強がり
目が覚めると、腕の痛みはすっかり消えていた。
さすがに一晩で、というか数時間で完治させるのは難しかったのか、傷跡は残っていた。ただ、傷口が塞がってはいたので日常生活には支障は無さそうだ。
体を起こして周りを見ても花太郎君はもういなくて、机の上におにぎりと置き手紙があった。
『おにぎり作っておいたので食べてください。完治させることができなかったから治療の続きをするので、今日中にまた僕のところに来てください。夕方までは任されている仕事があるので、夜なら大丈夫です。山田』
仕事だからもう居ないのか。朝から夕方まで働き回るのに、夜中に私の治療をさせてしまったとなると申し訳ない。
今夜の治療だって、そこまで迷惑かけるのも嫌だけど、花太郎はきっと私を心配してこう言ってくれたんだろうし、厚意を無駄にするわけにもいかない。
「……んっ?」
そういえば外が明るいけど、今何時だ。
壁掛け時計を見てみると、午前十一時を過ぎた頃だった。
明確な仕事があるわけではないけど、席官である以上はいつまでも寝ているわけにもいかなかった。
急いでおにぎりを食べ終えて、五番隊舎の自室に向かった。
今着ていた死覇装は右袖が血で汚れていて、とてもこのままでいられる状態では無かった。人に見られても困るから、人目につかないように屋根の上を伝って移動することにした。
走っていると少し目眩がしたのは、貧血によるものだろうか。眉間を押さえつつ移動していたら、こちらを見ている人影があることに気が付いた。
「香月君!」
思い切り目があって名前を呼ばれてしまっては、無視して行くことなどできやしない。大人しく屋根から降りて、その人の前まで駆け寄った。
「お、おはようございます」
「もうお昼だけど…今起きたのかい?」
「えっ?あっ、いえ、そういうわけでは…すみません」
手を後ろで組んで、汚れた袖口を見られないように隠した。それなのに、藍染隊長は真剣な顔で私に問いかけてきた。
「何かあった?」
「いえ、大丈夫です、何も無いです」
「…足元、見てごらん。隠しきれてないよ」
言われるがままに足元を見てみたら、私の白い足袋が点々と赤黒く汚れていた。腕から落ちた血と、床に溢れた血がついたんだろう。
「腕も、隠してないで見せてごらん」
「……治療してもらったから、もう大丈夫です」
藍染隊長に傷跡が見えるように腕を見せてみる。
隊長は私の手をとり傷跡を指でなぞった。
「まだ新しい傷だね。何があったんだい?」
「…ここで話さなきゃダメですか?」
「…そうだね。どこか入ろう。おいで」
手短に済ますため、近くにあった書類倉庫に二人で入った。あまり使われていない倉庫のため、中には人の気配は無く、静かだった。
「昨夜なんですけど…寝れなくて給湯室に行ったんです。そしたら、城宮さんのことを大事に思ってる人が、包丁みたいなのを持って私のところに来たんです。それで…髪の毛、切られそうになったから腕で庇ったら、こんなことに」
「今までどこに居たんだい?」
「四番隊です。治療してもらいながら寝てました。それで、その……この時間までぐっすりで、すみません、仕事します…」
寝坊したのは完全に私の失態であるから怒られるかと思いビクビクしてしまう。
「…隊長、怒ってます?」
「あぁ」
「ご、ごめんなさい。あの、明日休暇の予定でしたが今日なまけた分も働きますので、」
「君に怒ってる訳じゃない。君を傷付ける奴がいると思うと憤りを覚えてしまってね」
藍染隊長は怒るような悲しむような表情でため息をつく。
私のために怒ったり悲しんだりしてくれるのは嬉しく思うが、私のせいでそんな顔をさせてしまったと思うと申し訳なくも感じた。
「明日は予定通りゆっくり休むといい。今日のは君の失態という訳ではないのだから、気に病むことは無いさ」
「ですが……」
「たまには身も心も休ませないと壊れてしまうよ」
私のためを思って言ってくれているのだろうが、今日昼まで寝て休んだのに更に明日まで休暇なんてもらったら、申し訳なくて気が気でなくて、心なんて休めてられない。
「…あの、おこがましいことだとは思うんですけど、もし明日、迷惑でなければ…ずっとお傍にいてもいいでしょうか」
「……明日は、特別な用事は無いから構わないけど…どうして?」
「藍染隊長の優しさに甘えてしまうことにはなるんですけど、その、隊長の傍にいると、心が安らぐというか、癒されるというか…そんな感じなので」
五番隊の中で唯一、明確に私の味方をしてくれているのは藍染隊長だけなんだ。そんな優しい藍染隊長と、同じ空間に居られるだけで心が落ち着く。
だから今だって、安心感に包まれている。
出会ったばかりのときの不安や不信感はどこに消えたのか、自分でも解らないくらいだ。
「君がそれでいいなら、そうすればいい」
「…迷惑じゃないですか?」
「迷惑なんかじゃない。寧ろ、頼ってもらえることが嬉しいくらいさ。初めの頃は大分距離を感じて寂しかったからね」
「……」
隊長クラスでも、ただの席官なんかに頼られて嬉しく感じたりするのか。少しくらい鬱陶しがられるかと思った。
「どうかした?」
「いえ……隊長でも、私なんかで嬉しいとか寂しいとか思うんだなーって、思ってしまって」
「僕にだって感情くらいあるさ。もしかして今まで非情な男だとでも思っていたのかい?」
「そ、そんなことないです!ただ、その…今までは無愛想な日番谷隊長とか、喜怒哀楽が丸出しな松本副隊長と一緒にいたせいで、藍染隊長がずっとニコニコしてるのには裏があるんじゃないかとか変な風に考えてしまっていて……って、今はそんなことないですけどね!怖いとか不気味とか思ってませんしちゃんと優しくていい隊長だと思ってますしね!」
変なことを言ってしまったせいで藍染隊長は少しだけ驚かれていた。
慌てて弁解してみるも、なんだか申し訳なくて変な汗が流れてくる。
「そうか、裏があって怖くて不気味だなんて思われていたのか」
「そそそそんなこともう思ってませんし!」
「もう?」
「あ……えっと、すみません、ごめんなさい…申し訳ないです、失礼しました」
消え入りそうな声で謝罪をすれば、許してくれたのか藍染隊長はくすくすと笑いだした。
裏があるようなニコニコじゃなくて、心から和んで漏れてしまったような微笑みで。
「謝らなくても大丈夫だよ。僕が愛想を振り撒いてるのも事実だしね。ただ、誰にも指摘されたことなんてなかったけど」
「愛想だなんて、そんな…」
「ここだけの話、例えば僕が朽木隊長みたいにムスッとしていたら、話しかけにくいだろう?」
「……そう、ですね。日番谷隊長みたいに若さと可愛さがあったらいいですけど、朽木隊長はそんなことなくてちょっと怖いし近くにいくのも恐れ多く思います」
そう考えれば、藍染隊長が親しみやすくニコニコしてくれているのはありがたいのかもしれない。
藍染隊長が和やかなおかげで、五番隊の穏和な雰囲気が出来上がっていたんだから。
「君は本当に日番谷隊長のことが好きなんだね」
「そんなっ!ひ、日番谷隊長なんて別に好きじゃ……全然、好きじゃないです……」
「あ……と、失言だったかな」
あいつに壊されてしまった関係のことを思い出して虚しくなる。
それに、藍染隊長に申し訳なさそうな顔をさせてしまったことで、気が重くなる。
「…無責任に聞こえるかも知れないけど、言わせて欲しい。日番谷隊長の誤解も必ずや解いてみせる。全てを片付けないと難しいから時間はかかるかもしれないが…近いうちに、必ずどうにかしてみせるから」
「別に……大丈夫、です、日番谷隊長のことは、私の問題なので。もし本当に今起こっていることが片付くなら、それだけでも物凄くありがたいですし、嬉しいですから」
「……申し訳ない。僕が君を五番隊に異動させなければ、何事もなく日番谷隊長の元に居られたのに」
「でも…異動しなかったらこうして藍染隊長と話す機会も無かったと思いますし、その点においてはとても感謝してます」
もし他の隊で怖そうな隊長のとこだったら、こんな風に安心できなかっただろう。
「藍染隊長が私を信じてくれただけでも嬉しいので……、もしどうにもならなくて私の存在が邪魔になったら、いつでも切り捨ててくれて構いませんから。藍染隊長に、これ以上の迷惑はかけたくないので」
「…君は強いね」
「強がってるだけですよ」
誰かが心の支えになってくれている限り、私は弱みなんか見せられない。
藍染隊長が味方してくれているから、私はまだ強がっていられるんだ。
あんな奴なんかのせいで、もう泣いてたまるか。
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