恋人への第一歩


「…檜佐木副隊長?」

あまりにもじーっと眺めていたら、小首をかしげられた。そんな姿も可愛いなぁ、とそんなことを考えていたら、さっきまで考えていたことが頭から抜け落ちそうだ。

「なぁ、思ったんだけど、呼び方、変えられねぇ?」
「…たとえば」
「修兵さん、とか」
「檜佐木さん」
「それじゃあんまり変わらねーだろ」
「…わがままです」
「悪いかよ」
「悪いです」

仕方ない、ということにしておこう。どうせもっと仲良くなれれば、きっとそのうち修兵さんって呼んでくれるだろ。今は、我慢だ。

「なぁ葵ちゃん」
「なーに檜佐木さん」
「…明日も迎えに行っていい?」
「…そんなに私に会いたいんですか?」
「うん」

うんと言わせたのは葵ちゃんなのに、照れて頬を紅く染める。

「なら、事前に連絡ください。時間の指定してくれれば、それまでにちゃんと仕事終わらせます。今日みたいに、待たせたくないから」
「わかった、連絡する。けど好きで待ってんだから、そんな気にしなくていいって」
「…時間が、もったいないじゃないですか。たとえ三十分でも、もし私が仕事を早く片付けておけば、それだけ長く檜佐木さんと一緒に居られたわけですし…」

気を遣われていたわけでなく、少しでも長く一緒に居たいというわがままだった。そっちの方が、遥かに嬉しい。

「わかった。なら葵ちゃんからも、会いたくなったら連絡してくれよ。すぐ飛んでくから」
「…副隊長なのに、忙しくないんですか?嬉しいですけど、申し訳ないですよ」
「仕事はいつでもできるけど、葵ちゃんが会いたいって言ってくれて会いに行けるのはその時だけだろ。気にすんなよ」
「…じゃあ、遠慮なく」

今後、遠慮なく葵ちゃんから会いたいとかいう連絡が来るかと思うと、それだけで楽しみだ。


それからも葵ちゃんと色んな話をして、葵ちゃんのことを色々知って、更に好きになった。恋は盲目という言葉があるが、今の俺がまさしくそれで、今なら何をされても笑って許してしまいそうだ。


「わ、外もう真っ暗ですね」
「ちょっと喋りすぎたな」

帰り道、いつも通り葵ちゃんの部屋に向かって歩き出す。最初の無理矢理付き合わせたデートの時は、部屋まで送ると言っても拒否されてさっさと帰られてしまったことを思い出す。

「…手でも繋ぐか?」
「…遠慮します」
「残念」

一応、仮にも、付き合っている、という関係になったはずだ。だから葵ちゃんがいつもより優しいし、檜佐木さん、なんて呼んでくれるようになったんだ。

「なぁ葵ちゃん」
「はい」
「俺さ、これでも副隊長だろ。たぶん、席官とかよりは、そこそこ顔も知られてるし、そこそこ名前も知られてると思うんだ」
「…副隊長なんだから、ほとんどの人が把握してると思いますよ?」

そう、だからこその、心配。

「…たぶん、俺とデート繰り返してたらその内、噂とかされてもおかしくないと思うけど…、嫌じゃないか?」

俺なんか別に、大してかっこよくもないし、部下からも割りとからかわれるような奴だし、立派な死神じゃない。散々アタックしといてなんだけど、葵ちゃんの隣に立つことが、今更だけど、少し怖い。

「嫌ですよ」
「…そっ、か」
「でも、こんな私でも、檜佐木さんの彼女のように見えるなら、嬉しいです。それに、相手が檜佐木さんな限り、彼女ができたとかいう噂は流れるでしょうし、しょうがないのでそのくらい我慢します」

我慢とか言うくせにその顔はどこか嬉しそうで、俺が隣に居ていいんだと、安心した。
嬉しくなって葵ちゃんの手を握れば、驚いたのか勢いよくこっちを向いた。

「え、遠慮するって、言ったじゃないですか」
「嫌って言わなかったから」
「…まだ、嫌です」
「いつならいいんだ?」
「…よくないです。ほんとに、だめです、あの、頭、働かなくなるんで、」

昨日は思いきり抱き締めた仲なのに。と、からかえないくらいには葵ちゃんの顔が真っ赤で、ピュアすぎる反応にグッとくる。

「なら何も考えなくて大丈夫だから。俺が手引いて部屋まで連れてくし」
「そ、そういう問題じゃ…」
「手くらい許してくれないと俺、葵ちゃん不足で死んじゃうかも」
「…もう、好きにしてください」

好きにしてなんて言われたら、ほんとに好き勝手したいけど、きっと葵ちゃんのそれはそういう意味じゃない。手を繋ぐだけでこんなことになるなら、その先に進むまであと何年かかるのだろうか。

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