拝啓、お父さんお母さん。
私は今、自分を見つめ直すために現金だけを持って電車に飛び乗りました。
ストーキング上級者の六人に二年もストーカー行為を受けていると、逃げるのも上手くなるものらしいです。
いつも通りに起床し、いつもの六人の内二人くらいと顔を合わせ、朝食を食べて着替えを済ませた辺りから私の逃亡は始まっていました。シフト制なのかなと思うほどには、六つ子はそれぞれ役割みたいなものが決まっていて、だいたい朝に私の家に居るのは二人だけです。
二人が居間に居る間に、現金をポケットにねじ込みトイレへ、そのままトイレの窓から外に出て裸足のまま近隣の屋根伝いに家から離れました。商店街の中で人に紛れ、百円ショップでサンダルを購入。そのまま走って駅へ。
この頃にはもう六人の追っ手が居て、こいつらもっと他にやることあるだろうになって笑っちゃいましたよ。
この六つ子、身体能力と統率力が凄まじくて、正直チョロ松と十四松の足の速さに勝てないことは分かっていました。おそ松とトド松で状況把握して的確な指示をするし、一松は身の軽さで上から狙ってくるんですよ?カラ松に掴まったら絶対的な力の差で逃げられないことも分かっていました。
でも、それって六つ子もそう思ってるってことなんですよね。だから、駅の構内の人混みでチョロ松と十四松の誘導通りに走って、こちらが撒いたと思わされたところにカラ松が居るっていう罠を逆手に取らせてもらいました。ニヤリとあくどい顔をしたカラ松が私の手首を掴むのを見て、チャンスだって思いましたね。
すぐさま周囲に響くくらいの悲鳴をあげて大声で抵抗して、そこらの男性数人や駅員の人にカラ松を取り押さえてもらったんです。悲鳴だけならアカデミー賞取れるなって思いましたよ。
六つ子の体制が崩れた隙に、全速力でカラ松の後方の改札を通っていつもとは逆方向の乗り場に走りました。それでも凄いもので、先回りしたチョロ松が待ってるんですよ。足が速い上に機転も利くんだから、チョロ松って絶対ニートで居る必要ないですよね。私から言わせてもらえばこいつらがニートなのはただの甘えなんですよ。能力が無いわけじゃないんですよね。
まぁそんな話はどうでもいいとして、勿論、チョロ松が待ち構えてるなんて想定内の私は、滑り込んで来た電車の扉が閉まるギリギリを待ちました。そして、扉が閉まる直前にチョロ松の横をすり抜けて電車に飛び込んだんです。まさかそんな簡単にチョロ松が私を逃がしてくれないのも分かっていました。でも、大学時代に習った合気道と空手が役に立って、腕を掴まれたくらいじゃすぐに外せるんですよね。そのタイムロスも考慮してギリギリでの駆け込み乗車でした。
プシューと目の前で扉が閉まると、窓の向こうで愕然とした表情の五人が居て笑えましたよ。カラ松はまだ捕まってるんだろうなと、ちょっと悪いことしたなとは思いましたけど、それ以上に六つ子から逃げ切れた達成感が勝って、暫しの間優越感に浸れましたね。
お父さん、お母さん、あなたたちの娘は今日も元気です。
□
電車やバスをランダムに乗り継いで、途中見つけた公衆電話で会社に休みの連絡を入れる。そのままどんどん人気の無い土地に向かい、昼頃に降りた適当な町を散策することにしてみた。
都会の喧騒を離れた静かな土地で、ただ当てもなく歩く。
六つ子の目が無いというだけでも私にはとても新鮮に感じられていた。
適当な店で食事を取って、近場の服屋さんで着替えをして、老舗然とした床屋さんで髪を短くしてもらった。あっちがストーキング上級者なら、こっちは被害者の上級者なのだ。逃亡くらいお手の物である。
べつに、本気で逃げているわけじゃない。ただ、これまでの自分を見直すのにあの六人が煩わしかっただけだ。
人生迷子の私が行き着いた先は、二時間サスペンスのエンディングでお馴染みの崖の上だった。ああ、二サスの犯人の気持ちが少し分かる。下手に歩き回って落ちても怖いので、体育座りをして周りを眺めた。
「……なんも無いな…」
崖から見える景色はだだっ広く広がる海のみ。落ちないようにビクビクしながら覗き込んだ崖下には打ちつける白波と岩が見えたけれど、それだけだ。
このなにも無い感じがとても落ち着く。どこまでも自分が一人きりのような感じがして、目を細めた。
両親が死んだのは、二年前の春だった。
父の経営していた工場が倒産して、一緒に頑張っていた母も随分と落ち込んでいた。それもあって、ちょうど大学卒業目前だった私は進路を都内の商社に変更して実家に帰ることを決めたのだ。二人は気にしなくていいと言っていたけれど、一人娘だし、今までの恩を返すつもりで両親と一緒に住みたいと思っていた。両親も喜んでくれていたし、自己破産をして人生を立て直すんだと明るく笑ってもいたのだ。
でも、どうやら不幸ってのは続くものらしい。私の引越しの日、東京からわざわざ両親が車で迎えに来てくれた。久しぶりに三人でご飯を食べて、今後の話なんかもしながら東京へ帰る途中のことだった。帰りの高速道で、残雪にスリップした父の車はそのまま塀に突っ込んだのだ。
一瞬のことだったと思う。
私の記憶もあやふやで、今でも事故の記憶はすっぽりと抜け落ちたままだが、その中でも確かなことは、私だけが助かったということだ。
気がつくと病院のベッドの上で、六つ子がそばで泣いていた。理解が追いつかない内に、親戚が取り仕切ってくれて両親の葬式が行われた。私は全治一ヵ月ほどの怪我で済んで、三人で住む予定だった実家には、私一人で住むことになった。
あの頃は、行き場の無い憤りや後悔でずっと死にたかった。入社が遅れたことで同期とは既に仕事の差が出来ていたし、誰も居ない家に帰ることが寂しくて虚しくて気が狂いそうだった。
泣き腫らしたところで事態が好転するわけじゃないし、生きる意味すら分からなくなっていた。だから毎日死にたくて、死にたくて、死にたくて、死のうと思った。
苦しくない死に方なんかに詳しいわけもなく、見様見真似で首を吊ろうとロープを手に家の中をうろうろしていたら、玄関のチャイムが鳴った。
時間はもう深夜もいいところで、誰だと思いつつも、つい慣れで玄関を開けてしまう。そうしたら、そこに六つ子が居た。
酒瓶やビールの箱を抱えて、昔から変わらないにこにこ顔で「遊びに来たよ」と現れた。
思えば、この六つ子は私の見舞いにも甲斐甲斐しく来ていたし、両親の葬式にも参列してくれていた。日々を忙殺されて気にかけてもいなかったけれど、毎日のように電話やメールの連絡だって来ていた。それを私はその時まで忘れていたのだ。
ロープを両手に握り締めて泣き崩れる私を、あの日の彼らがどう思ったのかは分からない。けれど、あの日から六つ子は私のストーカーになった。いつも私のそばに居て、朝から晩まで煩わしいくらい笑顔を見せてくれる。二年間、彼らはずっと私を一人にはしなかった。
「……………」
暗んでいく空を見上げて、長く息をつく。
少し、寒くなってきた。
途端に、六つ子が恋しくなる。いつもそばにあったあの体温が恋しい。暖かな笑顔や、くだらない言い争い、しつこいセクハラすら恋しく感じてしまう。
会いたい。
「なまえっ!!」
飛び上がるほどびっくりして振り向くと、むちゃくちゃ怖い顔したおそ松がこちらに走ってくるのが見えた。その光景が信じられずに固まっていると、背中から思い切り抱き締められた。
「っ確保…!!」
「…つ、かまっちゃった…」
まさかこんな自分でも何処か分からない場所で見つけられるなんて思ってもみなかったから、言葉が見つからない。おそ松の体は随分と熱くて、背中越しにも心臓の音が早いことが伝わってくる。ぜぇはぁと荒い呼吸が顔の真横。恐る恐る見ると、めっちゃ睨まれていた。怖い。
「…っはぁ、…あー…、あ、電話しなきゃ…」
取り出した携帯を操作して耳に当てる間も、腕は離れないし、むしろ先ほどよりずっと強く抱き締められている気がする。
「あー、俺…見つけた、うん、マジマジ…うん、連れて帰るから、はいはい、はーい、じゃまたあとでねー…」
パチン
閉じた携帯を目で追うも、それはすぐおそ松のジーパンのポケットへと仕舞われた。
「…………はあーーッ!!ああもう!お前どんだけ心配掛けさせたら気が済むわけ!?めちゃくちゃ探した!!疲れた!!」
「ご、ごめん…?」
「なんで疑問系!?真面目に謝って!!」
「…ごめん、なさい」
「よし許す!!」
耳元で叫ばれてとてもうるさいけれど、本気で心配して探してくれていたのが分かるからなにも言えなかった。力強く抱き込まれて、肩におそ松の顔が埋まる。少しずつ呼吸を整えるおそ松を、私はただ訳も分からずじっと待った。
「…もう、会えないかと思った」
「ごめん」
「てか、なに髪切ってんの、服も違うし、逃げ方マジ過ぎんだろ…」
「つい」
「ついじゃねーよバカ」
空はもうすっかりと夜で、街灯の無い周辺は随分と暗い。肌寒いような寒さは、おそ松の体温のおかげでもう感じなくなっていた。
「…ただちょっと、…みんなと離れて考えてみたいことがあって」
「……………」
「………おそ松、」
「なに…」
「…ありがとう」
振り返るように、おそ松と向き合ってその背中に腕を回す。はは、パーカーにまで汗が染みてる。
「一人にしないでくれて、ありがとう」
「……うん」
一寸先も見えない夜の帳の中で、衣擦れの音がやけに耳に響く。おそ松の手に誘導されるまま、私たちはゆっくりと唇を合わせた。
「なまえには、俺たち六人が居ないとダメに決まってるでしょ」
そうおそ松がいつもの顔で笑うから、私もそれもそうだなと笑ってしまう。
「んー…、お兄ちゃん的にはこのまま二人でしっぽりしたいところだけど」
「帰ろうか、みんなに心配掛けたまんまだし」
「あー、なまえちゃんはいつになったら俺の童貞貰ってくれんのかなぁ」
それから、なんとか駅前でタクシーを捕まえて、赤塚に着いたのは夜中の十二時を回ろうかという時間だった。それでも、私の家には明かりがついていて、心の底からホッと安心する。玄関を開けると物凄い勢いで五人が雪崩れ出てきて、抱きつかれるわ泣かれるわ怒られるわでもうひどい有り様だった。後ろでニヤニヤしてるおそ松に助けを求めるけれど、頑張れと笑顔を見せられて、仕方なく事態の収拾に努めることとなる。こんなに身に沁みる自業自得も初めてだ。
そんなもみくちゃな夜が明けて、目覚めた私の周りには六人の寝姿があった。なんだかんだごちゃごちゃと騒いでいる内に、みんなで居間に寝ることになったことを思い出した。体が重い、と思ったら十四松が背中に、トド松が腰に抱きついている。頭を動かしたら、どうやら頭をこちらに足を向こうに向けたカラ松の腕枕で寝ていたようだ。カラ松の隣には一松が私と同じようにカラ松の腕枕で寝ている。起きたら騒ぎそうだな。十四松の向こうに居るチョロ松はちゃっかり自分だけ枕なんか使ってるのが見えた。ずるい奴だ。
「おはよ」
視線を目の前に戻すと、すぐ目の前におそ松の顔。驚いて瞬きだけで返事をすると、いつもの笑顔を返された。
「おはよう、おそ松…」
「俺思うんだけどさぁ」
「ん…?」
「俺となまえが結婚して、七人で一緒に住んじゃうってのどーお?」
いつもの冗談を言う口調と一緒だけれど、おそ松は見たこともない優しい顔で目を細める。私は、もう一度周りを見回してみた。一緒に住んだら、毎日がこんな朝なんだろうか。それに、少しは盗撮とか盗聴の数も減ったり?ていうかむしろその必要が無くなるのか?
「…それも、いいかもね」
「えっ、マジで!?」
「うん、まぁ現実問題みんなには働いてもらうけど…。…それに、……」
「え、え、それに?」
「…、それに、…私も、みんなのこと、好き、だし…」
「わあぁ…、なまえの貴重なデレにお兄ちゃん嬉しくて禿げそう…」
真っ赤な顔を両手で隠すおそ松。そんなに私ってデレ成分少ないのだろうか。
ふと、指の隙間から見つめられる。なんだろうと思ったら、ぐっと顔が近づいて唇に軽くリップ音を鳴らされた。
「へへ、約束な」
幸せそうに歯を見せるおそ松を見ていると、本当にそんな未来を実現してみたくなる。不思議な奴だ。
「話は聞かせてもらったぜハニー。その愛しかと受け止めた、このカラ松がな!」
「おそ松兄さんばっかずるーい!!ぼくもぼくも!!チューってしたい!する!!」
「なまえ、おそ松兄さんと籍入れるよりぼくと籍入れなよ、長男より三男のほうが世間体的にも丁度良いから」
いつの間に起きていたのか、気づけば周りのみんなが起き上がって私たちを見下ろしていた。
「ぼくはなまえちゃんと一緒に居られるならなんでもいいよ、どうせこんなゴミクズを結婚相手には選ばないだろうし…」
「うーん、ボク的にはやっぱりお式挙げたいし、なまえちゃんをボクのお嫁さんにしたいかなー」
「残念だったなお前ら!なまえはもう俺と約束したんですぅ!!所詮お前らは俺の劣化版なんだよ!!」
ぎゃあぎゃあわいわいと喧嘩し始める六つ子を放って、居間の大きな窓を開けた。さすがに大の大人七人も居ると空気が篭もって仕方ない。
開け放した窓からは、新鮮で気持ちのいい空気が流れこんできた。今日も良い天気だ。
「「「なまえ(ちゃん)!!誰と結婚する!?」」」
振り向くと、必死な顔をした間抜け面が六つ。私は、笑ってしまった。
「じゃあ、みんなと」
これが私たちの幸せの結末