ?これ。
「心配したよぉ。クロちゃんは大丈夫だった?」
「大丈夫です。寧ろすみません…。薬研たちも何ともありませんか?」
「ああ、大事ないが…。まさかさっきの突風…」
「お恥ずかしながら私です」
「はあ?」
「…そういうことですか」
和泉守の旦那はまだ状況が飲めないらしいが、宗三といち兄、厚はわかったようだ。
あの風からは大将の霊力を感じた。随分と風圧が強かったが決して荒々しさは無く真っ向から向かってきて、まるで勝負に挑む時の大将と同じだと思った。
「第二部隊を遠征に送った後、裏庭で風を操る練習をしていたのです」
「この間言っていた貴女の霊力の属性ですな」
「はい。あの日以来、暇を見つけては風を意識して制御しようと試みていました。今日は比較的風が穏やかですし天気も良いですから、外で広範囲に風を送れるものかとやってみたのですけど…」
「失敗したってか?」
「力加減を誤ったようです。すみません…」
「クロちゃんは悪くないよぉ!こんなことするの初めてなんだから気にしな〜いの!」
「ありがとうございます、刻燿」
励まされてほんの少し笑みを浮かべる大将だが、珍しく落ち込んでいるらしい。表情にはあまり出ていなくともわかるようになってきたのは慣れてしまったからだろうか。
「貴女でも失敗することがあるんですね。普段はやることなすこと全て完璧でしょうに」
嫌味ったらしくも聞こえるがこれが宗三の通常運転だ。宗三は純粋に大将の失敗を疑問に思ったのだろう。
いち兄たちも同様に不思議そうな顔をし、それを受けた大将は別段気にした様子もなく淡々と語った。
「失敗なんてざらにありますよ。というか私が初めてやることは殆どが失敗から始まります」
「そうなのか?なんか全然想像できねぇけど…。例えばこれまでどんなこと失敗したんだ?」
「小学生の頃、人生初めてのテスト…試験で回答は全て埋めていたのに名前の記入を忘れて零点でした」
「は?」
「え゛」
「初めてお菓子作りをした時に砂糖と塩の分量を逆にしてしまったり、煮物を作る時に味醂とお酢の瓶を間違えてとんでもない物を作ったり…」
「…………」
「初めてのかけっこでは到着手前で派手に転んで最下位になってしまいましたね」
「…………」
「初めて自分で服を買いに行った時に大きさを間違えてダボダボだったり、初めて向かう場所は必ず逆方向に行ってしまって迷子になりましたし…。ああ、初めてお裁縫しようとした時は自分の服ごと縫ってしまって大変なことに…」
「ぶっ!!あっはははははは!!!あんた結構ドジなんだな!!いつもはあんな完璧なくせしてよ!!」
腹を抱えて笑う和泉守につられて厚やいち兄まで苦笑を漏らす。あの宗三まで袂で口を覆ってそっぽ向いているし。
まさか何でもできると思っていた大将が…、こう言っては悪いがそんなしょうもない失敗から始まる子だったとは…。
俺っちも予想外すぎて思わず瞬きを忘れていた。
「そりゃ私だって人間ですから。失敗なんてしょっちゅうしていますよ」
「でも!クロちゃんは最初しか失敗しないんだよ!二回目には絶対完璧にできるんだからすっごいんだぁ!!」
「へぇ。失敗は成功のもとってやつか」
「完璧というわけではありませんが」
また謙遜して…。
大将はそんな大失敗を沢山してきたから今じゃ何でもできるんだろうに。彼女の負けず嫌いな性格が今の彼女を作り上げたんだ。
風の属性のことも翡翠に聞いてからまだそんなに日は経っていないが、ただでさえ大将の仕事は多いのに合間を縫って練習していたということは一日一回は試していたんだろう。そう遠くない内に使いこなせるようになっちまうんだろうな。
「努力の結晶みてぇな人だよな、大将は」
「まったくですね!」
「のわっ!こんのすけ!?」
俺の言葉に同意する声はこんのすけのもの。そして現れた場所は大将の肩の上だ。
急に出てきたそいつに声を上げたのは厚だけだったが、驚いているのは和泉守の旦那たちも…というか大将以外全員だ。顔の真横に現れたというのに大将本人は動揺すら見せない。
「いつからいやがった!?」
「「皆さん、お怪我はありませんか?」からです!」
「最初からですな」
「大将、気づいてたのか?」
「はい。姿を見せる様子が無いので放っていました」
敏感なところはさすがというか何というか…。
「それで?書類提出の催促ですか?」
「いいえまさか!クロ様は期限内提出を見事に厳守してくださいますから催促なんてとんでもない!爪の垢を瑠璃様に飲ませてやりたいくらいです!!」
「…あんたどんだけこんのすけの中で株上げてんだ?」
「違いますよ、和泉守。瑠璃様の評価が低すぎるのです。私は至って普通のことをしているだけですから」
「どっちもどっちだろ」
「ははは、そうですなぁ」
「それで、どうしたのこんのすけ?」
「はい、今日はお知らせに参りました!明日の演練に参加せよと」
「!演練か」
そういうのがあることは知っていたが、演練に参加するのはこの本丸自体初めてのことだ。前任の時も演練なんて組んだことなかったし。
「翡翠様から属性のお話がされましたよね?」
「うん。じゃあ特別部隊で演練?」
「いえ、両方になります」
「は?両方?」
「午前中は通常の演練。午後からは特別部隊での演練をしようと瑪瑙様からの発案です。瑪瑙様の腕も治りましたので」
「成る程。リハビリも兼ねてってこと」
「詳しい内容はこの紙に書いてありますので目を通しておいてください」
「了解。ありがとう、こんのすけ。お疲れ様」
「お疲れ様です!では私はこれにて!」
大将に手紙を渡したこんのすけは、撫でる彼女に頬擦りしてぽひゅんっと煙と音を立てて消えた。
こんのすけも大将に懐いてるよな…。刻燿とこんのすけに挟まれた大将は審神者っていうより飼い主なんだよな、肩書きが。