薬研が修行に行って二日目。
早々に今日の仕事を終えてしまった私が部屋で読書をしていると、昨日と同じ時間帯にこんのすけが現れ早速手紙を渡してくれた。



「ありがとう、こんのすけ。薬研は元気だった?」


「はい、それはもう!クロ様からの手紙に大層喜んでおりました!」


「そう」


「薬研藤四郎様があんなにも感情を露にするなんて…!頬を染める薬研藤四郎様…貴重なものを見ました!」


「そ、そう?」



そんなに?それは大袈裟なような…。

でも元気で修行してるなら良かった。会えないのは寂しいけれど、こういった文通もたまには悪くないのかもしれない。


仕事に戻っていくこんのすけにもう一度お礼を言い、一人静かになったところで手紙を開く。文頭には"大将へ"の文字。そしてやはり目の前で喋っているような綴りで、私が昨夜手紙で訪ねた内容の返答から始まっていた。





──大将へ

ん?信長さんが普通の人とは思えないって?
じゃあそうだな、一つ例を挙げようか。
後世ではなんだか当時の迷信や信仰を否定する革新的人物みたいに言われることがあるが、そんなことはない。
織田信長は程々に信仰を利用し、程々に信仰を否定する。……つまり普通の人だろう?





「…そう言われてみれば、そうなんですかね?」



織田信長が信仰をどれだけ利用してたのか、信じるものがあったのかはわからない。でも信じるも否定するも個人の自由で、現代人の誰もが同じように思うことだ。

特に宗教なんかは信頼して良いものなのか胡散臭いものだって多いけれど、それを信じる人がいるから信仰が存在する。信じることも疑うことも否定することも織田信長に限ったことではないのだから、そう考えれば彼も"普通の人"だったんだろう。





──その証拠に、あの人は刀だった頃の俺をいつも持ち歩いている。





「…………」





──切れ味に優れているが決して主を傷つけない。それが俺の背負った逸話だ。
迷信を否定するような人なら、わざわざ俺を選ばないと思わないか?





「……逸話…」



畠山政長が自害しようとした際、なかなか腹に刺さらなかった刀。苛立ちに任せて投げたそれは、傍にあった薬研を見事に貫いたという。薬研には刺さるが主は傷つけない刀。それが"薬研藤四郎"の逸話で、兄弟刀たちも各大名に求められた。

織田信長も同じく逸話を信じていたから薬研を持ち歩いていた…ということなのか。

だとすれば、薬研は…



「失礼します。近侍代理の長谷部です」


「!どうぞ」



手紙に没頭し過ぎていたせいか長谷部の声に肩が跳ねた。襖を閉めていて良かったです。

今日の近侍代理は長谷部と刻燿だ。刻燿は兎も角、まさか薬研が長谷部を指名するとは思わなかった。

彼は最初こそ近侍をやりたがっていたけれど、第二部隊長に固定する旨を伝えてからはずっとそちらで生き生きしていましたから。やり甲斐を持って第二部隊長をやっていますし、だったら一期あたりを選ぶと思っていたのですがね。

長谷部は休憩を入れにきてくれたようで、お盆に急須と湯飲み、お茶菓子を持ってきてくれた。



「ありがとうございます。わざわざ"代理"って言わなくて良いのですよ?長谷部は今日の近侍なんですから」


「いえ、薬研との約束なので」


「約束?」



薬研…貴方、長谷部に何言ったんですか?
あくまで代理で近侍は俺だ…とか?

厳しいことを言われたんだろうかと心配していると長谷部にも伝わったらしく、眉尻を下げて苦笑した。



「大丈夫です。以前までの俺は貴女に指摘された通り近侍と第一部隊長になりたいと常々思っていましたが、第二部隊長を勤めてからは貴女の為に出来ることはそれだけではないのだとわかりましたから」


「…そうですか」


「はい。…それは薬研からの手紙ですか?」


「はい」



折り畳んだだけの手紙はまだ文机に乗せたままだ。長谷部も気になったのだろう。修行先が織田信長の元だというのは昨夜の内に皆さんに話してしまったから。

長谷部は織田信長に対して良い思いは抱いていない。"へし切"という名前についてもそうだけれど、直臣でもない軍師に下げ渡されたことを根に持っている。…という話は薬研に鶴丸、宗三からも聞いたことがある。

織田信長の話はあまり振らない方が良いのでしょうか…。



「何か思い詰めていらっしゃいますか?」


「そう見えるのですか?今の私は」


「薬研がいないからでしょう。昨日と今日、主は時々どこか遠くを見詰めていますから」



そうだったのですか。そんなに顔に出るようになっていたとは無自覚でした。



「俺で良ければ相談に乗りますよ。最も、織田信長については俺もそこまで詳しくは知りませんが」


「お見通しですか」



薬研のことになると周りにもバレバレらしい。部屋から出た時もつい隣の近侍部屋に目をやったり、よく薬研と話をする桜の木の下に行ったり…。自分でも呆れるくらい薬研が恋しいんだと自覚しているし、そんな行動する私に刀剣たちが気付かない方がおかしいのか。

長谷部と話す良い機会ですし、雑談程度に話しましょうか。



「初めて薬研と文通してわかったんです。薬研は一度として前の主のことを語ったことは無かったなって」


「…そうですね。あいつは俺や宗三とも昔話をするような奴ではありませんから」


「手紙で書かれている内容は、薬研から見た織田信長についてでした。それと、薬研の逸話」


「!」


「薬研は…後悔しているんでしょうかね…」



主人の腹を切らないという逸話を持ちながら、結局は畠山政長も織田信長も自害している。腹を切らなくてもその命を守れなかったことを悔やんでいるのだろうか。逸話自体は素敵なものだけれど、それに相応しくないと己を蔑んでいるのだろうか。

どんな心境でこの手紙を書いてくれたのか、文脈から彼の心情を読み解くことはできなかった。



「…あいつの気持ちはあいつにしかわかりませんし、俺が語れることではありません」


「…………」


「ですが、そうですね…。もしも俺が薬研だったなら、今だからこそ過去に後悔したと思います」


「今だからこそ、過去に?」



それは…過去、顕現していなかったときは後悔していなかった…と?



「俺たちは刀剣男士です。今だからこそ人の身を得て自ら動くことができますが、過去の俺たちはただ扱われるだけの刀…。意思があったところで何もできないんですよ」


「!」



そうか…。何もできない。

長谷部が下げ渡されることを嫌だと思っても"言えなかった"ように、薬研も守りたくても"守れなかった"。ただ主人の死を見ていることしかできなかった。それは守り刀として…、"主人を守る為の刀"としてどんなに辛いことか計り知れない。

そして、過去の薬研は自分が何もできないことを"わかっていた"。腹を切らないという逸話があってもそんな力は無いのだと…、人々が信じているだけなのだと"知っていた"。

…だからこんなにも客観的に語っているのか。

手紙の内容からして、今薬研が織田信長と共にいるような感じはしない。どこか高いところ…例えば木の上から見守っているような印象を受ける。

貴方は過去の自分をどう見詰めているのでしょう?
過去の貴方は主人に対して何を思っていたのですか?
今の貴方は過去に後悔しているのでしょうか?



「…それは人間の私にはわからない心情なのでしょうね」


「俺たちと主には刀剣と人間という違いは確かにあります。ですが言ったでしょう?今の俺たちには主から授かった人の身があり、感情も同じくあります。主に想われることがどんなに嬉しいことか、それは俺でも語れます。だからこそ貴女に尽くしたいと皆が思っています」


「長谷部…」


「大丈夫です、主。貴女を愛するあの男は必ずや過去の己を見極め、大きく成長して貴女の元へと帰ってくるでしょう!」


「ふふ、ありがとうございます」


「!(主が笑ってくださったぁぁああああ!!!)」



長谷部に話して良かった。まだ薬研への心配は拭えないけれど、少しだけ安心した。
まさか薬研はこれを見越して長谷部に代理を頼んだのでしょうか?恐るべしですね。


さて、お茶も飲んだしそろそろ刻燿も呼んで鍛練に向かいましょうか。
夜にまた手紙を書こう。










「ふぅ、次は長谷部と刻燿の番ですね」

「は〜い」

「行くぞ!」

バシッ

「おっとっとぉ〜!危ない危ない〜」

「相変わらずの機動力ですね、長谷部。刻燿も遅くはないのに」

「主の為に鍛練は欠かしませんからね!」

「むむぅ〜!さすが"機動男士ハセベン"!!」

「誰が"機動男士ハセベン"だ!!」

ベシッ

「どわぁ!!二度も打った!クロちゃんにも打たれたことないのにぃ!」

「主が打つわけなかろうがッ!!」

(どこぞの人型ロボットみたいな…)


 

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