なんだかんだありまして、結局なまえちゃんは僕の魅力に気づいてチョロ松兄さんに別れを告げ、僕の彼女になりました。めでたしめでたし。
物語なんてのはこれくらい奇想天外なほうがいい。けれど、これは物語じゃなく現実だった。悲しいことにね。そして、最悪なことにも僕の思ったとおり、なまえちゃんはやはりチョロ松兄さんを選んで、チョロ松兄さんも落ちるべくところに落ちた。本音を言えば、なまえちゃんが僕の彼女になることを最後の最後まで願っていたんだ。往生際が悪い?恋なんてものはそんなもんだ。僕を否定する奴はきっと本当の恋をしたことがないに違いない。
けれど僕は運が良い。だって今、彼女は僕の前で暢気にお茶なんかすすっている。ちゃぶ台を囲んで、のんびりとした時間を過ごしている。これ以上の幸せはない。いくら兄の彼女でも、なまえちゃんは僕の親友だ。それは変わりようのない事実。
「でもさぁ、本当にチョロ松兄さんなんかでいいの?」
「えー?トド松、それ言うの何回目?」
「いいや、ボクはいつまででも言うと思うよ。それこそ、なまえちゃんとチョロ松兄さんが結婚しても言うね」
「ケッ結婚なんて!私たちまだそこまで…」
「ハーイ、そういう惚気た空気になるのヤメテクダサーイ。ボクそういうの敏感だからね、ボクの前ではそういうの禁止」
「えー…出してないのに。難しいこと言う…」
「だって悔しいじゃん。ボクはあーんなにいっぱいアピールしたのに、結局持ってくのは喧嘩ばっかりしてたチョロ松兄さんだなんて」
「それについては…なにも言葉がアリマセン…」
「まぁ、ボクはボクの幸せより、なまえちゃんが幸せならそれが良いって本気で思ってるから、祝福はするけどね」
これは本音だ。僕にしては珍しく心の底からそう思ってるし、自分を欺いてもいない。不思議なくらい、君が幸せならそれが一番だと思える。これが無償の愛ってやつ?まったく、僕も彼女相手じゃ形無しだ。
「ありがとう、トド松」
「…べつに」
嬉しそうに湯飲みを持つなまえちゃんから視線を外す。まったくさ、なにしてても可愛いんだから困っちゃうよね。そんな顔で微笑まれちゃったら、こっちはドキドキするしかないじゃないか。
なまえちゃんの話では、あの先輩の女は会社を辞めたらしい。理由はなまえちゃんもよく知らないらしいけれど、辞表を出して消息が途絶えたのだそうだ。まぁ、ネットに乏しい田舎にでも行けば普通に暮らせるだろうし、死にはしないだろう。悪いことをしたつもりはない。いくら美女でも、自分のしたことのツケってのはちゃんと自分で払わなきゃ。そうでしょ?
「チョロ松遅いね?」
「ん?まぁいいじゃん。煎餅もあるよ、食べる?」
「うん、食べるー」
今日は、色々とお世話になった梅竹さんのもとに僕となまえちゃんとチョロ松兄さんの三人でお礼を言いに行くことになっている。なまえちゃんが座る横には菓子折りの紙袋。格好もしっかりビジネス用だ。どうやら、梅竹さんはもうなまえちゃんの職場の監査を終えて、今職場で会うことはなくなってしまったらしい。それはそれで嬉しい報告だ。けれどまぁ、僕らも彼にはお世話になったので、お礼ぐらいはちゃんとしておきたい。勿論、言いだしっぺはなまえちゃんだし、チョロ松兄さんは渋っていたけれど。あの梅竹って人は超がつくお人好しで、端的に言っていい奴だから、僕は嫌いじゃない。あつし君みたいに友達にもなれそうだ。
ああ、なまえちゃんが先程から待っているチョロ松兄さんについてだけど、これまでの色々が終わってから、チョロ松兄さんは兄弟みんなの前でなまえちゃんと付き合っていることを告白した。本当はずっと黙っているつもりだったのだろうけど、秘密にすることで話がややこしくなったり、万が一にでも、またなにか面倒事が起きることを避けたかったのだと思う。結果的に、僕はそれが正しい判断だと思う。なまえちゃんのことを狙っていたのは僕だけじゃないし、いつなにがあって他の兄弟がなまえちゃんを本気で好きにならないとも限らない。まぁ、僕ら兄弟の中で初めての彼女持ち、初めての裏切り者だ。穏便に終わるはずがない。チョロ松兄さんは今、二階の部屋で磔にされて火あぶりにあっている。しかもこれが三日三晩ほど続いている。ざまあ。
「…やっぱり遅くない?」
「そう?それよりさぁ、なまえちゃんやっぱりボクに乗り換えたりしない?」
「え、トド松?」
「ボクのが優しいよ?なまえちゃんのことめちゃくちゃ大事にするよ?」
「いや、あの…」
「ね、ボクじゃ、だめ?」
「駄目に決まってんだろ!!なに考えてやがるこのクソドライモンスター!!」
「ッチ」
「舌打ち!?」
「早かったねーチョロ松兄さん」
なまえちゃんに迫っていたら、ボロボロのチョロ松兄さんが息を切らして居間の襖を開け放った。ちょっと焦げ臭い。
「チョロ松!?えっ、なんでそんなボロボロなの?!」
「なまえ、早く家出るよ!ハイエナ共が…」
「コルアアアア!!チョロ松ゥウ!!まだ話は終わってねェぞォオ!!」
「兄貴を差し置いて一人だけ彼女だァア!?アアン!?」
「ウルァアア!?エェェエエエエグルアァアアア?!!」
「あははは!!あはははは!!!」
ハイエナというよりゾンビ、ゾンビというよりもうクリーチャーだ。この世に失恋モンスターほど怖いものはない。というよりあいつら、たびたび人間という概念を無視するのなんなんだろう。
僕はなまえちゃんの手を引いて立ち上がった。しっかり菓子折りの紙袋を持つなまえちゃんは、やっぱり僕らのことをよく分かってると思う。
「よし!逃げるよ!!」
「走れ!なまえ!!」
「ええええぇぇぇ…っ!?」
足をもつれさせながら、僕ら三人は走り出す。でもなまえちゃんの足じゃすぐあいつらに追いつかれちゃうから、チョロ松兄さんがなまえちゃんを横抱きに抱えて走り出した。
「うわ!?チョロ松!?」
「掴まってて!!」
「もう、ほんとボクの前でそういうのやめてよねー」
「トド松、ちょっと囮になってくれない?」
「ふざけんな!絶対嫌だからね!!」
僕らの掛け合いにも、後ろから追いかけてくるモンスター共にも、なまえちゃんは楽しそうに笑ってくれる。チョロ松兄さんはそれを見て、嬉しそうに笑ってる。なんだこいつら、意外と余裕だな。なんて思いながら僕も笑っていた。あーあ、もう本当僕らってしょうもないほど幸せな脳みそしてるよ、ほんとに。
閑話・これでいいのだ!!
嘘じゃない、僕は二人を祝福してる
(2016.08.11)