まさか背後に本人が来ているとは誰も思うまい。
…否、薬研くん以外のみんなは瑠璃が出てったことで想像ついてただろうけどね。彼も鶴丸さんを放しクロを茫然と見つめている。

とりあえず、してやったりという顔の瑠璃がウザイ。

クロもあんな大胆な告白を聞くことになるとは思わなかっただろう。何を言うべきかもわからないだろうし、そもそも何かを話せるような状況でもない。こんな大勢の前で可哀想に。



「ほらほらクロ、告白の返事してあげなさいよ!」


「…ぇ、ぁ…」


「た…」


「っ!」



ぐいぐいと背中を押されていたクロだったけれど、薬研くんの一言目で肩を跳ねさせクルリと踵を返した。



「ちょっ、逃がさないわよ!」



運動神経の良い瑠璃は押していた勢いのままに薬研くんに突っ込むわけもなく、横切るクロの腕をガシッと鷲掴んだ。

捕まえたとニヤける瑠璃がウザイ。



ぽひゅんっ


「へ?」



しかし次の瞬間にはクロの姿が煙と共に消え、人の形をした紙が一枚カサッと鶴丸さんの足元に舞い落ちた。

え?どういうこと?クロどこ行ったの?

鶴丸さんが拾い上げたその紙には何か書いてあるらしい。



「なになに…」



刻燿とお散歩に行ってきます。
お夕飯までには戻ります。   クロ



「「「「「…………」」」」」



…そういえば刻燿も厠行ってたんだっけね。

………ダメだ、笑いが込み上げてくるっ。



「…ぷはっ」


「あっははははははは!!
してやられてんの瑠璃じゃん!!まんまと逃げられちゃってるし!!」


「ははっ!そりゃクロだって逃げるわ!」



掴まれた瞬間にいなくなるとか、腕からスルッて逃げ出す猫みたいだよね。それにしてもよくあの間で身代わりなんてできたね。



「翡翠さん、あんな簡単に身代わりってできるの?」


「いや、身代わりってのはもっと前以て作っとくもんだ。たぶんクロネコは瑠璃嬢が迎えに来た時に何かあるって察知したんだろうな。途中で厠にでも行って身代わり寄越したんだろう」


「あ!そういえば「お手洗い行ってから」っていなくなった…」


「クロネコが遅くなったのはそういうことだ。身代わりの記憶も今術が解けたことで本人に引き継がれてるだろう。まぁこの場でゴタゴタに巻き込まれるよりは最善の手だな」


「なるほど、さすがクロ!」


「はっはっは!!完敗じゃん瑠璃!!あーもう腹痛ぇ!!」



大声で笑う瑪瑙さんや私たちに対し、瑠璃は口許をヒクつかせてわなわなと拳を握る。ある意味嫌がらせしようとした罰だからね?自業自得だよ?



「あんのバカクローーッッ!!!!」


「うるさいバカ瑠璃」



きっとどこかでクロもそう呟いてることだろう。

刀剣たちも苦笑い。彼らは薬研くんに告白の意思を持たせようとしただけで、二人を引っ掛けるつもりはなかったんだろうね。あ、鶴丸さんはバリバリ引っ掛ける気満々だったけど。

…あれ?



「ねぇ、薬研くんは?」



さっきまで鶴丸さんの前にいたのに、いない。そういえばあの紙を読んでる時に薬研くんいたっけ?いたよね?

見回していると鶴丸さんが戻ってきてドカッと胡座をかいて座った。



「俺が読み上げ終わった直後に出てったぜ。はぁ、やれやれだ」


「鶴丸さん。鶴丸さんって結局どっちなの?クロのこと好きなの?」


「好きだぜ」


「え!?そうなの!?」


「おっと、勘違いしないでくれよ乱?俺の"好き"は主の刀剣としてってことだ。恋愛感情まではいかないさ」


「なんだ、びっくりした…」


「ははっ。だがま、薬研にはあとで誤解を解いとかんとな。あんな単純な仕掛けに嵌まるとは随分と主にぞっこんだな、主のことしか考えていなかった。その割りに自分の感情には鈍い。世話の焼ける男だぜ。そう思わないか一期?」


「奥手なのですよ、薬研は。主もそうですが、考え込み過ぎるところがありますから」



やっぱり皆も同じこと思ってたんだね。

クロも薬研くんも色んなことを考えて考えて…、考え過ぎて自分を苦しめる。似た者同士だから余計に遠回りしてきたんだろうな。

でも…



「追いかけたってことは大丈夫そうだね。ね、大和くん」


「そうだね。でもシロは良いの?」


「何が?」


「何がじゃねぇよ。あんただって主と一緒に過ごすこと待ち望んでたくせによ。あの二人ができちまったら四六時中入る隙無くなるぜ?」


「ふふ、良いんだよそれで。それが私たちの夢だったから」


「夢?二人の?」


「うん」



勿論、兼さんが言ったように一緒に過ごすことも夢だった。でも別にずっと同じ空間でベッタリすることを目的としてたわけじゃない。

お互いの無事が確認しあえる場所で、お互いの自由なことをして過ごしたい。ただそれだけ。



「"自分が生きている"っていう当たり前なことを"幸せ"としてちゃんと感じたい。姉妹としての時間も大事だけど、それはほんの一部。私もクロもその些細な時間だけが欲しかったんだよ」


「シロ…」


「っ!!なんっであんたら姉妹はそんな泣かせるような願いしか言わねぇんだよ!!…ズビッ」


「兼さん、はい塵紙」



兼さんって意外と涙脆いんだね。堀川くんが完全に保護者の立ち位置にいる気がする。

…さて、と。お腹もそこそこ膨れたことだし、またお夕飯のお手伝いしようかな!



「加州くん、お夕飯はお祝いだよね?」


「だね。腕に縒りを掛けちゃうよ!」


「じゃ、僕も手伝おうかな。主の好きな甘味をたくさん作るよ」


「そんじゃ、俺はメインディッシュでも作るか。この多人数でパーティーすんなら人手は多いに限るし。翡翠も手伝えよ?」


「へいへい」


「じゃあ俺は二人が帰ってきた時のドッキリでも仕掛けよう!」


「やり過ぎには注意してね、鶴さん」



もう付き合うこと前提になってるね。まぁ結果は見えてるから当然なんだけどさ。あの二人の雰囲気で付き合ってないことが不思議なくらいだし。










逃げ出した黒猫はいったい何処に行ったのかな?

警戒心の強い黒猫を見つけ、捕まえられるのはあの子が余程心を許したその人だけ。










「帰ってきたら"おかえり"って言ってあげよう」


 

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