+
得体の知れない薄気味悪い浮遊感を感じて、夢から追い出されるように目を覚ました。口腔がカラカラに乾いて、今にも舌がへばりつきそうだ。身体中がぐっしょりと汗で濡れ、使い物にならなくなったTシャツを見てはそりゃあ喉も乾く、と一人で納得してしまった。
「……」
それにしても、変な夢を見た。
クローゼットから代わりに着るための黒地のTシャツを一枚取ってから、シャワーを浴びる為、今や大きいだけのボロ屋敷に変わり果てた我が家を一人で練り歩く。地下に続く階段の前を素通りすると、母がタイムマシンの制作に熱中しているであろう作業音が聞こえた。こんな時間なのに、ほんと無茶をする人だ。無理は禁物であると、身体は資本だと次に顔を合わせた時に絶対に言ってやると心に決めた。
バスルームに入り、蛇口を捻るとぬるくて心地よい温度のシャワーが体を濡らす。幾分かサッパリしたのですぐにでも自室に戻ってしまおうと思ったが、やはり、先に見た変な夢が気掛かりで仕方がなかった。
自身の部屋の隣に設置されているベッドだけの部屋。その扉を見つめて、目を逸らして、もう一度扉を見た。入ろうか迷って、迷って、本当に迷って。自室に戻ろうかと思ったが、しかし結局はドアノブを捻った。
「……」
真っ白なベッド以外にはほとんどなにも置かれていないただ一つの部屋。かろうじて置かれている花瓶には昨日母が生けたばかりの花が顔を出していた。それが何の花なのか、俺にはさっぱり分からなかったが。
血色の薄い、真っ白な肌。ベッドと相まって、存在自体が儚げで、今すぐにでも消えていなくなりそうだと思った。それだけは勘弁してほしいと心の底で思った。
「……メルさん、」
彼女が眠って、かれこれ半年が経つ。至極簡単な話だ。体と頭を強く打ち付けて、そして病院に運ばれ、次に彼女と面会した時にはこの有様だった。
「おかしな夢を見たんです」
独りでにポツポツと語る。聞いていないとわかっていても、思いはとめどなく溢れる。されど目の前に横たわる彼女は、瞼さえぴくりとも動かさなかった。
「夢見が悪いくらいで来てしまうなんて、ほんと、情けないですよね」
昔は自身を卑下する度に、そんなことない!と力いっぱいわしゃわしゃと髪を掻き混ぜてくれたその腕は、今や沢山の管に繋がれて見るも耐えない。
「あなたの腕の中で、息絶える夢でした。」
何度思い返しても、おかしな夢なのだ。本当に。
「おかしいですよね。あなたを守りきれず、昏睡状態にまで陥らせてしまったのは、俺の方だと言うのに」
ああでも、あなたの涙を見るのは随分と久しぶりだった。俺の死で涙を流すあなたの夢だなんて、勘違いも甚だしいだろうか。
今でも夢に見るのだ。あの時、あの瞬間、オレを庇って前に出ていった無鉄砲な彼女を守れるほどの力が自分にあったなら、と。今でも海馬によぎる。庇って、そして徐々に動かなくなってゆく彼女の、安堵とも絶望ともとれるあの表情が。
「ねえ。聞いてください、メルさん」
シワのない真っ白なシーツにくるまった、管だらけのその人の手を取る。針の刺さるそれがあまりに冷たかったので、温めるように指を絡めた。握り返してはくれないけど、彼女が呼吸を繰り返し、そしてその彼女にただ触れられることだけが今の俺にとって唯一の救いだ。
「……もうすぐ、タイムマシンが完成しそうなんです」
既に失ったもの、あと一歩で守りきれなかったもの、取り零さんとキツく腕に掻き抱いたもの。
(あなたはこのうち、どれなんでしょうね。)
+