「…なんて、ね」
「…!主?」
ふ、と自分に嘲笑した。
なんて浅はかな思考だろう。改変されて、正されて、今度は自分で改変する?薬研を取り戻す為?平穏な時間の為?シロの為?自分の為?
過去を変えてしまえば何もかもが上手くいくだろう。失敗してもまた過去に戻って修正すれば良い。そうして繰り返した先には自分の望む通りの人生が完成する。
でも…
「貴方の考えを私に押し付けないでください。私は過去改変を望まない」
「主さんっ!」
「っ、ビックリさせんなよ!本気で寝返るつもりかと思ったじゃねぇか!」
「すみません」
まぁ敵を騙すにはまず味方からと言いますし、ね?後で騙したお詫びはしますよ。
皆さんが安堵するのも束の間、蘇芳さんの表情が変わった。安定の笑顔だったそれは暗い影を落とし、光の無い瞳で睨んでくる。
「…何故です?貴女が時の政府側にいてもメリットは無いでしょう?」
「あんたもしつこいな!め、めりっと?」
「"価値"のことだよ兼さん」
「主にも価値くらいあんだろ?」
「いえ、無いです」
「同意しろよそこはッ!!」
いや、だって無いんですもの。同意する意味がありません。
「蘇芳さんの言う通り、散々振り回されてきましたからね。いきなり私を多額で買い取ったと思えば審神者になれだの霊力強すぎるだのチョーカー着けろだの…」
「!…お、おい?」
「養子入り、黒本丸就任、特別部隊加入…は、まだ良いとして。数え切れないくらい嫌な思い出ばかりですよ。挙げ句私の過去を利用していたとか今更正しくしただとか…。人の過去を何だと思ってんですかね、腹立たしい」
「あ、あるじ?大丈夫?」
「お陰で頭の中ぐちゃぐちゃですよ。当時の私の想いも…、父さんとシロとの思い出も…、楽しかった時間も苦しかった時間も全部混ざってて、"真実"がどれなのかももうわからない」
どうしようもなく痛くて堪らない。身体も心も何もかも。
それは母さんと父さんがもう亡くなっているから、本当の思い出を心の中にだけでも残しておきたかったから。
「時の政府なんか嫌いです。大ッ嫌い。私の思い出踏みにじっておいて何が時の政府ですか、最悪です」
「そう。だから共に行こうとお誘いしているんですよ。貴女がそこにいる意味は…」
「ですから勝手に決めないでくださいませんか?"ここにいる意味"は大いにあります」
「…ああ、刀剣たちですか?心配せずとも皆さんご一緒で構いませんよ。薬研藤四郎だってこちらに来れば戻って…」
「酷いですね、薬研はまだ折れていませんよ」
蘇芳さんの中ではもう薬研は折れたものと思われているらしい。
まだ私の霊力でギリギリのところで繋ぎ止められている。でも、ここまで悪足掻きで霊力を注いできたけれど、やはり亀裂の進行は防げないようだ。
「…………」
「悪足掻きで手入れしても間に合わない時は折れるのを見届けることしかできないのですか?」
「そうだなぁ…。その時は本当に悪足掻きで最後の最後まで手入れしてあげることしかできないかもしれない」
「そうですか…」
「でも…」
「?」
「本当にその刀が…、自分が持つどんなものよりも大事だと言うのなら…」
あの夢は、今回のことに関する予知夢だったのだろうか?
(…怒りますよね、絶対)
もうこの方法しか残されていない。
「我が名の元に顕現なさい。薬研藤四郎」
唱えれば人型の薬研の姿が現れる。呪によって強制的に顕現させたから依代の亀裂が更に増えた。
「主さん…?え?なんで薬研…」
「!まさか…薬研に名を…」
真名の契約。
薬研には既に私の名を教えてあった。名による主従契約が無ければ今ここで呪を唱えたところで顕現はさせられなかっただろう。
今ので薬研が私の名を知っているという事実を周知させてしまったけれど、それはもうどうでも良い。薬研が知っていれば、薬研が呼んでくれればそれで良い。
顕現した薬研の姿は酷いものだった。左肩の銃弾は貫通しているけれど相当出血したらしい。上着が赤黒くぐっしょりと濡れている。腹も槍によって風穴を空けられているし、顔にも足にも切り傷が目立つ。
これでまだ保てているのだから薬研の生命力も相当だ。でも今はそのしぶとい生命力に感謝しなくては。
左手首に薬研藤四郎の刃を添えてスッと滑らせる。プツと破れた皮膚の間からジワジワと溢れてくる真新しい鮮血。それを少量指で掬い取り、刃に文字を書いていく。
「!?何を…っ貴女はまさか…何をする気です!」
「さあ?何でしょうね?」
「っ何をしているか遡行軍!!殺せ!!クロを早く殺せッ!!」
あらあら、さっきまで勧誘を受けていたと思ったのですけど?随分と血相変えて、人格まで変わってしまったようだ。
向かってくる敵にこちらも戦闘体勢をとるけれど、まだ若干の動揺は拭えないようだ。私がこれからやることを止めないで良いのかと。
「…皆さん」
「な、なんでしょう?」
「こんなことになって…、こんな方法でしか守れなくて、不甲斐ない主でごめんなさい」
「っ、何を言っておられるのですかぬしさま!ぬしさまのせいではありません!」
「いいえ、事の発端は私の過去。私の問題です。でも、だからと言ってここで貴方たちとの契約を解消する気も、見捨てる気も、諦める気もありません」
「主…」
「負けない。絶対勝つ。どうかこの戦いが終わるまででも"私の刀"として共に戦ってはくれませんか?」
こんな酷い戦いに巻き込んで、今更どの面下げて"主"だと言うのか。
私と出会ってさえいなければ、もっと優秀な後任がいたならば、彼らだって嫌な想いをしなくて済んだのに。
「どうか、お願いします」
だけど、私は頭を下げよう。私の中にある彼らと過ごした時間は本物で、かけがえの無い思い出なのだ。
誰にも奪わせない。変えさせない。その為には彼らの力が必用不可欠だから。