「随分長話してたみてぇじゃねぇか、大将?」


「っ、薬研…。!ぁ、呪は…」


「隠形の呪か?それは真黒の旦那には掛けられねぇらしい。ま、俺の今の姿なら外出ても大丈夫だろうってことでな、くるまってやつで連れてきてもらったんだ」


(真黒さん…っ)



時間稼ぎしてって頼んだのに連れてきてどうするんですか?しかも車まで使って…稼ぐどころか時短してるじゃないですか。



「それよりあれだ。あの場で身代わり使って俺からも皆からも逃げるとは良い度胸してんじゃねぇか」



本日何度目かのどうしようが頭を埋め尽くす。

そんな私を知ってか知らずか、刻燿は「ボクは先に帰るねぇ〜」と言って公園の外に駆けていってしまった。いきなり薬研と二人きり…。大ピンチです。

薬研の眼鏡の向こう側の藤色が妖しい光を宿しているように見え、真冬なのに背中に冷や汗が伝った。



「大将」


「っ!」


「!?」



一歩近づいてきた彼に呼ばれ、気づいた時には彼に背を向けて駆け出していた。広い公園の茂みの奥へと進む。



「っ…はぁ、はっ」



なんで逃げてるのかなんて私にもわからない。逃げたところで彼の眷属となった私が逃げ切ることなんかできないとわかっているのに。

でも、彼を見て一際大きく鳴り出した心臓をどうにかしたくて、どこでも良いから彼から身を隠したかった。



「待て!大将!!」


「…っ」



どうしたら良い?

わからない。

答えはさっき出た。

それを口に出してしまえば楽になるのだろうか?

だけど…



「夜雨ッ!!」


「っ、ぁ!」



いつの間にこんなに距離が縮まっていたのだろう?名を紡がれ、後ろから押さえ込むように抱き締められた。膝をついた私に合わせて彼も覆い被さるようにしゃがみ込む。

走ったせいでもあるだろうが胸の高鳴りは収まりそうも無く、寧ろ口から吐き出してしまいそうなくらいに鳴り響く。



「…なんで逃げるんだよ?」


「…っ」



荒い息を整える間も無くそう聞かれ、すぐに答えることができない。



「本丸でも、今も…。どうして俺を避ける?俺の気持ちを聞いたからか?」


「そ、れは…」


「どこから聞かれちまったのかはわからねぇが、最後のは確実に聞こえてた筈だ。今まで大将が俺から逃げることなんて無かったのに」


「…っ」


「……俺の…、あんたに抱くこの感情は、あんたが逃げたくなるくらい迷惑だったってことか」


「違う!!」


「!」



自分でも驚くくらい大きな声が出た。薬研に自分が抱いた気持ちを否定してほしくなかった。

私からもちゃんと伝えなければ。そう思う心とは裏腹に、私の身体はどんどん縮こまっていく。胸の前で交差する彼の腕にそっと添えた両手も、情けないくらいに震えていた。



「違う…っ。私は…迷惑だから逃げたんじゃ無い。薬研の気持ちを知って…、驚いたけど嬉しかった…」


「…………」


「でも、どうしたら良いのかわからなかった。薬研は…、貴方と私は何もかも違うから」


「……刀剣と、人間か…」


「…っ。貴方は刀剣男士で…付喪神様。主人の腹を斬らなかったという尊い神様…」



そんな素敵な逸話を持つ彼に、いつからだろう、私は主従とは違う目を向けていた。名を教え、彼を近侍にし、隣にいてくれる安心感を理由に自分の心にも嘘をついてきた。それに気付きながら知らないふりをして…。

今のこの状況はその罰なのだろう。



「…私が想っているだけなら、それで良いって…思ってたのに…」


「!それは…」



お互いの顔は見えないのに密着している身体。反応した彼の腕にぎゅっと力が籠った。



「想うだけならタダだって…。私は今まで色んなことを経験した。人間の汚い部分もたくさん見てきた。身体も散々汚れて…、いっぱい人を巻き込んで、利用して…」


「…………」


「"血の契約"もそう。貴方を失いたくなくて無理矢理…。そんな…人として最低な私が神様に恋をするだなんて…。貴方を取り戻せたことだけでも奇跡なのに、それ以上求めることを許されて良いわけが…」


「俺は夜雨が好きだ」


「っ!」



耳元で囁くように紡がれた言葉が脳内に響き渡る。心臓が大きく跳ね、彼の袖を握る手も震えが止まらない。



「俺も同じことを考えた。人間の女子でずっと辛い人生を歩んできたあんたが、あの戦いでやっと自由を手に入れたんだ。人として幸せになってほしい。それが俺の願いだった」


「…………」


「だが…、俺はあんたの幸せを願ってるくせに己の幸せも欲していた。夜雨を想うこの感情を…、どうにかして夜雨を俺のものにできたらと。刀のくせに夜雨に恋していた」


「!」


「刀剣男士として肉体が与えられて、俺も人間と同じ心を持って…、初めは感情なんて持っても無駄だと思った。どう転んでも俺は"物"だ。"刀"だ。敵を斬る為の道具に過ぎない。心があることで敵の命を絶つという判断が鈍っちまうだろうと、俺は己の持つ感情に蓋をしていた」



私と同じだ。

母さんが亡くなってからずっと、辛いとか苦しいとかいう負の感情を全部閉じ込めてきた。表情が出なくなって余計に辛くなって、それさえも"これで良い"って…。私が唯一諦めてきたことが"感情を伝えること"だ。



「前任がいなくなって、何人か来た審神者にも何も思わなかった。思ったところで聞き入れられることは無いだろうと諦めていた。
でも大将、あんたは違った」


「!わ…たし…?」


「ああ。あんたに出会って、最初こそこれまでと同じように感情を殺そうと思った。審神者を受け入れることなく、前任の霊力が無くなるのを待とうと。
だが大将は何よりも俺たちを優先してくれた。審神者を警戒する俺たちに手を出さず待っていてくれた。そんなあんたに興味が湧いて、負けず嫌いだと言うあんたの瞳が好きになって、いつしか俺はあんたに惚れていた」


「…っ」


「俺も大将と同じだ。刀剣男士と人間の女子。想ったところで叶わぬものと一線を引いていた。でもな、あんたが他の男と幸せになることを想像したら、どうしようもなく腹が立った。あんたの隣を歩く男は俺でありたいと…。狂っちまうくらいにあんたが…夜雨が愛おしい」


「ッ!?」



惚れていたと、愛おしいと言う薬研の言葉が頭の中をぐるぐると回る。

私を抱く腕は力が入っているけれど優しくて、でも振りほどけない強さがある。逃がさないと閉じ込められている感覚は苦しいのに、その苦しささえも愛おしい。


 

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