女の子は砂糖菓子とマシュマロで出来ている。
(どこもかしこも甘くて、やわらかい)
女の子の肌や唇は、チョコレートだ。
(触れたら、ぼくの熱で溶けてしまう)
女の子は花の妖精でもある。
(いつも良い匂いがして、ぼくなんかはさながら翻弄されるミツバチ)
女の子には夢がいっぱい詰まっている。
(女子サイコー!!!!)
チョロ松の迷妄ライジングがとどまるところを知らず、次々に彼の口から紡がれていく。これは、さながら虫と言うより、カラ松に程近い。
「それで?私にどうしろって?」
「デートして!!」
「…あ、今日降水確率60%かよ、洗濯物干して来ちゃったよ…」
「?ぼくと、デートしてほしいんだけど」
「うん、聞こえてはいたんだ。目の前だもんね、アンタ叫んでるもんね、そら聞こえるよね?聞こえたうえでシカトしてたんだよシコ松」
「シコ松言うな!!いやさ、お前も一応性別は女じゃん。ぼく、本物の女の子とは緊張して話もできないんだ。だから女の子と話したりする練習にさ、デートしてほしいんだよ」
「チョロ松の言う本物の女の子ってお菓子と花の国のクリーチャー?じゃあ私が含まれないのも納得だわー、私ならその本物の女の子とやらと会話もしたくないどころかエンカウントもしたくないけど」
「お前分かってないなー。なんで女の子ってさぁ、良い匂いがしてさぁ、抱き締めたことないけど、抱き締めたら折れそうでさぁ」
「ポッキーの話?」
「ぼくも女の子と普通に会話できるようになって!あわよくば!てててててて手なんか繋いじゃったりいいいいいヒャアッホオオオオオー!!!女子サイコー!!!夢の生き物!!JOSHI!!!」
「まぁ落ち着けよライジング」
「ライジングしてねぇよ!!!」
「それで、私にデートの練習相手になってほしいと」
「そうなんだよ、言うなればこれはぼくの未来の彼女のため!!」
「あ、そう。ところでそれ、私になんの得が?」
「?お前も男とデートする練習になるだろ?」
…ごくん
「…色々言いたいこと飲み込んだよ…。感謝しろライジングシコスキー」
斯くして、とまとめていいのだろうか。「じゃあ、次の休みな」と私の都合など一切無視して話を進めたこのどクズは、あまつ「オシャレして来いよ!じゃないとデートって感じ出なくてイメトレにもなんねぇから!」と失礼極まりないことをいけしゃあしゃあとのたまいやがった。
釈然としないまま、本日を迎えました。
約束は午前十時、駅前。本当はスウェット上下で来ても良かったし、髪もメイクも手の込んだことしなくて良かったんだけど、そんなことをして後でうるさく言われるのも嫌だし、後でって言うかその場でツッコミもらって怒鳴られるとかマジ御免なので、私は松野家に着て行ったことのないワンピースとカーディガンを着て、メイクも髪も合コンのときや女友達と遊ぶときと同じくらいにはきちんとした。
こう言うと、私が如何に松野家の兄弟たちの前でだらしない格好なのかと思われるかもしれないが、そんなことはない。デニムにTシャツとかラフな格好で、髪はだいたいひとつ結び、メイクは眉を描くくらいだけれど、べつに他人から言われるほどひどい格好ではないはずだ。だいたい六つ子の前でオシャレなんかして私になんの得があるって言うのか。どうせ褒めもしないのだから自然体でいいじゃないか。髪を切っても気づかないくせに、なにがデートだオシャレだ本物のクリーチャーだ。チョロ松のクズさにはほとほと嫌気が差す。
などと一人で悶々と考えている間に、待ち合わせの駅前にチョロ松がやって来た。人に言っておいてお前はデートする気があるのかと聞きたくなるほど普段着のツナギ。クソが。
しかし、こちらがチョロ松にオシャレを求めるなんてのは御門違い。彼のクソ底辺なセンスを今更どうこう言ったところで始まらない。一応待ち合わせの十分前にはやって来たのだからよしとしよう。
しかし、いくら待ってもチョロ松は近づいて来ない。痴漢防止のポスター前と連絡してあるから、すぐに分かるはずなのだけど。キョロキョロチョロチョロ。辺りを見回して時計を見て、眉間に皺を寄せて腕を組んで、そのまま指で腕をトントン。何してるんだアイツ。
その状態で二十分。見てる私も私だが、私を見つけられないチョロ松もチョロ松だ。なんだコイツ極端に視野が狭いのか?
「ねぇ、チョロ松、」
「ああーっ!もう!お前、遅刻だ、…ぞ」
「いや、チョロ松より早く来てたし。チョロ松が私居るのに気づかないでチョロチョロキョロキョロしてたんでしょ。なに、目悪いの?」
「…お、おま、お前だよな…?」
「え?どうした?寝起き?」
「いや…っ!わ、分かるかよ!!いつもと全然違うじゃねぇか!!見つけられるわけないだろ!?」
「うわ、怒鳴られた。しかも理不尽な逆切れ。テンションぶち下がりなんだけど。…てか、オシャレして来いって言ったのチョロ松でしょ?いや言うほどオシャレもしてないんだけどさ」
「おま、オシャレして変わるとか、原型どんだけニュートラルなんだよ?!」
「いや、知らないよ。なんなのいったい」
「だって、お前!!そんな、だって…」
「???」
沸騰したように顔を真っ赤にさせたチョロ松は、私の頭の天辺から足先までを隈なく何度も見返して、口をパクパクさせている。その勢いのままポロっと首が取れてしまわないか心配だ。
「か、かわ…」
「…川?」
「……いや、なんでも、ない」
「あ、そう。じゃあとにかく行こうか。チョロ松のデートに付き合うんだから、プランは立ててきたんでしょ?」
「ったりまえだコラ!練りに練られた完璧なプランニングと演出感のない綿密な演出に度肝抜かすぞ!!」
「はいじゃあ行こう」
なぜか興奮しているチョロ松を放って、とりあえず駅前から移動しようかと歩き出す。慌てて後ろからついて来たチョロ松が隣に並ぶと、今まで気にしていなかった身長差ってやつを感じた。今まで松野家で会うことはあっても、外で二人で会うこともなかったし、まぁ確かにみんなほぼ同じ身長だから物凄く今更な感想なのだけど、こいつも背高かったんだなぁ。あいや私が平均より低いだけかもしれないけど。
なんの気なしに見上げていると、チョロ松は変な汗を掻きながら目線を忙しなくキョロキョロチョロチョロさせている。挙動不審すぎて隣に居る私でさえ不安になるくらいなのだが。
「あ、あの、あのあああの、」
「え、怖い。どうしたのチョロ松」
「あのっ、さ!」
「なに」
「……とか、…ないでも…」
「ん?」
「だだだだだだから!!てっててってて手ェとか!繋いでもいいのかな!って!!」
「こ、声でかいよ…なに、手?繋ぐ?」
「つつっつつ繋いでくれんの?!」
「いいよ、手くらい」
「手くらい?なんでお前そんな平然としてられんの?慣れてんの?ビッチかよ!!」
「だから声でかいってば。公共の場でビッチとか叫ぶなゲスチョロ。慣れてるとかじゃないけど、別に嫌じゃないからいいよってこと」
「…そ、それって、なに、ぼくだから、嫌じゃないってこと…?」
「まぁそうなるかな、チョロ松と手繋ぐの嫌じゃない」
「…そっか、嫌じゃ、ないんだ」
よく分からないけど、機嫌は直ったらしい。先程まで声を荒げていた人間とは思えないような顔つきで、表情を綻ばせている。なんでか、嬉しそう。
ぎこちなく手を繋いで離れた駅前。少し汗ばんだチョロ松の手が微かに震えているようでもあるけど、慣れてないんだからと目を瞑ることにする。目的地は決まっているらしく、スマホの地図アプリと前方の道を交互に見ながら進んで行くチョロ松に、半ば引っ張られるようにして私も後をついていく。歩幅が合わないとかも仕方ない。一応後で注意しておこうかな、練習なんだから今後に役立つアドバイスをしなければ。私って優しいなぁ…
「ここ、なんだけど」
「わぁ、並んでるねぇ」
「こんなに並ぶんだ…」
着いたのは、雑誌でも話題の海外輸入のパンケーキ店。まぁ人気の通り、ランチタイムからずれてはいるけどなかなかの行列だ。
「まぁ人気店はどこもこんなもんでしょ」
「たかがパンケーキだろ?なにがそんなにいいんだよ。いや分かるよ?甘いし美味いんだろうね、でもこんなに並ぶほどかな?みんな他に有意義な時間の使い方知らないわけ?」
「本末転倒な愚痴を言うな。だいたいそれ、今から並ぶ自分にも同じこと言えるの?」
「…やっぱり、やめる?」
「やめるのはいいけど、プランはいいの?デートの練習なんだから、女の子が行きそうなところ行って、こういう行列でも相手を退屈させない話術の練習しなくていいの?」
「お前、急に高度なこと求めてくんなよ」
「いや、アンタは少しくらい無理をしなよ」
「ぐぐぐ…」
「はいじゃあ並びましょう」
うだうだ言ってても仕方ない。凶悪な顔で渋るチョロ松の手を引いて、行列の最後尾に並ぶ。眉間に皺は寄ってるし、つり目だし、歯軋りまでして。そんなに嫌かコイツ。ほんとクズだな、少しは隠せよ。
「…で、なに話せばいいの」
「不機嫌を露わにしないでくださいチョロ松くん。デート中なんですけど」
「…はぁ、うん、大丈夫。んで、なに話せばいいの」
「(高圧的に見下ろされてるが、まぁいいか)なにって、そーね…天気の話題とか」
「あー今日曇りだね」
「これから食べるパンケーキの話とか、」
「画像調べたけど八割生クリームだよ。でも千円越え。どんだけ高級な生クリームだよ」
「あとは、お互いのこととか」
「あ!にゃーちゃんの新しいシングル出たの言ったっけ?いやもうこれが超いいんだ!初のバラードでさぁ!ぼくなんかもう五十回は泣いたね!!」
「……お前、本当にダメな奴だな」
「はあ!?なんだよ急に!」
ダメだクズだと思ってはいたけど、こんなにも出来ない奴だったとは。
体の奥から吐き出した溜め息に、目の前のクズはさも不快だと言いたげな顔をした。
「…優しい私が一から直してやるから、マジで頭に叩き込めよ童貞シコスキー」
「童貞シコスキーとか言うな!!」
「まず天気。今日は曇りだねーから話を繋げるの。「今日は曇りだね、雨は降らないみたいだから却ってこのほうが過ごしやすいかもね。外を歩くにもちょうどいい気温だし、パンケーキ食べたら食後の腹ごなしに散歩とかもいいかもね」…はい、ここまでが模範解答」
「な、長え…、天気の話題からそんなに話広げるとか、お前神かよ」
「一般人だよ」
なんだよ神って。
「次パンケーキの話題ね、これについてはもう全然ダメ。「調べてる時に画像見たけど、見た目もボリュームあって食べ応えありそうだったよ。種類も多くてどれにするか悩んじゃいそうだな、もし良ければぼくの分も選んでもらえる?それをシェアすれば二つの味を楽しめるし。値段はちょっと高めかもだけど、どんなパンケーキなのかわくわくするのが勝っちゃうよね」…とかさ」
「わぁ…全然憶えきれない。なんの話だったかも分かんなくなった」
「パンケーキの話だよ。ネガティブな要素は言わないで、言ったとしても「けど・でも・だけど」で逆転させて持ち上げるの」
「ほうほう」
「あとお互いのことについては、私はチョロ松がドルヲタガチ勢だって知ってるからいいけど、初対面とか浅い仲の相手ならまずはジャブから、「地下アイドルって知ってる?」とか。知らないって言われたら「地下アイドルも結構良い歌唄うんだよ」からスタートね」
「結構良い歌じゃねぇよ、全部神曲だよ!!!」
「めんどくせぇな。…だから、例だから。あーそれと、自分のことはさらっと済ませて、相手に質問するのもいいよ。女の子は大抵質問とかに答えるの苦じゃないと思うから。例えば好きな色とか、パンケーキに絡めて「スイーツは普段食べるの?」とかさ」
「…もう、無理!!難しすぎんだよ!!初心者にも分かりやすくしろよ!?」
「……………」
救いようがないので、閉口した。
その後もぎゃあぎゃあとうるさいチョロ松に、アドバイスしたり、適当に流したりして時間をやり過ごし、なんとか席に着く順番まで時間を潰すことが出来た。
明るくて雰囲気の良い店内の、比較的中央に位置する丸テーブルに案内される。小洒落た装飾のメニュー表を広げて、ちらりと目の前の男を盗み見てみるが、この男、既に挙動不審である。
「…落ち着きなよ、チョロ松。誰も取って食ったりしないんだから」
「あばばばば、ここはもうぼくの居る場所じゃない、上流階級の社交場だよ!」
「パンケーキ店相手になに言ってるの」
「みんなぼくのこと蔑んでるに違いない、だってなんか凄い良い匂いとかするし、店内明るいし!」
「多分、だいたいのパンケーキ屋さんは良い匂いがして内装明るめなんじゃないかな」
「どどどどどうしよう、これ絶対浮いてるよ、浮きまくりだよ」
「わー、ここのメニュー結構種類あるよー」
「アッ、無視ですか」
「ほら、チョロ松どれ食べたい?」
「えー?全部、同じに見えるな…」
「思っても口に出すなそういうの」
「ねぇ、これに乗ってる花ってなに?食べられるの?」
「飾りじゃない?ほら、ハワイアンって書いてあるし」
「それ説明になってる?なんでパンケーキに飾り?彩りってこと?甘いだけじゃダメなの?」
「私が二つ決めるから、ちょっと黙っててくれるかな」
仕方がないので、スイーツ系と食事系から適当に当店オススメと銘打ってあるものを一つずつ選んでそれに決めた。
店員さんを呼んで注文をしている間も、チョロ松の視線は定まらず、さっきからガブガブとお冷を飲み干している。あ、氷食べ始めた。
「スイーツ系と食事系頼んだから、半分こしよ」
「なんでもいい。ぼくはそろそろこの空気に耐えられない」
「早いな、まだ入店して十分も経ってないよ」
「こんな一軍様御用達の上流階級の社交場に、ぼくなんかが来るべきじゃなかったんだ…」
「チョロ松、愚痴ばっか」
「愚痴じゃない。疑問と真実だ!!」
「叫ぶな落ち着け。てかさぁ、ここ選んだのチョロ松でしょう?」
「そうだよ、ぼくだよ。だって、こういうところ女の子好きじゃん?絶対店内で浮くと思ったけど、お前と二人で浮くなら別にいいかなって思ったんだよ。そしたらお前、なんだよオシャレして来ちゃってさ!浮いてるのぼくだけかよ!?」
「オシャレしろって言ったのチョロ松だし、私と二人で浮くならって私のこと馬鹿にしすぎだし、あと浮いてるのはアンタが声張り上げてるからだよ」
「なんでお前は平然としてられんの?!」
「いや、むしろさぁ…あーもう、聞くのもだるいんだけど、チョロ松は私のことなんだと思ってるわけ?」
「は?なにって…?」
「私も普通に男の人とデートもするし、人並みにオシャレもするよ。パンケーキ屋さんとかオシャレなカフェだって友達とよく行ったりするし、チョロ松の中じゃ非モテの喪女で六つ子くらいしか男の友達居ないみたいに思ってたのかも知れないけど、そんなわけないから。リア充とまで言われなくても、普通に男女問わず友達居るから」
「お、おま…だって、お前、彼氏…」
「うん、居ないよ。でも居たこともあるし、こんなところで言うのもなんだけど、私新品てわけじゃないから」
「っ?!は…?」
驚愕をそのまま表した表情を浮かべて固まるチョロ松。お冷を飲みながらオブジェみたいなそれを見ていると、タイミングよく店員さんがパンケーキを運んで来てくれた。
たっぷりの生クリームにキャラメルソースが掛けてあって、リンゴのコンポートとバニラアイスが添えられ、ナッツが散りばめられたスイーツパンケーキと、シーザーサラダとチキンが乗った食事系パンケーキのふたつだ。どちらも凄く美味しそう。
「ほら、もういいから食べよう。美味しそうだよ」
「…いや、無理…」
「え、嫌いなものあった?なら避けるから、少しは食べてよ」
「お前のそんな話聞かされた後じゃ、無理…は、吐く…っ」
「え、えええ?!ちょ!!ここではやめて!!トイレ!!トイレに行って!!!」
トイレに駆け込んでいくチョロ松の背中を、なんとも言えない気持ちで見送る。近づいてきた店員さんに「お連れ様大丈夫ですか?」と大層心配げに声を掛けられた。お騒がせしてすみません。大丈夫か大丈夫じゃないかで言ったら絶対大丈夫じゃないけど「大丈夫です」と答えて、私は目の前のパンケーキにフォークとナイフを入れることにした。
待つこと一時間弱。あいつ大丈夫かな、なんて真面目に心配していると、やっとチョロ松がトイレから帰って来た。焦燥しきった真っ青な顔で席に着いたチョロ松に、私は掛ける言葉を探すはめになる。
「大丈夫…、じゃないよね。もうお会計は済ませといたから、とりあえず店出よう?」
「……うん」
青白い顔のチョロ松を近くの公園まで誘導して、ベンチに座らせた後、近くの自販機で買ってきたミネラルウォーターを渡した。
こくこくと飲み干して息をついたチョロ松の顔色は、さっきよりだいぶマシになったみたいだ。まったく、手の掛かる童貞である。
「落ち着いた?」
「………ごめん」
「いいよ、大丈夫。…でもやっぱり兄弟だねぇ、メンタル弱いのは一松だけかと思ってたけど」
「あの闇人形と一緒にすんじゃねぇ!!」
「あ、元気になった」
「…っ、べつに、…元気、とかは違くて」
「うん」
「…単純に、なんかすげぇ落ち込んだ…っていうか…」
「あー、私が同じ底辺じゃなかったから?」
「…違う、お前のこと馬鹿にしてた自分に気づいて、落ち込んだ…」
「あら、」
「ぼくは、…あー、なんて言ったら、…ごめん。べつに馬鹿にしてたわけじゃないんだけど、それでも、お前のことなんも知らなかったし、勘違いもしてた…と思う、から、申し訳ございません」
「べつにいいよ、気にしてない。そんなの気にしてたら、君らと付き合っていけないし」
「まぁ確かにそうだよな…兄弟代表としても謝るよ。本当、すみませんでした!」
「はいはい顔上げてー、いいから。お互い知らないことあげだしたらきりないし、私の言い方も悪かったよ、ごめんね」
「…それで、…あの、さ」
「うん?」
「お前…ほんとに、その…」
「?……あー、…新品のくだりは嘘だよ」
「っふぉ!!おま!!びっくりしただろうが!!なんだ嘘かー!!あーもう本当、目の前真っ暗になったっつぅの!!」
「…うん、ごめんね」
処女崇拝のチョロ松のためにも、必要な嘘ってあるんだなと学んだ日である。
というか、こいつは周りに同属しか置きたくない虚弱メンタルの持ち主なのだろうか。兄弟に彼女とか出来たら発狂しそうで心配だな。
「それで、どうする?パンケーキ屋さんは失敗だったみたいだし」
「…面目ない…、てか、お金!パンケーキ代払ったって言ってたよな?!払うよ、いくら?」
「いいよ、結局チョロ松食べてないでしょ。私も一人で二皿つつくっていう贅沢を味わえたし」
「え、お前あれ全部食ったの?」
「まさか。少しずつ食べて、店員さんに下げてもらったよ。お店には悪いことしたよね」
「もう行けないよな…」
「あはは、行かないでしょアンタ」
「確かに。…じゃなくて、いくらだった?って!」
「だから、いーってば」
「それだとぼくが女の子にお金払わせて、トイレで吐いてただけのクズみたいになるだろ!?」
「アッ体裁のためか、いやしかもそれ事実だし。…あ、じゃあさ、プリクラ奢ってよ」
「は、…プリ、クラ?」
「チョロ松が今後も行かなそうでやらなそうなものをやろう!せっかくだし!」
「なにがせっかくなんだよ」
「ほら、デートの練習なんだし。一般的な女の子が行きそうなところ行こう!よし、行くよ!」
「わ、ちょっとっ!」
ベンチから立ち上がり、チョロ松の腕を無理やり引っ張って、駅近くのゲーセンへと足を踏み出す。後ろでたたらを踏んだチョロ松からぎゃあぎゃあ文句があがったが、軽く流しておいた。
これで彼のデートの練習が終わったら可哀想だなって思いもあったので、少し強引だったかも知れないが許してほしい。もうチョロ松のプランなんてものはパンケーキ屋さんの時点で崩れてるだろうし、あ、あと演出感のない綿密な演出だっけ?それは欠片も感じなかったけど、それはまぁ実践のときにでも発揮してもらおう。
ゲーセンは若者で賑わっていて、様々な音に溢れていた。まさに騒音ってやつだ。チョロ松を見上げれば、分かりやすく顔面を歪めている。こいつ、本当に顔に出るなぁ。
地下にあるプリ機フロアまで引っ張って、立ち並ぶプリ機を軽く見回してみる。私自身も結構久しぶりだし、少し見ないうちに種類も性能も多様化されているようだ。いつもなら迷うところだけど、チョロ松相手だしなんでもいいか。早く帰りたそうだし。
ん?お、あれは
「ねぇ、チョロ松、コスプレの貸し出しがあるよ」
「え!?マジで?」
今まで不機嫌そうだったのに、コスプレと聞いた瞬間に目を輝かせるクズ。変態め。
「クオリティは低いけど、無料で貸し出してくれるってのが凄いな。こんなサービスあんのか」
「チョロ松、目がマジだね」
「うん、マジで選んでる」
「それ男物じゃないよ?」
「は?ぼくが着てどうすんの」
「あー私かー…」
言わなきゃよかったなぁ。
嬉々として女物のコスチュームを選ぶ成人男性。それでなくてもチョロ松だ。それなりに気持ち悪い。こいつ絶対デートの練習っていう名目忘れてるんだろうな。
そばに居た店員さんに選んだコスチュームを借りてるチョロ松。なんだよ、こういうときだけ女性店員と普通に会話できるのか。恐るべきコスプレへの執念。
「おい、あそこの試着室で着替えられるって」
「……不本意でしかない」
「いや、コスプレって言い出したのお前じゃん」
「あるよって言っただけなんだけど。あー恥ずかしい、ちょっと待ってチョロ松のも選んでくる」
「ええ!?俺のはいいから!!」
「死なば諸共」
今、俺って言ったから素で嫌がったなこいつ。人には選んでおいて。
あまり時間を掛けたくなかったので、自分に渡されたコスチュームと対になるようなやつを選んで手早く店員さんに貸し出してもらう。それを雑に手渡して、試着室へと急いだ。ぱっぱとプリクラ撮って終わらせよう。
「っうお」
「うわぁ」
試着室から出たお互いを見て、チョロ松は顔を赤くして、私は口元を歪めた。
赤いケープに赤と白の簡素なワンピース、俗に言う赤ずきんちゃんってやつ、に身を包んだチョロ松は壊滅的に気持ち悪かった。腕は出てるけど、一応下に緑のズボンが見えてるから、ツナギを腰で縛って留めてるのだろうか。対して私は、茶色い獣の耳に尻尾、同じ色味のフェイクファーのベアトップワンピという出で立ちだ。因みにフェイクファーのリストバンドと、レッグウォーマーみたいなの、それから鼻と口と髭が一緒になったゴムで止める鼻マスクみたいなのも付属していた。マスクはさすがに着けなかった。
「本当、チョロ松変態」
「はあ?!赤ずきん選んだのお前だろ!!」
「違う。女の子用のオオカミ衣装選ぶその神経がそもそも」
パシャッ
「説教してるときに写真を撮るな…!!」
「あ、ごめん、つい」
「いーからもう早くプリクラ撮って着替えよう」
手近の空いてるプリ機に滑り込んで、コイン投入口を指差す。
「はい、お金入れて」
「四百円って、全然さっきの店と釣り合いとれてないじゃん!」
「いいから、つべこべ言わないでさっさと入れろ!」
口の中でぶちぶち文句を言ってるチョロ松がお金を入れて、やっとプリクラスタートだ。ここまでなんでこんなに長いの?
「え、なにこの撮影イメージのキュートとセクシーって。なにがどう変わるわけ?」
「知らないけど、そういうものなの。全部適当に選ぶからね」
「うん、任せた」
肌の明るさとか目の大きさとかはオススメを選択、フレームは適当にシンプルなセットを選んで撮影スタートだ。
「チョロ松、この緑のところまで下がって」
「おお…、全身映ってる。すげえ恥ずかしい」
「右に同じ」
ハイ!チーズ!なんてお姉さんの可愛い声で言われても、全然釈然としない。ぎこちない顔でピースする二人。なんだこれ。何枚か撮っても、変なぎこちなさが残って、笑えるというよりは、コスプレしてるだけにすべってる感がやばい。
「あ、ここから接写だね。チョロ松、ほらこっち」
「え、近くない?」
二人で同じポーズしちゃお!
「いや、でもそういうフレームなんだよ。ほら、同じポーズだって」
「いや、でもさ」
「もぉ!めんどくさい童貞だな!」
ハイ!チーズ!
「童貞って言うな!お前ね、そうぽんぽん童貞とか口にしない方がいいからな!女だろ?!」
「うわー、男女差別だ」
「そうじゃなくて、言葉に気をつけろって言ってんの。嫁の貰い手無くなるぞ」
ラブラブ〜!もっとくっついちゃお!
「はい、それセクハラだから。社会に出てそんなこと女性に言ったら訴えられるよチョロ松。ニートで良かったね」
「お前なんでそうムカつくことしか言えないわけ?」
ハイ!チーズ!
「チョロ松が発端でしょ。私は言われたら言い返す性格なだけ」
「うわ、ムカつく。せっかく可愛い格好して来てるのに、そういうので台無しになるから」
「うーっわぁ…、可愛い格好って、コスプレさせといて、マジで引くんだけど」
「は?っはあ?!ちが!今の格好じゃなくて!さっきまで着てたやつだよ!!」
青色のラクガキコーナーに移動してね!
ハッとしたときには、いつの間にか確認画面とかも終わっていて、お姉さんの可愛い声でアナウンスが流れていた。なにやってんだろ私たち。
「…なにしてんだろうね、コスプレしてプリ機の中で喧嘩とか」
「……うん、だね」
お互い黒歴史になるだろうコスプレをして、プリ機の中で楽しむでも事務的にこなすでもなく喧嘩して。改めてこの異様な空間を受け止めてみると、うん、イタすぎて笑うしかない。イタい度はカラ松を上回る。
顔を見合わせて、お互いに乾いた笑いを浮かべて、すごすごとラクガキコーナーへと移動した。チョロ松はラクガキってシステム自体を理解してないみたいだったので、私が適当に日付と文字を書いて終わりにする。最近のプリ機はシールが出てくるのも早い。私の知ってるプリ機は前時代のものなのかもしれない。
とりあえずコスプレから着替えて、フロアに設置されてる休憩スペースでチョロ松とプリクラを眺める。
「凄いな、目とかやばい。ぼく気持ち悪くない?つーか、ぼくの足消えてんじゃん」
「あっはっは!本当だ足消えてる!緑だから仕方ないねー、てかチョロ松超目でかい!トド松そっくり!」
「そりゃまぁ六つ子だしね、お前も別人。これは騙されるわ…」
「こらこら、騙されるってなんだ。だいたいプリクラは詐欺ってのが世の常識なの。写真見せてーって言ってプリクラ見せて来る奴は実物ひどいよきっと」
「マジか、騙されないようにしよう」
「無理無理、チョロ松ちょろすぎだから」
「あー…可愛い女の子に手篭めにされたい」
「はい、クズチョロ出ましたー」
プリクラは、ぎこちなくしてるオオカミと赤ずきんの変態二人か、言い争ってる横顔しか映ってなかったけれど、これはこれで良い記念なのかもしれない。落ち着いて見てみるとイタすぎて逆に笑える。
「…つーか、ここに書いてある”E−”ってなに?」
「今日のチョロ松の評価」
「はあ!?イーマイナス?!さすがにもっと上だろ!?」
「いや、頑張って加点してもそのくらいかなー。あ、言い忘れてたけど、女の子と手繋ぐときは歩幅合わせてあげなきゃダメだかんね。ヒールとか履いてんのに引っ張るのはナシだわー」
「…今後の不安が大きすぎて潰れそう」
「不安持ったほうが良いよ。今日の感じだと即効フラれるね、間違いなく」
「やっぱり、そう思う?」
「うん。多分パンケーキ屋さんで帰ってる」
「だよなぁー…」
ポップな色の丸テーブルに項垂れるチョロ松。あんまり落ち込まれるとめんどくさいので、慰めるように頭をぽんぽんしてやった。
「今後に期待ってことで、ね?」
「お前…いい奴だな」
「今更気づいたの?」
「…いや、知ってたけど」
目元を染めたチョロ松は、プリクラに書かれた「初デート記念」という文字を親指でなぞって、唇を尖らせた。こうして見ると、全然別ベクトルに居ると思ってたトド松と仕草が似てるっていうんだから六つ子ってのは面白い。そのまま頭を撫でてあげると、うーとか、あーとか変な声を出してチョロ松は顔を隠してしまった。こういうのに弱いのか、本当にちょろいな。
「チョロ松はさぁ、あんまり無理しないほうが良いよ」
「…………」
「自然体で居られる相手が一番良いと思うよ。真面目系クズってことちゃんと分かってくれる人」
「………そんな殊勝な奴、居んのかよ」
「居るよ、ちゃんと見つかる」
自分でも無責任なこと言ってるなーっていう自覚はあったけど、後で責任が生じたときにそれは負うとして、今はチョロ松の機嫌回復のほうに重きを置きたかった。六つ子は笑ってるのが一番可愛いので、チョロ松もそうであってほしいのだ。
頭なでなでが功を奏したのか、むくりと起き上がったチョロ松はいつも通りの困り顔をしていた。
「…ありがとう」
「どういたしまして」
その日はそれで解散。チョロ松のプランがどんなものだったかは分からないけれど、今日の一件でプランなんてものはそうそう上手く行かないってことを学んでもらえたと思う。まぁ、半分は私のせいかもしれないけど。
チョロ松にも早く春が来ると良いのにねぇ。なんて他人事を決めこんで、私は帰路をゆっくりと歩いた。
初デートの評価はE−
デートでも最底辺です。
おめでとうチョロ松!
(2016.07.18)