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拝啓 暑さもようやく厳しさを増してまいりましたが、七海様にはお変わりなくご健勝のこととお喜び申しあげます。
この度はお心遣い痛み入るお手紙をお送り頂きまして、まことにありがとうございました。
さて、等級の話に移りますが、先日昇進されたとのこと心よりお祝い申し上げます。七海様のお喜びのご様子が目に浮かぶようです。ほんとうにおめでとうございます。
つきましては、大変些細ではありますが祝いの品を______
「あ? そんな堅苦しい手紙誰から貰ったんだよ?」
一見、ただ真っ白なその便箋は、よく見ると淡いピンクのポイントグラデーションが四方に施されている。先日灰原から貰った手紙は青に緑に黄色に赤にと、まあカラフルでごちゃごちゃしていたものだ。それに比べて、なんと目に優しい便箋。送る人によってこうも違うのか、と人物像を思い浮かべたが、さして違いは思い浮かばなかった。元気で明るくて、底抜けにポジティブ。そんな二人である。その二人のうち一人から貰った丁寧で育ちの良さが伺えるこの手紙を眺めながら高専内を一人で歩いていると、厄介な先輩に目をつけられた。
「げ、」
「おまえ げ つった???」
真っ白でふわふわで、柔らかな髪はこの暑さをも味方につけ、校舎の窓から入る太陽の光をきらきらと反射していた。その人物こそが五条悟。それなりに長身な私自身よりも幾分か身長が高く、振り向いた際の顔の近さによって手紙を覗き込まれていたことに気が付いた。ほんとうにこの人にはプライバシーという言葉が備わっていないのか。
「どうだっていいでしょう。あなたには関係ありません」
「さっきの言葉にはスルーすんのかよ」
「五条、まず人の手紙盗み見んのやめなよ」
「うっせ」
五条さんの背に隠れるようにして立っていた家入さんがにゅっと出てきた。全く見えなかったな。
「いやなんか真剣に読んでたから何かと思って」
「だとしても覗くなよクズ」
「うっせー! で、誰から? おまえそんな文章かくヤツと文通でもしてんの?」
「……」
「七海嫌がってんじゃん」
ホラ見せろよ! と横暴で人を敬う・尊重するという感性が残念な程に乏しい先輩が右手をこちらに寄越す。どうやら手紙を読ませろ、ということらしい。死んでも嫌だ。さっきは『覗くな』だとか『盗み見んのやめなよ』だの言っていた家入さんも結局は内容が気になるのか本気で止めやしなかった。この人の場合、興味や関心が無いという可能性すらあるが。
「あれ? 七海!」
「わ! ほんとだ! 七海ー!」
そんなふうに些細な攻防を繰り広げていると、遠方から私の名を呼ぶ声が聞こえた。
好きな物は米と人。趣味・特技は大食い。食に対する有り得ない執着を見せ、すくすくと育った灰原と並んでこちらに来る小柄で細身な女、みょうじの二人はでこぼこでチグハグで、それでも何だか釣り合いが取れている。揃いも揃って二人は大きく腕を振りながらこちらに走ってきた。所謂わんこ属性。私に手紙を寄越したと最初に語った二人である。
そんな二人を見て思わずでた声は
「げ」
まさかのこれだった。にしてもタイミングが悪い。五条さんには「まだ げ つったなおまえ」と邪険な目で見られたが、人の手紙をナチュラルに覗き見するような男にだけは言われたくなかった。
「あ! それ私が書いた手紙だ!」
「? あ、ほんとだ僕にくれた便箋に似てるね!」
「お気に入りのメーカーなんだ〜」
みょうじも灰原も、余計なことをポロポロと口走ってくれる。
目の前にやってきて、小柄なみょうじはぴょんぴょんと跳ねて手紙を覗き見た。
「コラ。人の手紙を覗くな」
「なんでよ私が書いた手紙じゃんよ」
五条さんはポカンと口を開けている。疑問符が頭に浮かんで消えないらしい。一方、五条さんと一緒に来ていた家入さんはみょうじに手紙の内容を聞いている。
「何書いたの?」
「等級が上がったって聞いたから、おめでとうの手紙です!」
「僕も書いたのに寮の部屋に忘れちゃったなー」
「??」
家入さんの頭にも疑問符が浮かび始めた。
「え、なに、三人で文通してんの?」
「んふふ! そうなんです!」
「キッッッショ!!!!!!!!!」
「は!?キショくないし!!!!!!!!!」
思わず叫んだ五条さんにみょうじがワっ! と叫び返す。家入さんが静かに三歩分離れた。
「にしてもなんで文通?」
「みょうじがやり始めたんです! ね、みょうじ」
「私お友達と文通してみたかったんだ〜」
悟くんは律儀に文通なんてしてくれないもんね! そもそも私たち友達じゃないから別に良いけど! とつらつらと五条さんに向けた文句をぶうたれるみょうじ。この様子を見るに、五条さんに対して何度か文通をしたいという打診はしたらしい。ことごとく失敗していたみたいだが。そうして白羽の矢が立ったのが私たち同級生、私と灰原であるのだ。
「にしてもなまえにあんな文章が書けるなんてね」
「ま、実家はこの古臭い呪術界の古い家だしな」
「古い古い言わないで。五条家のが古い!」
「おまえの家も元はと言えば五条の分家なんだからな」
「……五条家? しりませんね〜そんな古臭いお家」
「テンメ〜……!!!」
この呪術高専・東京校に在籍するたった二名の呪術界に属する家の出身時同士で本気の鬼ごっこが始まった。みょうじの術式は速さに特化したものでは無いのですぐに五条さんに追い付かれていたが。
「……?」
くしゃり。一旦手紙を仕舞おうと折り目に沿って便箋を折り畳むと、封筒の中から紙の擦れる乾いた音が聞こえた。なにか入っているのか? と覗いたところ、
「!?!?」
黒光りする身体。二本の長い触覚。複数本の脚。
ボトリと落ちたそれを見た家入さんと灰原がギョっとする。
「ウワ、何?」
「ギャー! 七海それ何!?」
「…………五条さん、みょうじをこちらに寄越してください」
「?」
「え!? なに!? 何なの七海!? ……ア、……忘れてた……」
幸いにも本物ではなく模型だったようで、近付いても掴んでも動きやしなかった。それをみょうじの顔に近付けたこの瞬間。本日一番大きな叫び声が東京都立呪術高専に響き渡ったのだった。
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