話は以上だと解散を言い渡し、乱たち三人は部屋を後にした。部屋に残ったのは勿論…



「…大将」



薬研だ。

修行の内容を聞いてからどんどん浮かない顔になっていったのは、目の前で見ていたからわかる。何か不安なことでもあるのか、私にはいつも心配かけまいと振る舞う彼にしては本当に珍しいことだ。



「修行、行きたくないのですか?」


「いや、そうじゃねぇ。強くなれるってんなら勿論行くさ。ただな…」


「?」



苦笑すると薬研は襖に向けて手を翳し、結界を施した。私が眷属になったことで彼は私の霊力も使えるようになり、時々戦闘でも術で戦っているらしい。今のように本丸で結界術を使うこともある。

でもそういう時は大抵、私の名を呼びたい時。私を主ではなく、一人の女として見る時だ。



「すまねぇ。こういうこと言うと呆れるかもしれねぇんだが…」


「呆れないよ、何言われても」


「…………」


「言ってよ、行きたくない理由。叶えられる望みなら何でもするから」


「……………離れたくねぇんだよ、夜雨と」


「…………」



たっぷりの沈黙の後、ぽつりと溢した彼の本音は私が想像していたことと違っていた。

私と離れたくない?
だから修行、行きたくない?
てっきり修行内容で悩んでるのかと…

ぱちぱちと瞬きしながらその言葉を頭の中で噛み砕いていると、彼は赤らめた頬を掻きながらその胸中を語った。



「丸四日間の修行。行ってる最中は夜雨の近侍じゃいられなくなる」


「そうだね。こんのすけも言ってた。だから期間中は誰かに代理を頼むことに」


「それが嫌なんだよ」


「え」


「これまでずっと俺だけが近侍やってきたんだ。今更他の誰かにそれを譲るなんてことしたくねぇんだよ」


「…………」


「……女々しくて呆れたか?」


「……………ふはっ」


「!」



拗ねたように口を尖らせる薬研。貴重なそれに思わず笑みが溢れた。

何を考えていたのかと思えば、まさか近侍のことだったとは。擽ったくて照れ臭くて、怒った表情を見せる薬研を前にしても笑いが止まらない。



「っ、そんなに笑うなよ。俺ばっか未練がましいみてぇじゃねぇか」


「ふふふ、ごめんなさい。薬研がそんな我儘言うとは思わなくて」


「ぅ…」


「でも一つ間違い」


「?」


「さっきも言ったように、薬研が修行に出たら近侍は代わってもらわなきゃいけない。仕事だからそれは私も譲れない。でも、それはあくまで薬研の"代理"って思ってるから」



薬研の代わり。代理になった刀剣には申し訳ないけれど、私の近侍を任せるのは後にも先にも薬研だけと決めている。

その理由にはやはり"薬研が好きだから"という私情も少なからずは入ってしまう。



「未練がましいのは私も同じ。…本当はね、さっき薬研が「最後で良い」って言った時、少しだけ安心した」


「!」



離れたくない。

毎日殆どの時間を共有しているのだから、たった一日でもそれが無くなることが怖い。会えなくなることが寂しい。



「たった四日間なのにね…」


「夜雨…」


「薬研が隣にいないって考えるだけで凄く苦しくなる。ほら、私も薬研と同じでしょ?」


「はは、そうだな」



共にくすくすと笑い合う。

たった四日、されど四日。その間はお互いの顔が見られないし触れない。主従になってからそんな長期間離れることなんて初めてで、強くなってほしいのに送り出したくない。

小夜たちには快く送り出すって言ったのに…、薬研にだけはどうしても矛盾した想いが生まれてしまう。

一頻り笑うと薬研は徐に私の手を取り、決意を宿した瞳で見つめてきた。



「夜雨、前言撤回だ。やっぱり俺が最初に修行に行く」


「え?」


「最初に行って、最初に強くなって帰ってくる。最後までダラダラしてたんじゃ兄弟にも笑われちまうからな」


「…そっか」


「それに…」


「?」



手を引かれ、彼の腕の中に収まる。これまで何度この腕に抱き締められたことだろう。変わらぬ暖かさは私の鼓動を速め、いつも安心させてくれる。



「夜雨の不安はさっさと取り除いてやらねぇとな。俺がサクッと行って帰ってくりゃそれで済むんだ。ぐずぐずしてられねぇ」


「!はは、確かに。私の不安の元凶は薬研だものね」


「お、言ったな?」


「言ったよ。薬研の修行中、私も主としてもっともっと強くなるから」


「いや、夜雨はもうそのままで良いだろう?充分強いんだから」


「買い被りすぎ。現に貴方のことになると私情が挟みすぎるもの。公私混同しないように、減り張りをつける良い機会でしょう?」



仕事は仕事、私事は私事。そう頭で思っていても薬研が関わるとついつい彼を優先してしまう。それでは多くの刀剣を統べる審神者として失格、不公平だ。

刀剣全員平等に。そう言うと薬研は不服そうに頬を膨らませた。皆の前ではそんな顔しないのに、私といると色んな表情を見せるから面白い。



「それは俺が寂しいんだが?」


「大丈夫。緩む時は思いっきり甘えさせてもらうから」


「なら結構」


「お手紙書いてね?」


「毎日書くさ。土産は何が良い?」


「「ただいま」が欲しい」


「それくらい言われなくてもやる。俺も「おかえり」が欲しいな」


「言われなくても」



お互いに額をつけて微笑み合う。

たった四日、暫しの別れ。強くなった貴方に見合う主へと、私も成長しよう。










「行ってらっしゃい」

「行ってきます」


 

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