「これからよろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしく。先輩、妹ちゃんたち守ってあげなきゃダメッスよ?」


「わかってるよ。瑪瑙こそ、クロと仕事する時は頼んだよ?」


「言われなくても。それじゃ、またねクロちゃん。
…シロちゃん、お大事に」










シロちゃんのお見舞いを終え、鶴丸と共に帰宅したのは夕方のこと。既に日は沈み、丸く輝く月がだだっ広い庭を照らしていた。

広間では次郎太刀を中心に宴会が開かれ、長谷部を含むお小言を言う連中はもう酔い潰されている。ほどほどにしろと声をかけて出てきたものの、恐らく次郎の頭には残っていないだろう。



「こんなところで一人で晩酌か?」



宴会の賑わいを遠くに聞きながら桜の木の下で酒を嗜んでいると、ほんの少し頬を染めた鶴丸が隣に座ってきた。



「なんだ鶴丸、まだ潰れてなかったのか」


「おいおい俺は君が一人になるのを待っていたんだぞ。今日の驚きを共有できるのは君だけなんだからな」



そう言いながら俺に徳利を傾けてくる。それを受け一気に煽りながら今日のことを思い返した。

待ちに待った双子ちゃんとの初めての顔合わせ。翡翠は結局任務が入って来られなくて、俺も鶴丸も驚かされっぱなしだったな。



「病室を開けるなり豪速枕で先輩が潰されて、シロちゃんの可愛い顔に似合わない口調で先輩が言い負かされて」


「白い子もそうだが、俺は黒い子の方が驚いたな」


「…………」


「常に敬語で無表情で、初めこそ感情が無いのかと思った。なのに…ははっ、あれはまさかの驚きだった!」



目を閉じて楽しそうに笑う鶴丸を横目にあの時の彼女を脳裏に浮かべた。

いきなり入ってきた先輩のご両親。暴言に怒り興奮したシロちゃんは発作を起こし、それへのクロちゃんの対処はとても冷静で。俺も鶴丸の言った通り感情の無い子かと思っていた。何でもかんでも無表情で事務的にこなす子なのかと思った。

…彼女が"言霊"を使うまでは。



「あの時あの子が言霊使ってなかったら君もキレてただろう?そういう意味じゃ、あの子には感謝しないとな」


「ああ、あの女の首絞めようかと」


「死ぬ死ぬ」


「死なんだろ、あの口先ババアは」


「おい君、口調が戻ってるぞ」


「おっと、いけないいけない。やんちゃしてた頃に戻るとこだった」


「(やんちゃって言うのか?)
言霊ってのは生き物に使うのは難しいんだろう?」


「対象の意思を操るようなものだからね。特に人に対して発動させるのは繊細な霊力操作が必要になる」



俺だったらできたとしても精々動物相手。翡翠なら人間にもできるだろうけど、人間を相手にすること自体を面倒臭がる奴だからやらないだろう。瑠璃は専門外。



「養成所で成績優秀だったってのは本当みたいだね。しかもチョーカー着けっぱでやってのけるとは」



先輩に聞いた話だとあのチョーカーを着けていると身体が重く感じるらしい。必要以上の霊力を解放出来ないように圧力が掛けられるから制御しづらくなるのだと。にも関わらず、先輩のお袋さんにピンポイントで言霊を発動させるなんてね。

それに、二人を追い返した彼女の言葉もお見事だった。





「黒猫は"首輪"があろうと主人に爪を突き立て、噛み付くこともあるのだということ。覚えておいてくださいね?麗華様」





「自分で"黒猫"って言うとはなぁ」


「まぁでも、俺はあの時のクロちゃん本当に黒猫に見えたけどね」



彼女の瞳の輝きは、まるで暗闇の中で光る黒猫の瞳のような鋭さだった。それまでは冷静沈着で何も映していないような瞳だったのに。

…あれが家族を守る者の瞳か。

次があったなら、あの子は本当に爪を立てて噛み付くんだろうな。先輩の言った通り、首輪なんてただの布石としか思っていない。その気になればすぐに外せるんだろう。



「……ククク…ッ」


「どうした主?珍しく上機嫌だな」


「フッ…ククッ、そうか?」


「君がそうやって"素"で笑う時は大抵そうだ」


「ハハハッ!なーんか嬉しくてな!」



予想以上の収穫だった。女がパートナーになったと聞いた時は、正直そんなに期待はしていなかった。しかも随分と重い過去があるだけに面倒臭い女を想像していた。

だというのに、あの子は俺の予想をまんまと覆しやがった。あの瞳とあの態度が彼女のこれまでの生き様を有り有りと語っていて、面白いと思った。

首輪に繋がれながらも自分の動ける範囲で自由に伸び伸びと過ごす黒猫は、それでもいつも瞳を煌めかせて飼い主を窺っている。隙あらばその鋭い爪で主人をも獲物として捕らえるんだ。



「協力したくなったよ、負けず嫌いの黒猫ちゃんに」


「おっと、それこそ驚きだぜ。主は人に対して冷酷非道だと思ってたんだが?」


「フフッ、あの子たちは特別。翡翠と同じ、俺の"お気に入り"さ」



ま、でもたぶんそう思っているのは俺だけじゃあないだろう。翡翠も会ったら同じように思う筈さ。俺たちはどこか似ているからね。

それぞれ何かしらを抱え、何かしらが欠けていて、何かしらを求めて生きている。それは瑠璃も、恐らくクロちゃんもそうだ。そんな俺たちが選ばれ集められたのは偶然か必然か。



「生きるのが楽しみになったよ」


「そりゃあなによりだ」



再び注がれた酒に一片の花弁が浮かぶ。

良い夜だなんてらしくもない感想を抱きながら上機嫌で酒を煽り、光忠が呼び戻しに来るまで鶴丸と共に晩酌を楽しんだ。










「お、来たな。みーつただー、クニー」

「なにーって、うっわ!鶴さんベロンベロンじゃない!!」

「の…、のみ゛ずぎだ……」

「…あんた、どんだけ飲ませたんだ?」

「俺が酌したのは徳利一本と一升瓶五本だけど?」

「鶴さんにそれは飲ませ過ぎだから!!」

「んー、だって「もう一杯!」って言われたからねぇ。な、鶴丸?」

「〜〜っっ!!」

「あり?」

「ぅわあああああっ!!!
鶴さんここではダメぇええええ!!!」



「はぁ…。あんたはザルなんだからあまり他の奴に勧めるな」

「わりーわりー」

「良いことでもあったのか」

「さっすが俺の初期刀!わかってるねぇ」

「……別に…」

「俺、まだ飲み足りないんだよね」

「…酌だけな」

「うん!ありがとな、クニ」

「……、…」


 

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