「く…、まだだ!私はまだ…!」
一歩間違えれば薬研で自ら首を落とすことになるというのに、蘇芳はグッと拳を握り力の限りに抵抗を見せる。しかし結果は変わらない。私の言霊はそんな力で解けるほど弱くはない。制御が無くなったから尚更だ。
わかっている筈なのに、彼は抵抗をやめなかった。
「何故、貴方はそんなにも過去を変えたがるのです?」
こうまでしてどうして過去に固執するのだろう?
私を誘ったのは力があるからだと言っていたけれど、本当にそれだけか?
仲間が欲しいから?しかし、それなら歴史修正主義者側でなくとも良いことだ。
歴史を変えたいという彼の願いの根本が、どうしても見えなかった。
「蘇芳!!」
「!真黒さん」
戦闘でボロボロになった鳥居の先から駆けてくる四つの人影。現世にいた筈の真黒さんと、彼を守っていたのだろう翡翠さんと瑠璃様、石切丸さんだ。
「クロ!シロ!良かった、無事で」
「あ、瑠璃」
「瑠璃様…」
「様付け!!」
「「うるさい」」
「う…、二人揃うと威圧感が増すな…」
「主…」
「自業自得だ馬鹿」
彼らがここに来たということは現世は…。翡翠さんを見上げると一つ頷いたから大丈夫だと思って良いようだ。三人とも怪我はそんなに無いけれど、服についた赤黒いそれはやはり返り血だ。瑠璃様の頬にも切り傷がある。結構暴れましたね。
詳しい話を聞きたいところだけれど、今はもう一人の来訪者、真黒さんの方へと意識を向けた。
真黒さんはスーツが縒れるのも気にせず蘇芳へと駆け寄る。けれどその行く手は伸ばされた瑪瑙さんの腕によって遮られた。
「先輩、まさかとは思いますけどグルじゃないッスよね?」
率直に、蘇芳の仲間か?と問う彼の眼差しは鋭い。
真黒さんと蘇芳は親友だった。それがもし政府からの命令で蘇芳を陥れる為だけのものだったのなら、今こうして彼の名を呼んでまで真黒さんが来ることは無かっただろう。
しかし、彼は来た。鳥居は私が結界を張ったことで政府との繋がりも戻ったのだろう。その直後に現れ、しかも額に汗も滲ませて。まるで蘇芳を心配しているかのような表情で。
正直私にも真黒さんがどちら側の人間なのか…、味方だと信じて良いのかわからなくなっていた。
以前の私なら間違いなく真黒さんを信じていただろうけれど、今は状況が変わっている。私の過去が政府に利用されていたこと。正しい記憶と誤った記憶が重なっているこの状態を…直接でなくとも作り出したのは時の政府で、彼もその役人なのだ。どこまで関わっていたのかは知らないけれど、今の私は何もかも疑って掛かってしまう程に政府の人間を信じられなくなっていた。
「私は時の政府の役人だ。歴史修正主義者との関わりは無い。でも、蘇芳は私の親友だ。彼と話をさせてほしい」
「敵を親友って呼ぶ先輩をどうやって信じろと?蘇芳と話して何をするんッスか?今この状況わかってて言ってんスよね?」
任務、お祭り、買い物など何度か瑪瑙さんと行動してきたけれど、今はそのどの雰囲気とも違う。
彼の内から溢れる霊力が炎のように揺らめいて目に見えるまでになり、足元にある大小様々な石が宙に浮く。目を細めて真っ直ぐに真黒さんを見つめる瑪瑙さんは明らかに怒っていた。
対する真黒さんも彼に真剣に答えようと息を整え、真摯な姿勢で受け止めている。
「クロちゃんの過去のことと言い蘇芳のことと言い、随分勝手過ぎやしませんか?時の政府は歴史を守る為に一人の女の子の人生滅茶苦茶にするんッスか?歴史に大きな関わりが無いからって?それがあんたらの正義ッスか?」
「違う。クロのことは私も知らなかったんだ。…否。私は単独で調べていたんだよ。時の政府…上層部が何故チョーカーを使ってまでクロを縛り付けるのか」
「…………」
「それがクロの力を欲してのことで、歴史修正主義者を炙り出す為…。既に過去に干渉されていたことを知ったのは最近のことだ。そして蘇芳が歴史修正主義者だとわかったのも…」
「!もしかして、真黒さんも…?」
利用されていた?蘇芳と親友だったのは本当のことで、捕まえやすくする為に泳がされていた?それこそ彼が捕まるギリギリまで。
口には出さなかったけれど私の考えを読んだらしい真黒さんは、悲しそうに眉を下げて笑った。つまりはそういうことなのだ。
なんて残酷な現実…。ここまで人の心を無視されるとは。怒りを言葉にしたところで政府には聞き入れてくれる人間はいないと考えて良いのだろう。
瑪瑙さんも大きく溜め息を吐き出すと霊力を落ち着かせ、遮っていた腕を下ろした。
「…わかりました。でも、逃がさないように薬研くんにはそのまま押さえてて貰いますからね」
「わかってるよ。…ありがとう」
私たちの隣まで瑪瑙さんが退がり、真黒さんは真っ直ぐに蘇芳の前へと歩を進めた。