第七幕 松野おそ松の愛憐



はいはい、どーもどーも。松野家長男松野おそ松でーすっ。
いやぁ最近本当物騒だよね、毎日どっかで誰かが死んでたり、幼児誘拐とか、刃傷沙汰とか、女優とバンドマンの不倫とか、自然災害とか、世界情勢とか、国際なんちゃらがなんちゃら的なアレとかね?いや全然知らねぇけどさ。とにかく、明るいニュースがないって感じるわけ。それは国内、世界レベルだけじゃなくて、俺としては松野家レベルで起こってると思ってんの。あ、べつにこれは今に始まったことじゃないんだけどね?でもさ、俺ってば六人兄弟の長男だからさ。っても六つ子なんだけど。とにかくそれなりに責任感とか、一応あったりなかったりするわけ。それは、俺らの姉ちゃんに対してもそう。俺らには姉ちゃんが一人居るんだけど、これが結構厄介な性格しててさ。あー愚痴とかじゃなくてね?どっちかって言うと惚気なんだけど。姉ちゃんってなんでも一人でこなせるような完璧超人でさ、顔も可愛けりゃ性格も良い。やばいでしょ。そんなもんだから、俺ら六つ子から変に愛されちゃって、それが逆に可哀想っていうか。ね。俺が言うのもなんだけどさ、俺ら六つ子って、なんていうか、常識が欠落してんだよね。いやマジで俺が言うのもなんなんだけど。だから六人揃いも揃ってクズでニート。それもあって、ちゃんと働いてて、俺らに優しすぎる姉ちゃんが眩しくて仕方ない。多分、みんなそれぞれが姉ちゃんを手に入れたくて仕方ないんだと思う。

俺は、俺らの寵愛を受けるなまえが、憐れで仕方ない。

大好きなお馬さんに裏切られて、イライラしながら家に帰ったら、家はがらんとして誰も居なかった。なんだよ、構ってもらって元気付けてもらおうと思ったのに。いや、まぁ弟たちにそんなの望めないのは知ってんだけどね。どうしたって納まらないイライラにむしゃくしゃしてきて、風呂でも入れば少しはマシになるかと思って、脱衣所の戸を乱暴に開けた。そしたら、そこには先客の背中。

「え?」
「あっ」

線の細い白い肌。初めて見る姉ちゃんの濡れた素肌だった。

「うわぁ、これが世に言うラッキースケベ?」
「ふざけてないで、閉めなさい」

ふざけてないのに怒られてしまった。なんだよもう、と愚痴りながら戸を俺の後ろで閉める。

「…ちょっと待って!なんで入って来たの!?」
「え、だって閉めろって言ったじゃん」
「普通は入らないね!?」
「えー、だって俺も風呂入りたいし」
「いや、だから、私はもう出るから!だから服着るまで外で待っててよ!」
「ええーいいじゃん姉弟なんだしさぁー」

タオルで体を包んで、こちらに背中を向けている姉ちゃん。だから残念なことに大事なあれやそれを俺は拝めていない。バスタオルって意外と面積少ないから、太ももも胸元もギリギリではあるけどね。それでも生で女体を見る機会なんてそうそうないから、もう少し見ていたいし、あわよくばおっぱいだけでも見せてくれないかな。

「…おそ松、なんかよからぬこと考えてるでしょ…」
「いやぁまさかー、姉ちゃんのおっぱい見たいなーって思っただけ」
「出てけ変態!!」
「ははは、まぁまぁ」
「まぁまぁじゃない!!」

背中を向けていることに危機感を覚えたのか、こちらに振り返って後ずさる姉ちゃん。そんな警戒しなくたっていいのに。それに、本当に警戒すべきは俺なんかじゃないでしょ。

「てか、脱衣場には鍵ついてんだからさぁ、掛けてなかった姉ちゃんのミスでしょ?」
「そ、れはそうだけど…!」
「はい、じゃあ掛けておくねー」
「だからなんで出て行かないの…!?」
「つーか、姉ちゃんがこの時間に家に居るっておかしくない?」

戸の鍵を掛けて振り向くと、姉ちゃんの視線が逸れた。わっかりやすいなぁ。

「会社は?休むの初めてじゃない?」
「べつにいいでしょ、有給溜まってるし…」
「うん、そこはべつにいいんだけど。俺が気になってるのは、理由のほう」

まぁ、聞かなくてもなんとなく察しはつくけどね。
昨日の夜遅くに姉ちゃんはカラ松と一緒に帰ってきた。本人たちは駅で会ったからご飯を食べて来ただけと言ってたし、俺が受けた姉ちゃんからの電話でもそう聞いてはいたけど、あんな雰囲気じゃバレバレなんだよなぁ。でも気づいてるのは俺だけっぽい。やっぱり長男だから、そういう察しもいいんかね?姉ちゃんとカラ松の関係に気づいたのはもう随分と前のことだ。それこそ、中学生くらいのとき。それに、こうして肌を晒した姉ちゃんを見れば、笑っちゃうくらいに証拠だらけだ。一松は昔から噛み癖があるから、なんとなく一松の歯形は分かる。でも、背中にまで広がっていた鬱血痕とか、首に残る歯形は別の奴のものだろう。背中、よく見たら太ももの内側にまであるキスマークはカラ松かな。あいつは人一倍独占欲の強いサイコパスだから、もし姉ちゃんを傷つけたとしても自覚さえ持ちそうにない。一松が歯形をつけるのも、マーキングのためだってことも知ってる。マーキング方法は詳しく知らないけど、それだけなら一松なんて可愛いほうだ。首のはそれを真似した他の奴かな、噛み痕に遠慮があるし、多分十四松。他にやりそうな奴居ないし。十四松はまだ純真だ。姉ちゃんのことを大切に思っている分、大きな行動は起こさないし、起こしたとしても、それは姉ちゃんの心を傷つけるようなものじゃない。トド松は素知らぬ顔してドライモンスターだから、あいつは心ン中で色々企むほうだ。計画を立ててる間に他の兄弟に抜かされる典型的な末っ子。トド松はカラ松が姉ちゃんになにしてるかなんて知らないだろうし、知らないままで良いと思う。まぁあいつもあいつで、姉ちゃんのこと飼いたいとか思ってそうだし、頭おかしいよね。チョロ松に至っては姉ちゃんに理想全部押し付けて、まるっきり神格化してるし。あいつこそ、姉ちゃんが処女じゃないって知ったときが怖い。ハハッ、多分カラ松殺すかもね。あーマジでなにするか分かんないから、なに言っても冗談にならないな。
さて、姉ちゃんは今誰のことで悩んでんのかな?原因なんて腐るほどありすぎて、本当に可哀想だ。

「理由なんて、ちょっとサボりたかっただけ…」
「体つらい?」
「…え、は?なんで…?」
「いや、やっぱり負担掛かんのかなぁーって」
「………、」
「俺は女じゃないから、姉ちゃんのつらさとかは分かんないけどさ。でも長男長女同士なんだから、俺に頼ってくれていいんだよ?」
「長男って、おそ松も私の弟でしょ…」
「えー、じゃあ姉ちゃんは誰を頼るわけ?」
「私は、長女だもん。誰にも、頼らないよ」

あーもう、これだよ。こういうところは本当厄介だよね。
俯く姉ちゃんの腕を掴んで、力任せに抱き寄せた。触れたことなかったけど、姉ちゃんってこんなに小さかったんだな。

「ちょっと、おそ松!服、濡れるよ!?」
「馬鹿だなぁ、姉ちゃんは」
「……っ」

ぎゅっと力を込めて、濡れた髪を撫でて姉ちゃんの顔を俺の胸に埋める。素肌に触れる手で、姉ちゃんの体が熱いことを知った。他人の素肌って、こんなに気持ちよくて熱いものなのか。

「俺を頼れって言ってんじゃん」

こんなに小さくて、華奢で、簡単に壊れてしまいそうなのに、全部を一身に抱え込もうとする。そりゃ、働いてない俺らも悪いよ。でも甘やかしすぎる姉ちゃんにだって非はあるんだよ?負担を掛けられてる分、俺らにも負担や迷惑を掛ければいいのに。

「俺はいつでも姉ちゃんの味方をしてあげる。それがたとえ家族を敵に回すようなことでもね」
「おそ松…」
「あいつらのことボコって来いって言うなら、喜んでしてくるよ?俺強いし」
「それは、いいよ…」
「そう?じゃあ、あとはーなんだろ、金はないしなぁ」
「いいって、全部、大丈夫だから」
「あ、じゃあさ、一緒に逃げるっていうのは?」
「は?」

姉ちゃんの顔が上がる。姉ちゃんとこんな至近距離で見つめ合うなんて初めてだ。

「一緒に、この家も家族も捨てる?」
「なに、言ってるの、おそ松、」
「なにって、そんままの意味だけど」
「そうじゃ、なくて…っ」
「だって俺さ、気づいてんだよ」
「…なに、に」

「なまえが、俺らのこと嫌いなの」

面白いくらい、姉ちゃんの目が見開いた。口が戦慄いて、愛らしい唇が半開きだ。つい衝動的にその口を塞いでしまった。

「っんん!?」

うわぁ、女の子の唇ってマシュマロみたいに柔らけぇ。ちょっと湿ってるのがまた。離すときに、ちゅっと自然と音が立った。脳天が痺れる。

「知らなかったなら教えてあげるけどさ、」
「…お、おそ、まつ、」
「俺もなまえのこと、女として見てっから」

だから、姉ちゃんが俺らのこと嫌いでも関係ないんだ。ほんと、ご愁傷様。

「俺だけは、絶対に姉ちゃんを逃がさないよ」

俺が笑うと、姉ちゃんも脱力したみたいに笑った。
体も脱力したのか、倒れるように俺の胸にもたれて来たので、倒れないようにしっかりと抱きしめる。

「ねぇ、一緒にお風呂入ろうよ。姉ちゃん、体冷たくなってきてる」
「……、そう、だね」

あはは、姉ちゃんって本当に可哀想。


愛しくも憐れな俺らの姉ちゃん


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