みょうじなまえ。
年齢は二十代前半。
仕事は普通のOLをしている。
東京都赤塚区で生まれ育ち、小中高と地元で過ごしたあと、大学進学のために地方で一人暮らしを経験。
大学卒業間近に父の工場経営が傾き、卒業後は実家に戻って、都内の会社に勤めている。
友達は少ないが恵まれているし、金銭的にも余裕が無いわけじゃない。順風満帆に思える私の人生の中にも、いくつかの汚点というものが人並みにあるのだけど、もしかしたらその中の一番は
松野家の六つ子と出会ってしまったことなのかもしれない。
小中高とずっと一緒の学校だった松野家の六つ子は、最初は普通の友達だった。それぞれ細かな性格の差はあれど、基本的には気のいい奴らだ。けれど、なんの因果かはたまた嫌がらせなのか、気がつくと彼らは六つ子揃って私のストーカーになっていた。
なにを言っているのか分からないだろうが、私だってなにを言っているのか分からないのだから察してほしい。
「…おはよう」
「グッモーニン、ハニー。天から降り注ぐ光のシャワーが気持ちいいな」
目覚めると、横に薔薇を咥えたバスローブの男が寝ている。認めたくはないがこんなのは日常茶飯事だ。
「六時…、あー…起きよう、起きなきゃ」
「フッ…今日も世界の暗闇に支配された魔窟へとその歯車を回しに行くのか…、なまえは素晴らしい戦士だな」
「そりゃ会社行かないとお給料貰えないからね。カラ松はどうすんの?」
「オレは、なまえの温もりに包まれてセカンドスリープの祝福を受けるとしよう。ハーン?」
「はいはい、起きたら帰ってね」
人が寝ていた布団に潜り込んで、鼻息が聞こえるくらいの勢いで匂いを嗅ぐカラ松をあとに部屋を出る。中学まではあんな奴じゃなかったんだけどな。少なくとも会話はもっとまともに出来ていた記憶がある。
さて、六人も居るのに揃いも揃ってニートの彼らの朝は遅い。のだが、私の家に不法進入するようになってからは、私の目覚めに合わせて一度は起床しているらしい。健気?まさか。ストーカー根性逞しいだけだろう。
「おっはよーなまえちゃん、朝はコーヒー?紅茶?それともぉ、ボ・ク…?」
「水でいいよ」
顔を洗って居間に来たら、フリフリエプロンを着けたトド松が精一杯の上目遣いをして待っていた。テーブルにはトーストと目玉焼き、簡単なサラダが置かれている。トド松ともう一人の生真面目な緑は朝食を作ってくれることも少なくない。それを自分の家でもすれば良いのにと思うのだが。
「いただきます」
「ふふ!今日の隠し味はボクの愛だよ、味わって食べてね!」
「サラダにイチゴジャムをダイレクトインするのはNG」
「イチゴジャムって可愛くない?差し色的な」
「自分がなに言ってるか理解出来るまで胸に手を当ててな」
食器を流し台に片付けて、爆睡してるカラ松の横で出勤用のスーツに着替える。盗撮の経験があるためか、むしろ寝てる隣で着替えるくらい朝飯前だ。朝飯は食べたけども。
歯を磨いて、化粧をしたらもう家を出る時間。
玄関へ行くと、トド松がにこにこ顔で立っている。と言うより立ち塞がっている。
「はい、なまえちゃん。いってらっしゃいのちゅーうー」
「いってきますの平手打ち」
遠慮なくトド松の頬に平手を打ちかまして、横をすり抜けるように玄関を出た。
後方から文句の声も聞こえたが、知ったこっちゃない。
会社に着いたら鞄をチェックし、盗聴器がある場合は男子トイレの個室に投げ入れる。これに懲りたのか最近はめっきり見なくなったけれど、一応確認する癖がついてしまった。
いつも通り仕事をこなして、お昼休みのチャイムが鳴ると、みんなわらわらとオフィスをあとにして行く。
「みょうじさん、お昼一緒にどう?」
「あ、今行きます」
財布片手にビルのロビーまで来ると、見知った顔が既に待ち構えていた。
同僚に断りを入れて、仕方なしにそいつの元へと向かう。
「なまえちゃん!お昼一緒に食べよー!」
「声でかいよ、ボリューム下げて」
「あいあい!」
お昼休みに現れるのは、九割方十四松だ。私が十四松を無碍に出来ないことを、こいつらはなんとなく察しているのだろう。まぁ、無視したらずっとついてくるんだけどね。どんな飲食店に入ろうと、私の席から見える位置にずっとあの笑顔で立ち続けるのだ。そりゃ私が折れたほうがいい。
「じゃーん!今日はおにぎり作ってきた!」
「お、おお…でかいね…」
会社から徒歩圏内にある公園の原っぱに連れられ、草場に直座りした私の目の前に人間の頭部くらいの大きさがある風呂敷が差し出された。風呂敷を開くと、ひとつの米の塊。海苔でコーティングされていることで、おにぎりという体裁は保っているが、私の知っているおにぎりと違う。
「えへへぇ、なまえちゃんのために頑張っちゃいました!食べて食べて!」
「うん…いただきます」
隣の十四松も同じ大きさのものを頬張っている。大御所芸人がスイカを食べるのと同じスピードでおにぎりを頬張る十四松を横目に、私も自分のペースでおにぎりと呼ばれるそれを食べる。
中からはウィンナーや卵焼き、鮭やおかかが出てきて、なるほどこういう仕様なのかと納得しながら食べ進めた。さすがに全部は食べきれなかったが、味は悪くなかった。
「なまえちゃん!なまえちゃん!!美味しかった?!ぼくのお弁当おにぎり!」
「うんテーマ通りのおにぎりだったよ」
「オマケは!?オマケは見た!?」
「オマケ?」
「あのね!オマケは野球ボールなんだよ!なまえちゃんとキャッチボールしたくて!」
「せめて食材を入れておくれよ」
おにぎりを食べ進めると硬球が出てきたらしい。食べきれなくてよかった。そっと風呂敷を閉じて、十四松に返す。
「もう戻るね、仕事溜まってるし」
「え!もう!?そっかぁ…」
全身で落ち込む十四松をあとに、会社へと戻る。定時帰宅をするため、お昼休みの後半は既に仕事をしていることが多い。お陰様で本日も定時退社です。
私は基本的に自転車通勤をしていて、最寄駅の駐輪場に停めている。退勤時も駅まで自転車を取りに行くのだが、私の自転車はとても見つけやすい。
「おつかれ」
「どーも」
無数の自転車が乱雑に停められている中で、私の自転車には既に人が乗っているのだ。
「はい、後ろ乗って」
「お尻痛いから嫌なんだよなぁ」
「じゃあなまえちゃんが漕ぐ?」
「一松が後ろに乗らないなら」
「早く乗れオラ」
帰りは強制ニケツ。猫背で気力も体力も無さそうな一松が軽々と自転車を漕ぐ様はなんだか異様だ。これが十四松の日は、速すぎて自転車酔いをする。
「なまえちゃん、もっと強く腕回してくれる?ぼくの内臓が出るくらい」
「それ見たくないんだけど」
「じゃあウンコ出るくらい」
「それも見たくないし違いが分からない」
「いいからもっと強くギュッと腕回しておれの背中に胸を押しつけろっつってんだよゴルァ!!」
「なぜ強気」
帰宅すると、私の家の居間にごろごろ寝転がってテレビを見ている輩が居た。
「おっかえりー!もぉっ遅いよぉ、お兄ちゃん心配したよぉ?」
「いつも通りの帰宅だよ」
「早く夕飯にしようぜ!!」
きらきらにこにこ顔のおそ松に動く気は無いようだ。元より自分の夕飯を作る予定なので、私服に着替えるべく一度自室へと戻る。
「…なにしてんの」
「ん?ああ、おかえり。お風呂洗っておいたよ」
部屋に入ると、チョロ松が私の下着を漁っているところだった。
「盗らないでほしいんだけど」
「なんだよ、数は減ってないだろ?」
「私のパンツを縞パンとかTバックとかに差し替えるのやめてくれる?」
「Tバックはカラ松の趣味だから」
「とりあえずその縞パンをタンスに入れる手を止めて」
ついでにクマパンとかネコパンとかフリルとか透け透けとか、異常なまでにパンティラインナップを増やすのやめてほしい。同時に私のパンツは盗まれているのだ。数が減らなきゃノーカンとかそういうシステムじゃねぇからな。
とりあえずチョロ松を部屋から退場させ、パッと着替えを済ませてしまう。居間に行くと、おそ松がまだ夕飯の催促をしていたので、仕方なくこいつらの分も夕飯の支度を始めることにした。簡単に野菜と肉を味噌で炒めて、米を炊いて玉子スープを作る。あとはもう冷蔵庫にあるものを出してテーブルへと並べれば立派な夕飯だ。
一松とチョロ松もいつの間にか席についていて、夕飯にありつく気満々である。私もテーブルについて、三人と一緒に夕飯へと両手を合わせた。
「いっただきまーす!」
「「「いただきまーす」」」
号令をおそ松が仕切っていることは解せないが、そんなことよりほかほかご飯を優先させた。言ったところで無駄だし、もうそんな細かいことを気にする次元でもない。
「そうだ、なまえさぁ」
「なんだろうか」
「お前、あの男気をつけたほうがいーよ?あいつの風俗趣味最悪なんだよ?赤ちゃんプレイ大好き野郎だよ?」
「どこの誰の話かな」
「だからぁ、昼間に声掛けてきた奴だって」
「同僚の与太一さんのことかな?」
「ああ、オネショの与太一」
「あいつこっちで働いてんのかよ」
「え、なに、知り合いなの?」
「あいつも昔はこの辺に住んでたんだよ」
「へぇー」
チョロ松に教えてもらうけれど、感想は特に無い。だが、あの人が赤ちゃんプレイとは。ごつい見た目の人こそなのだろうか。
「だからあいつと関わるなよ」
「同僚だから無理じゃないかな」
「じゃあ与太一のほうをどうにかすればいんじゃない?」
「そっちのが早いでしょ」
「なるほど!お前らあったまい〜!」
「へへ、あざーす」
それからも、おそ松は今日一日の私の行動についてつらつらと語りだし、時には注意を織り交ぜた。今更なので、なぜ知ってるのとかいうツッコミはしない。こっちが疲れるだけだ。通勤鞄を新調するか、あるいは諦めよう。
その後、三人を追い出して家中のありとあらゆる鍵を閉める。お風呂に入って就寝準備を整え、寝室に行って眠りにつく。流れ作業のような一日の終わりだ。
明日の朝起きれば、きっと見慣れた顔が隣にあるのだろう。
これが日常