トノサマバッタが跳ねた!



 “ぴょんっ”

 トノサマバッタが跳ねた。

「あ! なぁみてトノサマバッタ!」
「あかん! 頭下げな!」
「ははぁ〜!」

 久々の部活オフ。軽いミーティングだけだったこの日、俺たち2年生5人は仲良く一緒に下校していた。
 そんな中トノサマバッタ第一発見者、我らが稲荷崎男子バレー部紅一点のマネージャー・みょうじが嬉々として叫ぶ。
 なんだいきなり、と俺が困惑気味に彼女を見ると、みょうじの隣を歩いていた侑と治がハッと何かを理解したような表情で頭を下げた。もう一度“ぴょんっ”と飛んで行ったトノサマバッタを見ては、「あぁ〜!」と頭を下げていた双子がその虫を追うように腕を伸ばす。この双子にはプライドが無いのかなあ。あまりにも滑稽だ。

 俺には何が何だか分からなかったこの絵面だが、

「トノサマバッタという名前ですが」
「殿様ではありません」

 みょうじと銀によるテンポの良い言葉のお陰でトノサマバッタと殿様をかけていることはすぐに分かった。理解はできたが、それがなんだと言うのだ。
 しかし彼らの妙に洗練されきったこの漫才感と言うか、いくらノリが良いにしたって揃いすぎている呼吸に何となく察する。あ、きっと俺が知らない内輪ネタなんだ、と。なんか面白くないな。
 さっきまで虫相手に頭を下げていたくせに、スクッと立ち直した治はさっきと打って変わって真顔で言葉を紡ぐ。

「神戸電子専門学校という名前ですが、電子だけではありません」

 治の言葉を聞いて、にやにやが堪えきれていない様子の侑が続けた。

「使える力、神戸電子」

 テテテンッテテテテンッ。みょうじと銀が同じメロディーを仲良く一緒に口ずさむ。数秒間じっとそのままで居た4人は、やがて同じタイミングで顔を綻ばせた。どうやら大トリは侑だったらしい。
 ほんまあかん笑い死ぬ、腹筋死ぬ、などとぎゃあぎゃあ騒ぎ出した同輩達を見て謎の疎外感に身を包まれた俺は、妙な居心地の悪さを感じて、今すぐにでもこの場を離れたくなった。今すぐにでも帰りたい。

「なんや角名、おもんない みたいな顔しよって」
「……いや、俺、それ知らないし」
「エッ知らんの!?」

 侑の表情は、ありえない、と言外に語っているようだった。そんな事言われてもな。色々気に食わなくて、それを顔に出してしまった自覚はある。ムスッと。「おい拗ねんなって!」「角名ァ!お前が拗ねても可愛ないで!」などとみょうじと侑が楽しそうに笑った。それはもうゲラゲラと。別に拗ねてないってば。ちょ、おい、みょうじやめろ頭撫でようとすんな、……届いてないじゃん……。「屈めや……」とみょうじが恨めしそうに俺を見上げてくる。嫌だよ。

「なんやお前ら、ここで何してんねん」
「あ、北さん」
「はよ帰りや」
「さっきここにトノサマバッタおったんで頭下げとったんですよ」
「そうそう」

 学校の前で騒ぐ俺たちを偶然見つけたらしい北さんがこちらに向かってきた。俺ももう帰りたかったし、ここで北さんが登場してくれたのはぶっちゃけかなりありがたい。
 さぁ帰ろう、という空気になるかと思いきや、あろう事かみょうじは北さんにさっきの内輪ネタ無茶振りをぶちかました。

「北さん、北さん!」
「なんや」
「……トノサマバッタという名前ですが?」

 ぽかん、と一瞬時を止めた北さんであるが、ふっと表情を和らげる。北さんもこのネタを知っているらしいし、しかも案外ノリは良いらしい。

「殿様ではありません、やろ」

 さすが北さん!よっ稲荷崎バレー部の顔!と雑なヨイショで俺以外の4人は盛り上がる。北さんも満更では無さそう……に、見えなくもなかった。
 それを部外者のような心持ちで眺める俺に、銀は指をさす。角名これ知らんらしいんですよ、と。まるで俺の悪事をチクるようなその動作。やめろ。悪事でもないし。「人に指さすもんとちゃうよ」「あ、すんません」と銀とやり取りした後、北さんは真っ直ぐに俺を見つめた。

「?……あー、角名は愛知出身やからとちゃうか」
「え!?これ愛知では流れてないんですか!?」
「そら神戸の学校やからな」

 愛知、流れる、神戸の学校。
 それぞれの言葉を脳内で整理していく。靄がかっていたものが徐々にクリアになっていく気がすると共に、あー、と納得した。なるほど、しょーもな……。

「……関西のローカルCMってこと?」
「これローカルCMなん!? やから角名知らんかったんか!」
「お前こっち来てからテレビ見てへんの?」
「あんまり見てないかな」





 その後、部屋に戻ってすぐにテレビをつけてみた。予想通り、運良くつけた瞬間にCMが流れるだなんてそんなことは起こらず。そうやって面白みに欠けるニュース番組をぼーっと1時間ほど見ていた。愛知に住んでいた頃も見ていたCMもいくつかあった。小さな発見だ。

 待てど暮らせど流れてこないトノサマバッタにだんだんイライラしてきて、動画サイトで探してやろうと携帯を持ち上げた瞬間。ようやくそのCMは流れた。トノサマバッタがアップで映るところから始まるそのCMを見て、確かに思う。アイツら即席コピーだったくせに、その割にはめちゃくちゃクオリティ高かったんだな、と。もしかして普段からこれの真似して遊んでんじゃねーかな。バカじゃないの。

 それと共に、このネタを理解したからと言っても絶対に自分はあの中には混ざりたくないとも強く思った。多分明日学校に行けばこのネタを振られるだろうが、絶対に反応などしてやるものか。絶対にだ。

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終焉