頭の上に暖かな重みが加わり、顔を上げれば真っ白に少し赤を滲ませた鶴丸がニッと笑っていた。
「前にも言っただろう?"主"が頭を下げるモンじゃない」
「我らは主の刀。主が戦うというのに怠けておるわけにはいくまい」
「がははははは!だが、主のその礼儀正しき姿勢は悪くない!よかろう!次から次へと敵を狩ろうぞ!」
岩融を先頭に皆さんも次々に敵へと向かっていく。さっきまでの動揺が嘘のような身のこなしに、いつの間にか強張っていた肩から力が抜けた。
「主」
「…早く終わらせて、また皆さんと共にゆっくりと過ごしたい」
「ええ、そうですな」
「…止めないのですね」
わかっているだろうに、私がこれから薬研に何をするのか。
一期なら兄として止めると思っていたのだけど、彼は自身を構えて敵を見据えて言う。
「貴女のそのお望みは、私共の望みでもあります。私たち刀剣男士一同、貴女の時間に身を委ねたい」
「…そうですか。薬研は必ず救います。
…ありがとうございます」
「貴女のことは私がお守り致します」
「ボクも守る!早く薬研くん起こしちゃって!」
「お願いします、二人とも」
近くの守りを一期と刻燿に任せ、安心して腕の中にいる彼へと向き直る。
勝手にこんなことしたら、薬研はやはり激怒するだろうか?
責任を感じてしまうだろうか?
…どっちもな気がする。
(でも…それでも……)
──私は、貴方と共に生きたい。
渇きかけた手首の傷へと口を寄せる。歯を立てればジワリと鉄の味が口に広がった。
多目に吸い出した血を含み、自分の唇を薬研のそれへと重ねる。舌で唇を割って流し込めばピクリと反応を示した。
「…ん」
やがてゆっくりと嚥下したのを確認して唇を離すと、それに合わせて彼の瞼も上がる。
「……たい…しょ…?」
「おそよう、薬研」
「おそ………!?」
目を見開きガバッと起き上がった彼は、自分の身体と依代にどこも"異状が無い"ことを確認し、私を見詰めて更に顔を真っ青にした。
「た…、大将っまさか血…!その瞳…!」
「瞳?…ああ、こうなるのか」
言われてポケットから手鏡を取り出して見てみれば、私の瞳は藤色に変わっていた。
「こうなるのかじゃねぇだろ!!あんた何したかわかってんのか!?」
「"血の契約"」
「っ、その口振りじゃどういうものなのかも知ってんな?」
「勿論」
神様との契約は大きく分けて三つ。
"言葉の契約"は主従関係が確立したもの。審神者と刀剣男士が最初に交わす契約がこれだ。
"真名の契約"は主従関係が無くなり、言葉の契約よりも立場が危うくなる。刀剣男士から名を紡がれれば逆らうことが出来なくなるのだ。
そして"血の契約"。互いの血を交わしたことで、私は薬研の眷属となった。恐らく薬研の口許についていた血を私が舐めてしまったのだろう。瞳の色が薬研と同じになったのが何よりの証拠だ。
「なんでだよ…、なんでっ、俺は…!」
「ダメじゃない、"守る"って約束破っちゃ」
「な…!?」
「あんたも、あんたが守ってる大事なものも全部。俺は俺の刃生を掛けて守り抜くと誓う」
「俺がずっと夜雨の傍にいる。それが俺の幸せなんだ。だからいつでも頼ってくれよな?夜雨」
「いつでも頼って良いって言ってくれたのに、先にいなくなるなんて絶対許さない」
「そ、それとこれとは話が…!」
「一緒。薬研が蘇芳さんと話してた記憶、流れてきた」
「一応聞くが、あんたは見返りに何を求める?」
「クロちゃんが欲しい」
「…………」
「あの子の力は絶大です。時の政府も手放したくないが故に首輪で繋いでいます。まぁ、力が大き過ぎるというのもありますが、彼女が寝返った時の世界への影響は大きい。政府からすれば恐怖そのもの」
「…………」
「そう考えると、クロちゃんが政府にいても幸せなど訪れないとわかるでしょう?彼女はこちらにいるべき人間です。どうします?」
「愚問だな。断る」
「ほぅ…?」
「大将は時の政府の為に戦ってるんじゃねぇ。過去がなんだ。痛みがなんだ。あの人はそんなモンで簡単に挫けちまうような主じゃねぇし、俺だって大将の幸せの為に命掛けてんだよ。あんたの言う甘ったれた幸せに揺れるような主なら、俺が初期刀になるわけがねぇ。結局あんたも大将をモノとしか見てねぇくせに大将の幸せを語るんじゃねぇよ」
「そうですか。交渉決裂ですね」
「私の幸せの為に命を掛けてくれるなら、尚更いなくなっちゃ嫌だ」
温かい雫が頬を伝う。さっきまで視界が潤むことも無かったのに、薬研がいないと私は涙を流すことも出来ないらしい。
「たい…」
「私だって中途半端な覚悟で審神者やってない。貴方は刀剣男士で、私が鍛刀したわけではないけれど、でも自信を持って言える私の愛刀」
「大将…」
「もう…何かをなくすのは嫌だ」
「!」
「お願いだから…いなくならないで…」
これまでにも沢山のものをなくしてきた。
自分の時間、シロとの時間、友達、表情、信頼…。これらはまだ取り戻せるかもしれない。
でも、命は違う。両親がそうだったように、死んでしまったらもう二度と戻ってこないんだ。
ぽろぽろと止まらない涙を拭っていると、ふわりと戦場の匂いに包まれた。鉄の匂いが少し強いけれどどこか安心するそれは見なくても彼だとすぐわかる。
「すまねぇ、大将」
「あーあー。薬研、主のこと泣かせたな?」
「てゆーか治ったなら早く加勢してよ!!」
「あはは〜、薬研くんクロちゃんとイチャイチャしたいんだもんねぇ〜?」
「イッ!?うるせぇっ」
鶴丸と乱、刻燿に茶化され、薬研は私を離すと自身の依代を持ち立ち上がる。
数歩進んだ薬研の背中がいつもより大きく見えるのは気のせいだろうか?
「大将は守る。己の身体も、大将の大事なモンも全部」
「薬研…」
「負けねぇさ、俺も」
「!うん」
振り返って微笑んだ彼に私も微笑み返す。まだ笑える状況じゃないのに安心する。それはきっと、彼の頼もしい姿があるからだろう。
皆さんに混じって戦いに行く薬研を見て、私も覚悟を決めて立ち上がった。
私も、本気で戦いに行くとしよう。