寝苦しくて起きると、変に体が熱かった。風邪でも引いたか。そう思って布団を捲ると、お馴染みの顔が布団の中に埋もれていた。
「へへ…おはよう、なまえちゃん」
「今日も私は健康体で安心したよ」
一松が体に巻きついているのだから、そりゃ寝苦しいし熱いだろうさ。
「今日は仕事休みだし、もう少し一緒に寝てようよ」
「寝苦しくて寝られないわ。一松も布団の中じゃ息苦しいでしょ」
「この絶対安全な息苦しさ最高。なまえちゃんの匂いが充満してるし」
「はい、換気しまーす」
布団を剥ぐと、盛大な舌打ちが聞こえたが気にしない。ついでに一松を剥がして、身支度を整えるために洗面所へと向かう。窓を開けて朝の空気を吸い込みながら、そろそろ扉の鍵を増やそうかなと考える。今日も天気だけは気持ちのいい朝だ。
「あ、おはよ!なまえちゃん!朝ごはん出来てるよ」
居間に行くと、トド松が甲斐甲斐しく朝食を作ってくれていた。って言っても今日はシリアルだ。牛乳を注ぐだけの簡単なお仕事にも、晴れやかにやりきった顔をするトド松。お前がそれで良いのなら良いけれど。
「なまえちゃん、ハイ、あーん」
「…………」
「もう!口開けなきゃ食べれないでしょう?あ、それとも照れてる…?」
スプーン片手にぶりっ子するトド松は無視して、台所にスプーンを取りに行くと、引き出しの中にはスプーンどころか箸一本すら見当たらなくなっていた。
「ふっ…このボクに死角は無いよ!!」
「その情熱をどうして他に活かせない」
「なまえちゃんはボクにあーんされるしかないんだから、早くおいでよ〜」
「じゃあ朝食いらないです」
「大丈夫大丈夫、あーんする練習してきたから!上手くやれるよ?」
「どこでどう練習を」
有無を言わさず、また、一口でも食べるまで離さないと言わんばかりに腕を掴まれて仕方なく観念することにした。
「ハイ!あーん」
「あー、ん…」
「どぉ?美味し?」
「…甘い」
「ふふ、ボクの隠し味かな?」
スプーンをぶん取って器の中を探るとシリアルの下にイチゴジャムの塊があった。なんだろう、イチゴジャム信者にでもなったのかこいつ。
「トド松って、イチゴジャム好きだったっけ?」
「ううん、べつに?」
「じゃあ恨みでもあるのかな」
「イチゴジャムには美容効果があるんだよ、ボクはなまえちゃんにいつまでも綺麗で可愛くいてほしいの!」
「へぇ」
「それにイチゴジャムってミルクと混ぜると綺麗なピンク色になるよね、それをなまえちゃんが飲んでくれたら…嬉しいなって」
意味の分からないところで頬を染めるトド松。ストーカーの心理とはかくも難しい。
「ふふ、ピンクのミルクってちょっと卑猥だよね」
「いちご牛乳に土下座しなよ」
「本当は、なまえちゃんには本物のボクのミルクを飲んでもらいたいんだけどねー。今はコレで我慢するよ…」
「吐きそう」
私に平穏な休日は訪れないのだろうか。朝食はもういいと寝室に引き上げると布団の中には未だ一松が包まっていた。着替えたいけど、さすがにガン見されてる前で着替えるのは羞恥心が働く。
「一松、出てって」
「ああ?なに、ぼくみたいなゴミは布団に包まるのもダメだって言うわけ?」
「それ私の布団なんだが」
「ハッ、よく言うよね。どうせこんな生ゴミに人権は無いって言いたいんでしょ?ちょっとした二度寝すら役所に届け出て、声明でも出さなきゃ認めてもらえませんよねえ?」
「いいから出てってよ」
「出て行ってほしいなら蔑めよ!!」
「うるさいこのゴミクズ!!」
「も、もっと…!!」
息を荒げて頬を紅潮させる一松を動かすことを諦めて、着替えを持ってトイレへと避難した。トイレの鍵はまだ開けられたことがないが、油断はせずトイレの中で着替えを済ませる。
居間に行くと、トド松と一松の二人が揃っていた。あれだけ布団から出たくないと言っていたのにすんなり居間に居る一松をちらりと見ると、ニヤリとした笑みを向けられた。一連の流れ全てが彼にとってのプレイなのだろうか。理解が追いつかない。
「なまえちゃん、今日はどこ行くのー?」
「どこにも行かない」
「一緒に寝る?寝かせない自信あるけど」
「童貞は黙って」
「あ!なまえちゃんがボクらを非童貞にしてくれれば良いんじゃないかな?」
「名案思いついたみたいな顔しないでくれる?」
「ヒヒッ、初めてが3Pか…まぁいいんじゃない?」
これ以上なにを言っても堂々巡りだな。そう思い至って口を閉じる。今更こんなセクハラどうってこともない。さて今日はどう過ごそうかな。
ふと視線を上げて、今日の予定を思い浮かべていると腰にダイレクトな二つの衝撃。
「ぼく、構ってくれないと発火するよ」
「凡そ人間とは思えない脅し文句だね」
「ボクも!なまえちゃんが構ってくれないと…トイレとお風呂場のドアを外して燃やしてしまいそうだよ!」
「絶対にやめておくれよ」
六つ子は基本的に構ってちゃんの集団なのだが、この二人はなんていうか、構ってほしい方向性が逆だから同時に相手をするのは疲れる。とりあえず抱きついてくる腕を剥がそう、話はそれからだ。
「あ、ねぇ!今日なにも予定無いならさなまえちゃんのこと調教しても良い?」
「よくないよ?」
「ぼくはなまえちゃんに調教してもらいたい」
「二人でやってなよ、もう関係性成立してるじゃん」
「ボクはなまえちゃんを飼い慣らしたいんだよねぇ、生命活動の全部をボクがしてあげたい!」
「ぼくはなまえちゃんに飼われたい。首輪つけて散歩して、出来れば排泄するときもそばに居てほしい」
「どこに相談すればこの問題は解決するんだろうか」
この将来の無い変態ストーカーたちを刑務所に入れるのはさすがに可哀想かと思って警察に相談したことはない。紛いなりにも友達なわけだし。…ん?いや私たちはまだ友達という枠組みなのか?
「…もしかして私、ストックホルム症候群なんじゃ…」
「ん?なにそれ」
「えっ!?なまえちゃん病気なの?」
…まぁ、いいか。
私は、考えることを放棄した。
結局は堂々巡り