振り向かせる
やっと仕事が落ち着いてきて、徹夜はなくなったし、毎日ちゃんと寝れるし、昼飯を外に食べに行く余裕までできた。だから久しぶりに、昼飯のために外に出掛けた。
最近は行けていなかったが、行きつけの定食屋で久々に食いたいと思って店に入った。その店内でふと目に入ったのは、見慣れた赤髪と美少女だった。
まだ俺に気付いていない葵ちゃんは、それはもう楽しそうに笑顔で喋っていた。俺の知らないところではそんな顔するのか、と胸が痛んだ。
「おっす、久しぶり」
「あれ、檜佐木先輩。仕事は?」
「もう落ち着いたんだよ。隣いいか?」
「いいっすよ」
悪いな恋次、今のはお前に向けた質問ではない。
俺は欲しい返事を待つこともなく葵ちゃんの隣に座った。
「…お疲れ様です」
「あぁ、ありがとう。今日も可愛いな」
もうきっと葵ちゃんも俺の気持ちなんか知っているだろうと思い、隠さずに可愛いと伝えてみた。でもやっぱり照れてはくれなくて、ダメージをくらう。
「馬鹿なこと言ってないで早く注文してくださいよ」
「いいだろ別に」
見たところ二人の料理はまだ運ばれてきていないみたいだった。適当にメニューから定食を選んで、注文した。
「葵ちゃんさ、さっきみたいににこにこしてた方が可愛いと思うぞ。あ、別に今でも十分可愛いけど」
「…愛想が無くて悪かったですね」
「いや、そういうわけじゃねぇけど」
「あんまりそういう勘違いされそうなこと言うのやめてもらえますか?仕事に支障が出るんです」
「…浮かれるから?」
「違います!」
そんな怒らなくても。
「どういう関係?とか、聞いてくる人がいるんです。仕事中に。それに乱菊さんだって、どうなの?とか、仕事中、うるさいし、集中力が削がれるんです」
「…そういうことなら、言うのやめられそうにないわ」
「仕事の邪魔だって、言わなきゃわかりませんか?」
「邪魔だとしても、その分、俺のこと考えてくれる時間が増えるってことだろ?悪いけど、嬉しいからさ」
葵ちゃんは困ったような顔をするけど、でも俺を突き放すようなことは言えないらしく、ため息をついた。
「檜佐木先輩、あんまり言うと葵は悩みますよ。深刻に」
「深刻に…?そんなに迷惑か?」
葵ちゃんに話を振れば、ゆっくりと頷かれた。じゃあ俺はどうすればいいんだよ。振り向いてくれない女の子をどう落とせばいい。
「…俺、葵ちゃんに笑って欲しいだけなんだけど」
「…残念ですが、私は檜佐木副隊長のことを警戒しています」
「なんでだよ」
問い質してみれば、葵ちゃんはまたしてもため息をつく。心が痛いからやめてくれ。
「初対面から可愛いとか言ってくるような人は全員仕事の邪魔ばかりしてくるからです」
「邪魔しないようにすればいいのか?」
「…まぁ、そうですね」
「わかった。邪魔しないって約束する。だから、仕事中以外のこういう時間くらい、もうちょっと気許してくれよ」
「…考えておきます」
警戒して常に仕事モードでいたら、俺の前では絶対笑ってくれないだろ。それは嫌だ。いつか、恋次に向けるよりももっと可愛い笑顔にさせてみせる。
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