──七月六日。
「主!七夕祭りをしよう!!」
昼餉に全員が広間に集まっていただきますと言った直後、俺は主にそう提案した。
既にそれが何たるかを知って食を進める大人勢の中、短刀の子らはそれに乗り気で目を輝かせた。
「たのしそうですね!やりましょう!」
「ボクも賛成!」
「鶴さんったら、また突拍子もない提案して…。でも七夕なら僕も賛成かな」
「お?じゃあ夕餉は豪華になるね!」
「ははは。よきかなよきかな」
満場一致!流石は俺だな!
あとは主の許可を得るだけだと、全員の視線が列の先頭に座す主に注がれる。これだけ賛成が多いんだ、彼女なら快く頷いてくれる筈!
「…………」
ポリポリと美味そうな音を立てて沢庵を食べていた主は、やがてそれを飲み込むと縦に振ると思われた首をほんの僅かに横に傾けた。
「″たなばた″…って何でしたっけ?」
「…………へ?」
「「「「「……え?」」」」」
「「「「「えぇぇええええっ!!!?!?」」」」」
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「…っていう行事だ。ま、やることっつっても短冊に願いを書いて笹に括りつけるだけだな」
「ああ、そういえばそんな風習ありましたね」
「その通りだが夢も何も無い説明だな薬研」
薬研に説明を任せたのは失敗だったか?
天の川だの織姫と彦星だのの説明もしてはいたから、まぁ主にも伝わっただろうが…。しかしまさか現代人の主が七夕をうろ覚え…。
「主は七夕やったことないの?」
「幼稚園…、五つくらいの時にやったような…。見てるだけだったような…」
「短冊にお願い事書いたりとかは?」
「うーん…、無いような気が……」
「…………」
当然か。主はずっと妹君の為にと懸命に生きてきた子だ。自分の願いなどそっちのけだったろうし、こういった行事なんて参加したことも無いのだろう。
良案だと思っていたが、主にその手の話題は禁句だったか?
内心不安が膨らんでいるのは俺だけではないらしく、さっきまで楽しみに笑っていた今剣たちも、薬研から説明を受けている主を見てソワソワしていた。
そんな周りの様子を慮ってか…
「…面白そうですし、やりましょうか」
と、主も提案に乗り、今日の仕事内容まで軽くしてくれた。俺たちの主は超良い子だ!!
それならば早速上等な笹を本丸に飾らねば!と俺は伽羅坊と長谷部を引き連れて裏山へと繰り出した。
因みにこれは…
「主命だ!!青々と美しい笹をご用意するぞっ!!」
「おーおー、長谷部もやる気十分だねぇ」
「はぁ…、なんで俺が…」
すまんな、伽羅坊。長谷部じゃないがこれは主命だ。
(…主に耳打ちしたのは俺だがな)
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時は過ぎ、満天の星空の下。本丸の庭では宴会が開かれていた。
池の橋に固定された大きな笹には、既にいくつかの短冊が飾られている。今もちょうど粟田口の子たちが太郎太刀や岩融に肩車をねだって括りつけているところだ。できるだけ高い所に飾りたいのだろう。
短冊の色は五色。紅、緑、黄、白、黒だ。
緑一色だったそれに色が加わるとこうも美しくなるものなのだなぁと酒を煽り、ちらっと主を見やった。
「…名前も書くんだっけ?」
「ええ。誰の願いかわかるように…」
「貴女はまだ願い事が決まらないのですか?」
「私はもう少し…」
物静かな彼女は楽しんでいる者を傍から眺める方が好きらしく、左文字兄弟と縁側で茶を嗜んでいる。
浴衣に袿を羽織った彼女の手元には、まだ何も書かれていない白と黒の短冊が二枚。何を書こうか迷っているのか、彼女は笹に群がる者たちを見詰めたり天の川を眺めたりとゆったりしている。
小夜が書き終わったようで、江雪と宗三も席を離れ短冊を飾りに行った。
それを見計らって主に近づくと、彼女は隣に座布団を敷いてくれた。
「楽しんでいるか?そんなに悠長にしていると七夕が終わってしまうぞ」
「楽しいです。大丈夫ですよ、夜明けまでには書きます」
「悩み明かす気か!?」
「冗談です」
…この子は真顔で冗談を言うから真偽がわからん。
「皆さんはもう全員飾ったのでしょうか?」
「全員かはわからんが、あの短冊を見る限りじゃほぼ飾ったんじゃないか?今剣は〈おおきくなりたい〉と書いていたし、加州は〈もっと可愛くなりたい〉だったな」
「彼ららしいですね。鶴丸は〈更なる驚きを求む〉ですか?」
「見たのか?(一言一句違わねぇ…)」
「見ずともわかりますよ」
「ハハッ!そんなにわかりやすいとは俺もまだまだだな!」
笑いながらまた酒を煽ると主の鏡に通信が入った。
「や!楽しんでる?クロ」
(女の子の声?)
「うん。検査は終わった?シロ」
「!」
シロって…主の妹君?
俺が驚いている間に主は妹君であろう通信相手と会話し、白の短冊にそれを書き留めた。
…そうか、主は書いていなかったんじゃなくて待っていたのか。妹君の願い事も共に飾るために…。
……にしても…
〈健康祈願!! シロ〉
もうちょっと願い方というか書き方があるだろうに。
通話が終わったらしく鏡を仕舞った主は、今度は自分用の黒の短冊に筆を進めた。悪いとは思ったが気にはなるので、自然と目はそれを追ってしまう。
「!」
「これで良し、です。飾ってきますね」
「あ、ああ」
「……あ、そうそう」
「?」
「また行事がある時はお願いしますね、鶴」
「!」
「楽しみにしています」
驚き固まっている俺を背に、主は草履を履いて笹に向かって行った。短刀たちが群がっていく。皆、主の願いが気になるのだろう。
それを見た彼らは彼女に抱き着いたり手を握ったり…。嬉しそうに笑っている。
〈この楽しい日々がいつまでも続きますように クロ〉
主。それはつまり、今ある毎日が楽しいととって良いんだよな?
「今日一番の驚きだ」
主の胸の内を知れるとは。しかももう俺の願い事叶っちまった。
「天の川に感謝だな。さーて、お返しに主への驚きも考えないとな!」
やられっぱなしは俺の気が済まん。
そうと決まればと主の姫抱き大会が始まっているそこに俺も混ざり込んだ。
明日はどんな驚きが待ち受けているかな?
覚悟しておいてくれよ、主。