四月馬鹿
「ーーーきみのこと、すきなんだけど」
やけに真剣な声色にびっくりした。今日が4月1日だって分かってて、それが何を意味するのかも理解していた。だからこそ、色んな理由をつけてでもそれを真に受けてしまいたいと考えた自分に心底、驚いてしまったのだ。
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「マネージャー、みょうじマネージャー。もう時間だし帰りなさいよ」
自主練に付き合ってちゃキリ無いデショ。黒尾先輩が言った。
キリ無いとか何だとか言って、いつも何かと理由を付けて彼は音駒高校男子バレー部唯一のマネージャーである私を早く帰らせたがる。黒尾先輩に限らず、同輩も先輩も全員がそうであった。過保護の音駒、とは聞いていたけれど、それがセッターだけじゃなくマネージャーにも適用されるなんて。そう思いつつ私は予め用意していた言葉をしたり顔で言った。
「いやいや、もう1週間で新入部員も入りますし、まだ残ります!」
「なにそれどういう理論」
「2年生にもなって甘やかされてばかりじゃ新入部員に合わせる顔がないので……」
「……マ、言わんとすることはわかるけども」
頑張りたがりねぇ、君も。そう言って黒尾先輩は笑った。でもそれとこれとは別デース。その言葉と共に握っていたジャグタンクの持ち手は奪われ、ぽん、と代わりに水筒と部活ジャージが乗せられた。それぞれ私のモノだ。黒尾先輩め、はなから帰らせる気満々で来たな。
「…………では、お言葉に甘えて」
「はいよ、仲良く帰れよ」
「はあい」
仲良く帰れよ。黒尾さんは研磨が自主練に参加しない日はいつもそう言って私に託してくる。
お陰様で最初は近寄り難くてあまり話すことは無かった同学年の“孤爪くん”は、今では同輩の中でも一等気を許してくれている“研磨”に昇格している。1年かけてだ。気難しいネコチャンみたいな研磨が私からボトルを受け取ったあの瞬間。なんとも言えない多幸感が胸を埋めつくし、そうか、そりゃあ黒尾先輩も研磨の世話を焼いちゃうわけだと納得した。
「……あ、そうだ、」
「? なんですか」
「俺……みょうじちゃんのこと、好きだよ」
カッコつけたがりの黒尾先輩。無駄に真剣な顔をするので、蹴散らすように鼻で笑ってやった。ホント何言ってんだか。男子はどいつもこいつも同じことを考える。
「それ朝イチで福永にも言われました」
「うわー! めっちゃ先越された!」
4月1日、今日はエイプリルフール。そんな生産性のないイベントも、残すところあとわずか。数時間で終わってしまう。
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ゲーム画面の外側に見慣れた赤いジャージが目に入った。部員の誰よりも小柄なそれに脳が人物を探し当てる。声をかけられる前に顔を上げると、やっぱり。
「おつかれさまぁ、研磨。待った?」
「お疲れ。今出てきたとこ」
「そっか、帰りにちょっとコンビニ寄ってい?」
急ぎだったら別にいいんだけど。マネージャーである彼女はそう言った。何度かゲームを理由に一人でさっさと帰ってしまった前科がある為か律儀にもお伺いを立ててくる。だが部室付近で待っていた上に今一緒に帰ってる時点でそれは無いし、いずれにせよ彼女と二人で帰られる日は一人でスタコラサッサと帰路に着くだなんて真似したことがない。なんなら集団で帰っている時よりもゆっくりと1歩1歩を踏み出していることに彼女は気づいているのだろうか。
「……コンビニ? おれも行く」
「あ、何買うか当てていい?」
「……フーン、当てられるの?」
「マブダチだからね。それくらいはわかるよ、あれでしょ」
「あれ?」
「まほーのカード!」
……マブダチ。
ピ、と人差し指を立て、さながら事件を解決する探偵のように答えを擦り合わせに来た。自信満々な顔をしているところ申し訳ないが、残念ながら違う。それは先週キミと帰った時に買ったじゃん。
「じゃあ何買うの?」
「………………ひみつ」
不思議そうな顔でおれを見つめる彼女には、特に買いたいものが無いなんて今更言えない。後出しみたいだし、なによりそうしたらコンビニでバイバイになるかもしれないでしょ。コンビニ着くまでに買いたいもの考えなきゃな。そう思った。
「みょうじは何買うの?」
「えー? んー……ひみつ」
「ふうん……」
ご丁寧にも人差し指を口元に当てた彼女はニッと笑った。その表情に心臓が大きく音を立てる。ああ。どうしても男ってモノは“ひみつ”というワードに弱い。それを共有されると心は舞い上がるし、逆にその言葉を盾に秘め事を隠されるとそれ以上は足を踏み込めなくなる。マしかし軽いお菓子や明日の昼に食べるパンだとかその辺だろう。彼女の事はよく見てしまっている自覚があるので何となくわかる。
そうやってのんびりポツポツと会話を続けていくうちに、コンビニに着いた。パンコーナーへと一目散に向かう彼女を横目に、おれはなんとなく、無難に、飲料コーナーに向かう。肩にかけたエナメルバッグには水筒が残っているし、家までの距離なんてほんの僅かしかないのに、絶対に必要ないであろう飲料水を買った。300mlもない小さなやつ。
自動ドアの付近で待っていると、レジを通した彼女が小さなレジ袋を持って小走りで近寄ってきた。
「けんま、けんま」
「……なに?」
「はんぶんこ、しよーよ」
自動ドアを抜ける。ガサガサと彼女はレジ袋を漁って、そして中からあんまんを出した。小さな手からははみ出してしまうそれを器用に半分に分けて、ちょっと凝視してから少しだけ多い方をおれに分けてくれる。その一連の動作を見て、あんまんを受け取って、口に含んで。おれとは随分大きさの違う歯型に、あ、と思った時には口から零れていた。
「おれ、」
「ん?」
「……おれ、みょうじのこと、すきなんだけど」
「……」
「……」
「……」
ポッカーン、と思わず脳内で音を付け足してしまうほど、彼女の表情は呆気に取られたそれで。やってしまった、マジでやってしまった。絶対に引かれた。今まで保っていた“ともだち”の境界線を一気に飛び出してしまった。本当にしにたい、もう無理、巻き戻って欲しい。帰りたい。既に家から出たくない。
ややあって、彼女が表情を緩めたかと思うと、次は大笑いし始めた。
「ふ、ふは、そういうことか、あはは」
「は?」
「んふ、はは、ちょまって、ふ、あはは、ッん、゙ブフッッ」
…………は?
ゲホゲホ、とあんまんを喉に詰まらせたらしい。告白の経験、ましてやそれを笑われるなどされた事がなかったのでどうすればいいか分からず、既におれは落ち込んでるけどとりあえず背中を摩っておいた。
ヒーヒーとまだまだ鎮まらない笑いの波に翻弄されながら、彼女は目尻の涙を拭った。
「研磨でもそんなことすんのね、さっき黒尾先輩にも同じこと言われたよ」
「は?」
「あ、そうそう、福永と夜久くんも言ってたなぁ」
「は、はぁ!?」
夜久くんはちょっとびっくりしちゃった〜、と呑気に指を折って人数を数え始める彼女。……は? なに、告白ブームなの? そんな、クロや福永、挙句には夜久くんにも告られてるのに、おれがこの倍率を勝ち抜けるわけないじゃん。なんで、そんな、一気に、
「エイプリルフールったって、レパートリーもっとあるでしょうよ」
「ね?」と、おれに同意を求める声。ぐるぐると思考に耽っているおれの意識をすくい上げたのは彼女の言葉だった。まださっきの余韻が残っているらしく、声色には僅かに笑いが含まれていた。
「……エイプリルフール」
「うん、さすがにわかるよ」
じゃあなんだ、ぽろっと自分の意思関係なく口に出してしまった気持ちとはいえ、気持ちが伝わるどころか、おれの告白はエイプリルフールにあやかったバカ達の冗談と一緒くたにされてしまったってことなのか。なんだそれ。……なんだそれ。
「………………もう帰る」
「そーだね、帰ろう。私の家すぐそこだからここまででいいよ」
「家くらい知ってるよ。でも送る」
「ありがとーね、研磨」
さっきの言葉、エイプリルフールの冗談じゃないんだけど。……きみは返事をくれないの?そうやってちゃんと聞く勇気はまだ無いから、今はまだ彼女に言わせたところの“マブダチ”ポジで我慢しようかと思う。さっきおれがすきだって伝えた時のあの顔、ちゃっかり期待させてもらうから、次にこの気持ちを伝える時はいい返事が貰えるといいなって、そう思った。あと、日付には注意。これ絶対。
終焉