俺(私)たちの『関係性』



※こちらは少し昔に戻ってシルク13歳の時の話です。エースはこの頃まだ白ひげ海賊団の船には乗ってない為、出会っていません。

(このお話はストロボスコープ本編28話を読んでから以降に読む事をお勧めします)




「ん?」


甲板で見張りをしていたラクヨウは、そこにストンッ、と降り立った小さな影に気付くと、ニッと笑みを零した。


「朝からくるとは珍しいじゃねェか、なまえ」

「……怪我した」

「おいおいおい!!だから何だってお前はいつもいつも…!!」


ラクヨウはなまえの背中を見た途端、小さなその身体を抱き上げて医務室へと駆けた。


「ラクヨウ、血付いちゃうよ」

「んな事気にしてる場合か!!」


ぼんやりとした瞳でそう言うなまえに、ラクヨウはムチャしやがって!!と叫んで医務室の扉を開いた。


「あら、ラクヨウさん。おはようございま…」

「いいから早くこいつを診てやってくれ!!」


挨拶途中のナースの言葉を遮り、そう言って診察台になまえを乗せるラクヨウ。

それに素早く気付いたナース長のエレナは、手近なナース達に包帯と傷薬!と指示を出すとなまえの傷の状態を見た。


「痛むわよ?」

「…分かってる」


ナースの一人から手渡された消毒液を手にそう告げるエレナに、なまえはグッと唇を噛み締めて目を瞑った。

この歳にしてこんなにも痛々しい刀傷を背に負うなまえ。


── ッ!!!」


けれどエレナのかけたそれに悲鳴すら上げず、荒い呼吸を吐きながらも耐えるなまえ。


「頑張れよなまえ…」


見ているラクヨウやナース達の方が代わりに声を上げたくなるその光景に、だがなまえは最後まで痛いとは一言も言わなかった。


「なまえ…」


包帯までしっかり巻き終えたエレナは、ラクヨウに連れて来られたままぼんやりと床に視線を投げるなまえをそっと抱き締める。


「…っ、」


だけどもここでエレナが何を言ったとしても、なまえはただ首を横に振るだけなのだろう。


「ありがと、エレナ」


なまえは自分の事を抱き締めるエレナにそう返すと、早く診察台から降りたそうな素振りを見せる。

これでも当初に比べたら攻撃性も減り、この船に来る回数も増えた方なのだ。

…ただし、なまえが来る時の大半はこういった結構な大きさの怪我を負っているのだが。


「また狙われたの?」


エレナのその言葉になまえはこくりと頷く。

なまえがこうした傷を負うのは彼女の身に10億もの懸賞金が─────── しかも、『ONLY ALIVE(生け捕りのみ)』表記でかけられているからだった。
そしてその能力故、彼女を狙う海賊達は彼女が逃げないよう、初めから致命傷狙いで襲ってくる。


「ずっとこの船にいていいのよなまえ。船長だって、」


エレナが最後まで言い切る前に、なまえはそのエレナの腕からするりと抜け出した。


「また来るね」


そう言ってなまえは破れて着れなくなった上着を手に、エレナに手を振った。

それを見て辛そうに目を伏せるエレナ。

何故ならなまえの言うその「また」とは、「また治療しに来る」の意味だと知っているから。


「おい!待てなまえ!!」


慌ててなまえのその背を追うラクヨウは、去り際にあんま気にすんなよ!と無理な事をエレナに声掛けて消えていったのだった。






「また怪我したのかなまえ?!」

「おいおい!女の子がそんな格好でウロつくな!!これ着ろこれ!!」


なまえの姿を見た途端、いつものようにわらわらと集まってくる隊員達。

当初であればすぐさまその手に噛み付いたり払い除けていたなまえだが、今ではぎこちないながらも受け入れ、寄越された上着を羽織っていた。


「なまえ」


なまえが上着を羽織っているとふっとその前に影が差した。


「サッチが飯作って待ってる。食べてくだろ?」


声を掛けたのはイゾウで、なまえはぼんやりとした視線は変わらぬままだったが、小さく頷いた。

隊長格であればなまえがこの船にやってきた時点でその気配に気が付いている為、タイミングを見ては姿を現してくれていて。

それを裏付けるように、頷いたなまえを抱き上げたのはイゾウの後ろにいたフォッサで、フォッサはなまえの背中の怪我に障らないよう、肩で抱くようにしてなまえを抱えた。


「修行≠ヘ順調かよい?」


そう声がけてきたのはマルコで、本来であれば長男であり、一番隊隊長でもある彼は忙しい筈であるのに、なまえが来た時にはいつも必ずと言っていいほどなまえの為に時間を割いてくれていた。


「順調ではないけど…」


この船にいない間、なまえが一人でに修行を積んでいる事をマルコ達は知っていた。

白ひげ海賊団は少し前までなまえの為に一つの島に留まり続けていたのだが、なまえが位相墜下の能力を正しく使えるようになってからは航海を再開し、そしてその間なまえはひたすらに修行に励んでいるのだった。


「それにしても、なんかここ最近やたらと怪我が多すぎやしねェか?何かあったのか?」


ラクヨウのその問いかけになまえがピクッと反応したように見えたが、一瞬後には何でもないよと返されてしまった。

本当はドフラミンゴの一件があってから一刻も早く力をつけないと!!と前よりも更に修行に励むようになり、自身の事を狙ってくる海賊相手にも積極的に交戦を繰り返している訳なのだが────────

そんな事をここで言おうものなら、また長男であるマルコは縛り付けてでも止めようとしてくるのだろう。


「…たまたまだよ」

「前から思ってたが、お前は嘘が下手だよい」

「?!」


間発入れずに返されたマルコのその一言に、なまえはふいっと顔を反らした。

それを見てはぁ、とため息をつくマルコ。


「別に、無理矢理問いただそうまでは思っちゃいねェ」


食堂に着いた為フォッサがなまえを椅子の上に下ろすと、てっきり詰め寄られると思っていたなまえは、えっと意外そうな顔をマルコに向けた。


「言いたくなったら話せ」


そう言ってイゾウと共に食事を取りに行くマルコに、フォッサは苦笑した。


「マルコだってお前に意地悪をしたい訳じゃない。
だからやっと形になってきた今のこの関係性を壊してまで、お前が言いたくない事を暴こうとは思ってないって事だろう」

「関係性…」


フォッサのその言葉に、なまえはペタッと机に片頬をくっつけて呟いた。

彼らに対してはまだ秘密があるし、全てを許した訳では決して無い。

だが、ふと寂しくなったり怪我してどうしようと思った時などは自然とこの船に来ていたし、誘われれば食事も共にしていた。


「やっぱここに居たかなまえ!」

「誰かが食事に誘ってるだろうと思ってな」


そう声がけてきたのはナミュールとビスタで、彼らはそれぞれ手にしているトレイを机の上に置くと、当たり前のように輪に加わってきた。


「良かったなァ、なまえ。今日はお前さんの好物ばっかりだ」


そこへ先程食事を取りに行ったマルコとイゾウも戻ってきて、イゾウは手にしている二つのトレイのうち、一つをなまえの前に置いた。


「今日辺りお前さんが来るとでも当たりをつけて作ったのかねェ…くくっ」


イゾウはトレイを置いて空いた手で優しくなまえの頭を撫でると、その隣に腰を下ろした。

二人が戻ってきたのと入れ違いに、今度はフォッサとラクヨウが食事を取りに行く。


「どうかしたかよい?」


イゾウとは反対の、なまえの左隣の椅子に腰を下ろしたマルコがなまえの表情に気付いてそう問いかけると、なまえは戸惑うように瞳を泳がせた。

先程のフォッサの言葉を受け、医務室でのエレナと、問い詰めてこようとしなかったマルコの姿とに疑問を持ったからだった。


「関係性って…何?マルコ」

「は?」


唐突ななまえのその問い掛けに、さすがのマルコも驚いたようだった。

けれど、何故だか問い掛けたなまえ本人が一番戸惑っている様子で。


「あー…さっきのアレか?無理矢理問いただそうとは思っちゃいねェってやつかよい?」


関係性≠ニなまえに言ったのはフォッサなのだが、長男を務めるだけあって頭の回転の早いマルコは、なんとなくではあるがなまえの言いたい事を理解したようだった。

そして少しの間言い方を考えるように黙った後、口を開いて。


「おれらと出逢った当初のお前は、誰とも知れねェおれ達の事を中々受け入れようとしなかったろい?」


そのマルコの問いに、だって敵だと思ったからと即座に返すなまえ。マルコはそのなまえの答えに頷いて先を続ける。


「でもそれから2年経って、お前はおれ達に病気≠フ事を話してくれたり、おれ達が島を発って航海を再開したとしても、こうしてたまにこの船にやって来てくれてるだろ?」


うん、と頷くなまえに、それが関係性ってやつだとマルコは笑った。


「その関係性を壊したくないから、おれはお前が話したくないんだろうと思った事は無理に問い質さなかったんだよい」

「なんで?海賊なら無理矢理にでも奪おうとしたり、従わせようとするものなんでしょ?」


カルヴァンを裏切ったかつての仲間≠フように。

力で従わせてこようとした、ドフラミンゴのように。


「バカ言うなよい」


けれどもマルコはそのなまえの言葉に、呆れたようにそう返した。

反対の席に座るイゾウもフッと息をつき、ナミュールとビスタにしたって反応は似たようなもので。


「確かに一般的な海賊はなまえの言うような、そういう奴らの事かもしれんがな。なまえは、そいつらとおれ達が『同じ海賊』だと思ってるのか?」


そう見えるか?と問うビスタに、なまえは強く首を振った。


「少なくともこの船の皆にはまだ…酷い事されたこと、ない」

「まだ、ってなんだよ、まだって!!これから先にもんな事しねェよ!!」


ナミュールのその言葉に続き、俺達がお前に嫌な事したら、お前はもうこの船に寄り付かなくなるだろ?と問うマルコ。
それに対し、またもやなまえは頷いた。


「お前さんにそうなって欲しくないから、おれ達はその関係性ってやつを大切にしてんのさ。言い換えれば皆、お前さんに嫌われたくないって事だ」

「嫌われたくない?…私に?」

「そうだよい」


驚いたように聞き返すなまえに、四人の方が逆に驚いたようだった。


「関係性ってのはそういう事だ。その相手と上手くやっていきたい、拗れたくないっていう、相手を想う気持ちから成り立ってる」


そのイゾウの言葉はよく分からなかったものの、なまえの中でもなんとなく彼等の言いたい事が分かるような気がした。

そこへ────────


「遅くなった!!サッチがどうしても自分もなまえと一緒に食いてェって言うからよ…手伝ってやってたんだ」

「なまえちゃん待たせてごめんな」


食事を取りに行っただけにしては随分と遅いと思っていたフォッサとラクヨウだったのだが、どうやらサッチを手伝っていて遅くなったらしかった。


「いたいた!なまえ〜!!!」


更にそこにハルタやアトモスなどといった他の隊長達も加わった事で、席はあっという間にぎゅうぎゅうになった。


「関係性…」

「お前さんが作り上げたのさ」


ポツリと呟くなまえに、イゾウはポンポンと優しくなまえの頭を撫でた。

ぎこちないながらも少しづつ打ち解け、歩み寄りを見せようとするなまえ。


「後でちゃんと…エレナにも謝らないと、」

「そうしてやんな。あいつはおれ達以上に、いつもお前さんの身を案じてるからな」


なまえとエレナのやり取りは知らないものの、大体の察しはついてるのだろうイゾウはそう言ってなまえのその言葉を肯定した。

少しづつ心を開いていく幼き日のなまえと白ひげ海賊団の、これはそんなとある日の物語。


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