俺たちが最後に足を運んだのは瑪瑙の本丸…、ではなく、瑠璃の本丸だ。
翡翠と瑪瑙、そして大将が入れ替わっているとくれば、必然的に関わってくるのが特別部隊のもう一人の存在、瑠璃。大将たちの一大事なんだ、無関係なわけがないだろう。
ってことで来てみれば……
「ごめんってばクロ許して!!」
「私が許したとしても謝罪についていく気は無い」
「そこを何とか…!!」
「嫌」
「自業自得だよ主…」
そこには大将に縋りついている瑠璃、呆れ果てて申し訳なさそうにしている瑠璃の近侍…石切丸がいた。
しかし瑠璃が泣きついているそれは確かに大将のようだが、予想していた瑪瑙の身体ではなく……
「……ねこ?」
不機嫌に尻尾を揺らす黒猫だった。
「クロネコが黒猫に……」
「なんでクロちゃんが黒猫に?」
「どうなってんだ?」
「あ、薬研。と、翡翠さんと瑪瑙さんですね?」
俺たちに気づいた黒猫の大将が、くっついたままの瑠璃を引き摺りながらやってくる。
服が汚れるのもお構い無しか瑠璃。大将もその身体で瑠璃引き摺るのは重いだろうに。
「よぉ大将。遅くなってすまねぇ。しかしまさか黒猫の身体に入ってるとは…。てっきり瑪瑙になってると思ってたんだが」
「いえ。最初は薬研が言う通り瑪瑙さんだったのですよ、私」
「え? じゃあ俺の身体は今どこに?」
「それが…」
大将は言い辛そうに視線を泳がせると、後方から何やら騒がしい足音が迫ってきた。見れば二つの人影がこちらに向かって走ってくる。
「こら待て黒猫! 主の身体で走り回るな!!」
「ちょ、え!? 俺の身体!!」
追いかけているのは瑪瑙の鶴丸国永。そして、逃げ回っているのは瑪瑙の身体に入っているらしい黒猫。
呆気にとられている間に四足歩行で通り過ぎていくそいつは口に魚を咥えていた。生魚だな、あれ。
「ククッ、俺のことで笑ってる場合じゃなかったなぁ瑪瑙」
「ちょっとクロちゃんどういうこと!? 最初は俺の身体にクロちゃんが入ってたんだよね!? なんで黒猫が入ってんの!?」
まさか己の身体に猫が入っているとは思うまい。
予想もつかなかった事態に焦る瑪瑙の様子を見て、今度は翡翠が笑みを漏らし、大将は深い溜め息を吐いて尻尾を垂らした。
「私が瑪瑙さんの身体で目覚めた後、この呪いについて思うところがあったので、近侍として鶴丸さんを連れて瑠璃の本丸に来ました」
「思うところってのは?」
「この呪いは私たちが養成所に通っていた頃に、瑠璃が重春様の書斎で勝手に拝借してきた術書に載っていたものだったのです」
「あのオッサンの?」
「はい。それを知らずに私も読んでしまったのです。当時、瑠璃は術をイタズラに使おうとしていて…、私は「戻せ」と言ったのですが…」
「戻されてなかったってわけか」
「残念ながら。それを思い出したので急いで瑠璃の本丸に向かい、瑠璃に説教開始直後…」
「術書は戻してないし、勝手に私達に呪いかけるし……。なんでこんなことするかな……」
「お、怒んないでよ! ちょぉーっと術の練習してただけだって! ちゃんと戻すからさ!」
「養成所の頃からお前が術で成功する確率は極めて低すぎるだろう。瑪瑙さんと翡翠さんが来るのを待て。慎重に解かないと被害が拡大する」
「むぅ、そんなことないもん! それに二人が来たら説教三倍じゃない!」
「説教されるようなことをしたのは主だろう」
「石切丸は黙ってて! 行くわよ〜!」
「ば、馬鹿! 今やったら…!」
「主! クロさん!!」
「「「…………」」」
「……術は失敗。たまたま庭で日向ぼっこしていた黒猫と私の精神が入れ替わりまして、私は黒猫の身体に収まり……」
「瑪瑙の身体に黒猫が入った、と……」
「はい……」
「瑠璃、君ね……」
「ごめんなさぁぁい!!」
「待てこらぁああああ!!」
真っ青な顔で逃げていく瑠璃を、青筋立てた瑪瑙が追いかける。
呆れて何も言えない。大将に待てと言われていたのに何故待たなかったんだ瑠璃。
瑪瑙も物凄く怒っている。翡翠の身体だからか醸し出す雰囲気が怖い。
庇うつもりは無いらしい大将は瑠璃と瑪瑙の追いかけっこを尻目に、トコトコと俺の前までやってきた。
「ご迷惑お掛けしてすみません、薬研。本丸の皆さんは大丈夫ですか?」
こんな時でも自分の身より本丸を心配するか。
しゃがんでその小さな体躯を抱き上げ、安心させるように柔らかな毛並みを撫でてやる。
「大丈夫だ。長谷部に留守は任せてるし、シロも皆も内番頑張ってるぜ。流石に出陣は控えさせてるがな」
「良かった……」
「皆、心配してた。俺も」
「すみません。まさかまた呪いに掛かるとは…。呪い返しの術を覚えますね」
「はは、それは良いが、失敗しねぇようにな。見つかって良かった」
正直なところ、今朝は凄く焦った。寝てる彼女が遠退く気配なんて、最悪な結果が頭に浮かんだくらいだからな。でも、猫の身体でも探し出せた。
額を合わせて安心したと呟くと、大将も目を細めて「ありがとう」と微笑んだ。黒猫になっても優しい笑顔は変わらねぇな。
その後、どうにか黒猫入りの瑪瑙の身体を捕まえて翡翠によって慎重に呪いを解いてもらい、審神者入れ替わり事件は解決した。
「翡翠は凄いな。大将の身体でも呪い解けるのか」
「クロネコの霊力はまだ扱いやすいからな。瑠璃嬢と瑪瑙だったらこう上手くはいかなかっただろうし、運が良かった」
「はぁ、はぁっ、あぁああ疲れたぁあああ!!」
「お疲れ様でした、鶴丸さん。瑪瑙さんも」
「はぁ、はぁぁ…。ありがと、クロちゃん。翡翠、君もう少し筋力つけなよ。すっげー動き辛かった!」
「やなこった」
「でもクロさんに入ってる主、ちょっと面白かったかも」
「馬鹿言ってんじゃねぇよナマズ」
「あのぉ〜、クロ?」
「嫌」
「まだ何も言ってない!」
「さっきも言ったでしょ。さっさと術書返さなかった罰。ちゃんと重春様に謝ってこい、一人で」
「うぇぇぇんそこを何とか…!!」
「ダメ」
「大将の言う通りだと思うぜ瑠璃」
「ほら、行くよ主」
「ひぃーん!」
その日、瑠璃は大将、翡翠、瑪瑙に加えて重春からもそれはそれは長い説教を食らったそうだ。
「自業自得。無闇に術を使うなという意味では良い教訓になったことでしょう」
「だな」
「さて、身体も元に戻ったことですし、溜まった仕事を片付けましょうか」
「手伝うぜ、大将」
「ありがとうございます。やっぱりいつもの身体が一番ですね」
「俺も、いつもの大将が一番だ」