昼下がりの大通り。雑誌に載ってたお店のカフェテラスで、僕はパラソル越しに空を見上げていた。
「ってことがあってさぁ」と、これまでのことを話し終える。テラス席で堂々と足を組んで座り、いかにも一軍様のランチタイムを謳歌するあつし君は「へぇ」と面白がる素振りで相槌を打った。
「ま、なんにせよ、良かったじゃないか。松野の心が晴れたんなら」
「…まぁね、反省することも多かったけど、結果良ければってやつ?」
「またひとつ成長したね」
「はいはい、ボクがいくら成長しようと一軍様には敵いませんよ」
「相変わらずそういうところは卑屈なままなんだなぁ」
カラカラと笑うあつし君が、ブレンドコーヒーを飲み干す。僕は残り少ないカフェモカに口をつけて、スマホを片手で操作した。
今日は仕事が休みのなまえちゃんと、二度目の囲碁教室をする予定だ。たったそれだけとも言える予定だが、僕にとってはとても大切なイベントで、恥ずかしい話だが昨日の夜はよく眠れなかったくらいなのだ。
「松野、顔ニヤけてる」
「んふふぅ、まぁねん」
「わぁ、気持ち悪い」
「あつし君がさぁ、“もしも薬”使うときって来るのかな」
「え、なに?さっきのアヤシイ薬の話?」
「そうそう。過去の追体験が出来る薬」
「俺はそういうヤバイのには手を出したくないなぁ」
「リスクゼロだったら?」
「いや、過去の追体験とかリスクしかないだろう」
「でも、変えたいことを変えられるかも」
「変えたいこと、ねぇ…」
「あー、でも無さそうだよね、あつし君は。そういうの」
「うーん……、…っあ」
「え、あるの?!」
「いや、変えたいことっていうか、うーん…こういうのってそういうのに入るのかな…」
「ちょ、なになに!気になるじゃん!」
「いや、もし過去を変えられるなら…、俺も、松野みたいに分かり合える兄弟が欲しかったなって」
笑みを浮かべた顔は少し俯きがち。彼は上手い嘘をいくつも吐くが、これはきっと本心からの言葉だろう。
「……それは、なに、過去に戻って両親にもう一人産んでもらえるよう掛け合うってこと…?」
「うわ、それはえぐいな…」
「やだよねー?!突然自分の子供に早くもう一人産めとか言われたらさ?!」
「いやさすがに産めとまでは言わないけど、…父親の晩酌に精力剤混ぜたり?」
「うわ!やだ!えぐみ100%!ああーッ想像したくない!」
「だな」
「あっ、やばいもうこんな時間じゃん!それじゃあボクそろそろ行くから!」
「はいはい、またなー」
ひらひらと手を振るあつし君を後にカフェを出る。
帰路を急ぎながら、僕は表現出来ないむず痒さに口角をもごもごとさせていた。あの一軍様筆頭が、僕を少しでも羨ましがるだなんて。少しの気恥ずかしさと優越感を感じながら、僕は足を急がせる。
チョロ松兄さんには悪いが、僕はもう遠慮しない。僕にとって、そして彼女にとって、お互いが掛け替えのない友人であることは変わらないのだ。まさか、こんなふうに気持ちが落ち着くなんて思いもしなかった。それくらい不思議と、僕は彼女に純粋な愛情を向けることが出来ていた。卑しい感情も無く、邪まな気持ちも無い。それは家族に向ける親愛の情にとても似ている。
「ま、ボクにとっては姉さんになるわけだし?」
なまえ姉さん。ふむ、悪くない。
早く、そんな日が来ると良い。
「ヘタレシコ三郎には難しいかなぁ」
僕はせいぜいその日まで、今後も彼女と親睦を深めていくだけだ。
君を姉さんと呼ぶ日
そんな未来に思いを馳せる。
(2017.12.19)