雀の囀りが聞こえてくる喉かな朝。朝餉の為に広間に集まった俺たちの前で、大将は眉間に深い皺を寄せて頭を抱えていた。



「「「「「…………」」」」」



気まずい雰囲気が流れていて朝餉どころではない。
と言うのも……



「……チッ。なんで俺がクロネコに……」



目の前にいるのは大将であって大将ではない。正確に言えば、身体は大将のものだがどういうわけか中身は翡翠になっている。

早朝、俺が目覚める直前に大将の気配が遠退くような感覚がして、急いで彼女の部屋へと訪れた。当然彼女は布団に入って眠っていた。
しかし時既に遅し。中身は翡翠へと入れ替わっていたのだ。



「ふむ、今回ばかりは笑えんな。まさかこんなことになろうとは……。主はいったい何処に行ったというのだ?」


「三日月さま! しっかりしてください!」



変わり果てた大将の様子に、岩融はいつになく真面目に頭を捻り、いつもなら「ははは」と穏やかに微笑んでいる三日月は「よよよ」と袂で涙を拭っている。一日一度は必ず突っ込みを入れる和泉守も、眼力が鋭くなった大将を前に萎縮し口を閉ざしていた。

俺もその気持ちはわかる。とても怖い。起こした時の不機嫌なあの顔は普段の大将では拝めない…ゾッとするほど恐ろしいものだったからな。
まぁ、今の表情もそうなのだが。



「はぁ。また面倒なことになりやがったな……」



"また"というのはこの間の性転換騒動のことを指しているのだろう。あの時も大変だったもんな。翡翠があの呪い解いてくれなきゃどうなっていたことか。



「今回もまた政府の呪いなのでしょうか?」


「主さんたちだけに呪いかけたってこと? 中身入れ替えて混乱させちゃおうってことかな?」


「そんな頻繁に呪いかけてくるもんか? いや、でも…黒本丸対策の研究は続けられてんだし、可能性はある…のか?」


「政府への疑いはあれど、証拠が無い以上まだ何もわからないですな…」


「まったく…、誰の仕業か知らないけど傍迷惑な話だねぇ。ふふ、男の態度する主も面白いけど」


「次郎、面白がっている場合ではないでしょう」



ヒソヒソと小声で話してはいるが、翡翠に丸聞こえだぞソレ。

次郎太刀の言う通り、正直、大将に翡翠が入っていると違和感が半端ない。翡翠も大将と同じく無表情でいることが多い男だが、彼女と違って仏頂面というか…。大将より感情が表れやすい分、現在醸し出している雰囲気は刺々しい。
更に、いつもの敬語からかけ離れた乱暴な男口調。できれば大将の声では聞きたくなかったな。

因みに今回は俺たち刀剣男士とシロには何も起こっていない。おかしな事態になっているのは大将たちだけのようだ。



「翡翠さんがクロの中にいるってことは、クロは翡翠さんの方に行ってるのかな?」


「単純に考えりゃそうなるな。仕方ねぇ、俺の本丸行くか。クロネコの近侍は薬研だったな。悪いが一緒に来てほしい」


「おう、勿論だ。シロは留守番しててくれ。必ず大将連れて帰ってくる」


「うん! 皆の内番お手伝いして待ってるね」


「良い子だ。長谷部、また留守中の本丸頼むぜ」


「わかっている。主を頼んだぞ」



というわけで、俺と翡翠は急いで身支度を整えて翡翠の本丸へ向かった。










「…………」


「はぁ……」



道中、翡翠は頭痛にでも苛まれているような顔で幾度となく溜め息を吐いていた。



(……そういえば、俺と翡翠がこうして二人きりになるのは珍しいな)



改めて考えると翡翠はどんな審神者なのかわからねぇ。

瑪瑙は掴み所の無い奴だが、大将のパートナーである分、共に任務をこなすことも多く会話もそこそこしているから何となくわかってきている…と思う。
気に入った人物には情が厚く、怒らせるととんでもなく恐ろしい(らしい)男だ。

瑠璃に関しては大将とシロからも聞いているし、暇さえあればうちの本丸に突撃しに来るからよくわかっている。あれは文字通り破壊魔だ。瑪瑙とは別の意味で怒らせてはならない。
……まぁ、大将がいればそんなことにはならねぇだろうがな。瑠璃にとっては大将の方が怖いみてぇだし。

しかし翡翠はわざわざ大将と連絡を取り合うような仲でもなく、他人の本丸に遊びに行くような奴でもない。知っていることと言えば、確か花が好きだとか茶道とか華道をしているとか…。見た目に反して平安刀のじじいたちが好みそうなことをやっているらしいが、性格云々はまだ何もわからねぇんだよな。



「何か聞きたそうだな、薬研」


「ああ悪い。あんたと二人になるのは初めてだから、ついな」



まじまじと見ていたから気になったんだろう。チラッと視線を寄越した翡翠は嫌がる様子もなく俺に合わせて歩みを進めた。

聞いて良いということか。

本人に性格を聞いたところで「知るか」で返されるだろう。そんなもの言動や行動を見ていればその内わかるようになるからな。



「翡翠はどうして特別部隊引き受けたんだ?」



瑪瑙が引き受けた理由もわからないが、政府には大将…クロがパートナーでなければ即辞退すると申し出ているらしい。彼女を気に入っているからパートナーとして特別部隊も続けているのだと。

翡翠はどうなんだ? 
何故こいつは特別部隊を引き受けた?



「……放っとけなかったから」


「放って?」


「政府の命令はどうでも良い。だが、"目に視えて"困ってる奴は…な」


「! "目"か」



以前、鶴丸と三日月が聞いた話では、翡翠には他人の霊力が視えるらしい。実際どんな視え方なのかまではわからないが、今の感じだとその人物の感情までわかるくらいには視えていそうだ。



「大方、薬研が考えてるくらい視えてんだろうよ」


「そりゃ相当だな」



目が良すぎると言っても過言ではない。生まれつきだとすると翡翠も幼少の頃から苦労してきたんだろうな。

"放っておけない"っていうのも、ただ目に視えるからってだけじゃないだろう。目に視えていても放っておくことはできるのに、そうしないってことは…



「あんたは術系が得意だと聞いた」


「瑪瑙からか」


「ああ。今回のも政府絡みだと思うか?」


「……さてな。仮に政府のせいだとしたら、こんな短期間でまたクロネコにちょっかいかけてくる奴なんて、かなりの命知らずか大馬鹿野郎だ。新術開発部は前回の騒動でクロネコの第二部隊と瑪瑙に半殺しされてんだから」



どんだけ痛め付けたんだよ長谷部と瑪瑙!!



「ま、何にせよこうなっちまった原因は探し出して仕置きするしかねぇな。クロネコはちゃんと元に戻すから安心しろ」


「おう。ありがとな」



"お人好し"

素っ気ないように見えて心の深い所は暖かい。
わかりづらいだけで、本当は誰にでも気遣いのできる優しい奴なんだろう。










「もうすぐ翡翠の本丸だな」

「ああ。……俺とクロネコが入れ替わってるだけの"単純な話"であれば良いんだけどな」

「物騒なこと言わないでくれ……」


 

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