襲撃
夜、気分を落ち着かせようと思い給湯室へとやって来ていた。もう廊下なんて誰もいなくて、誰もいないことで安心できた。
一人でお茶を飲んでいたら、廊下を歩く足音が聞こえてきた。誰かも解らないし見つかりたくないと思って息を殺していたけど、その人は給湯室へと入ってきた。
「…誰?」
電気を点けていなかったせいで、それが誰なのかは解らなかったけど、体格的に男性だと思った。
「香月六席、どうして城宮さんにあんなことしたんですか」
「……何もしてないけど」
「髪は女の命っていうのに、同じ女でよく切れましたね」
「だから、私は」
「腕だって包帯巻くほどの怪我させといてそんな平気そうな顔して、どういう神経してんすか」
窓から射す月明かりが、男の手元で反射した。研ぎ澄まされた銀色の刃物が、私に向けられる。帯刀許可の出ていない今、持ち歩ける刃物なんて包丁の類だろう。
「それで何するつもり?」
「あんたが城宮さんにやったのと同じことだよ!」
男が近寄ってくるから後ずさったのだが、すぐ追い付かれて頭を掴まれ壁に押し付けられた。
「彼女の苦しみを味わえ!」
男は私の髪の毛をたくさん引っ張りながら刃物を振りかざした。そんな無理なやり方では髪の毛だけでなく肩まで切られそうだったから、腕を差し出して刃物を食い止めた。
「う、うわっ」
腕を出されるなんて思っていなかったらしく、返り血を浴びた男は刃物を引き抜いて急いで逃げていった。
私の腕はというと、深く切り込まれたせいで激痛が走り、床に血溜まりを作っていた。止血するために腕をハンカチで縛って応急処置をし、四番隊の救護詰所に行くことにした。
こんな夜中でも四番隊の人達が動いているのか不安だった。それでも救護詰所は入院患者がいるため、人の気配はあったので、適当に歩き回った。
「あの……すみません、四番隊の人ですか」
前方から歩いてくる人影が見えて、声をかけた。その人は私の声を聞いて駆け寄って来てくれた。
「芽衣さん?こんな夜中にどうして……」
「…治療、してほしくて」
「その怪我…!早く、こっちへ」
ちょうどいいところで出会ったのは花太郎君で、すぐに私を治療室に導いてくれた。
部屋の電気を付けてくれて、明るさに目が眩む。そして腕を確認すると、なんとも痛々しく真っ赤に濡れていた。
「治療しますから、動かないでくださいね」
花太郎君に言われるがまま座らされて、腕を台の上に置くとすぐに鬼道での治療が始まった。
今までも任務で怪我をしたときなど、何回か花太郎君に治療して貰うことがあった。それで花太郎君とはよく話すようになったのだけど、こんな怪我の時にまで彼にお世話になるのは心苦しかった。
「これ、刃物か何かで切られたんですよね…?それに、傷の位置的にも、誰かにやられたんじゃ……」
「……大丈夫だから」
花太郎君は私なんかの怪我でもいちいち心配そうにしてくれて、毎回申し訳無い気持ちにさせられる。
それに今回はただの怪我ではなく、厄介事のせいで負わされた傷だ。傷の原因を話すとなると、今五番隊で起こっていることを話さなければならない。そんなことまで花太郎君に話したら、更に心配されるに違いない。
「僕には治療をすることしかできないですけど、だから…心配くらいはさせてください」
「……花太郎君は、優しいよね。だからこそ人の傷を癒すことができて、四番隊で七席にもなれたんだよね」
「芽衣さんだって、もう六席じゃないですか。僕なんかよりすごいですよ」
私は全然すごくないし、きっと六席になれたのだって藍染隊長の見込み違いだ。
藍染隊長が以前言っていた、冬獅郎君が私のことを大事に思って席官にしなかった、ってのもきっと間違いだ。私は冬獅郎君にそれほど大事に思われていなかったみたいだし、実力だって認めて貰えてなかったんだろう。
「私はすごくないから、みんなに信用してもらえないし、怪我だってしちゃうんだよ」
「……何か、あったんですか?」
力になろうとしてくれる花太郎の優しさは嬉しいのに、信じてもらえなかった時のことを考えると言葉がつまる。
「私が……ムカついたからって理由で女の子の髪の毛切って階段から突き落とした、って言ったらどうする?」
「……そういうことしたから、逆に怪我を負わされたってことですか?」
「い、今は私が質問してるんだから答えて」
「芽衣さんが本当にそんなことしたって言うなら、それを信じてしまうかもしれないですけど……でも芽衣さん、そんな理不尽なことしないですよね。それに…昇格したばっかりでそんな面倒事を起こすとは思えないです…」
たまにしか会えない花太郎君ですらこう言ってくれるのに、どうして冬獅郎君はあっちの味方なのだろう。やはりみんな、先に被害者面した方のことを信じるものなのだろうか。
「僕が知ってる芽衣さんは、真っ直ぐで優しくて、ちょっとだけ不真面目だけど、負けず嫌いな強い人です。だから、そんな陰湿なこと、するはずないです」
「…本当にそう思ってくれてるの?」
「本当です。僕は嘘なんかつきません」
花太郎君は真っ直ぐに私を見てそう言ってくれる。真っ直ぐで優しいのは私じゃなくて君の方じゃないか。
「…ありがとう。試すようなこと言ってごめんね」
申し訳なく感じながらも、私は事実をありのままに話すことにした。
城宮さんに陥れられたこと、みんなが私を信じてくれなかったこと、そして城宮さんを信じている人に切りつけられたことを。
花太郎君は私の話を親身になって聞いてくれて、泣きたいのは私の方なのに花太郎の方が泣きそうになっていた。
「僕は芽衣さんのこと信じます。だから、負けないでください。何もできない僕が言えることじゃないかもしれないですけど…僕は、芽衣さんの味方ですから」
「花太郎君……」
「この腕の怪我、一晩で治してみせます。芽衣さんは疲れてるでしょうし、寝ていてください」
「一晩って…花太郎君は寝ないつもりなの?」
「治療が終わったら寝させてもらうので、心配無いですよ」
花太郎君は私を安心させるように微笑みながら、私をベッドで寝るように勧めてきた。
せっかくの厚意だからありがたく受け取り、私は眠ることにした。
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