脅迫
「おい、香月だよな」
藍染隊長のところへ行こうと歩いていたら、聞き慣れない声で名前を呼ばれた。また城宮の取り巻きの男かと思って警戒しつつ振り向いたら、九番隊の檜佐木副隊長がいた。
「そ、そうです。どうかされましたか?」
数秒ほど無言で睨まれて素直にびびる。
顔に傷とか刺青があるだけでも怖いしただでさえ目付き悪いんだから、無言とか本当にやめてほしい。
「お前、城宮に変なことしてるらしいな」
「…私が変なことされてる側なんですけど」
「何だと?」
「そのままの意味です」
始めから私のことを疑ってかかってる人だから、どうせ私の言うことなどマトモに聞いてくれないだろう。
それに檜佐木副隊長なんて今まで一度も話したことがないのだから、私が何を言っても信じてくれるとは思えない。
「1つ警告に来た」
檜佐木先輩は近付いてきたかと思うと、私の胸ぐらを掴んで壁に押し付けてきた。逃げ場を封じられ嫌な汗が出る。
「これ以上何かするようなら俺が黙ってねぇからな。人がいい藍染隊長を味方につけて調子に乗ってんじゃねぇよ」
至近距離で強面の副隊長に凄まれるのは正直怖い。自分がやっていないことを自分のせいにされるのは、なんて気分が悪いんだろう。私よりあんなやつの方がみんなに信頼されるなんて、自分が情けなくなってくる。
「次やったらただじゃおかねぇぞ」
「檜佐木副隊長こそ……次また冤罪擦り付けてきたら許しませんからね」
「あ"ぁ?」
歯向かうのは怖いけど、黙って言われるがままでいるのも辛い。歯向かって嫌われることがあったって、そのうちあいつの本性を暴くことができたならみんな解ってくれるはずなんだ。
藍染隊長に全てを任せるつもりはないけれど、藍染隊長はこの状況をどうにかしてくれるって言ってくださったんだ。こんなに心強いことはない。
「あの人が勝手に私の悪評を振り撒いてるだけで、私はあの人に手出しなんかしてないんです」
「あいつは人の悪口言うような奴じゃねぇ」
「…そんなの、貴方があの人とそこまで親しくないから聞かないだけじゃないですか?」
「てめぇ、」
檜佐木副隊長の手に力が込められ、殴られると思って目を瞑った。しかし数秒経っても何も無くて、恐る恐る目を開けて見れば、檜佐木副隊長は私から手を離してくれた。
「とにかく、次は無いと思え」
私を憎々しげに睨んで、檜佐木副隊長は立ち去った。
一人になってから気が抜けて、足に力が入らなくなってしまい座り込んでしまった。
こんなに情けない姿も顔も見られたくなくて、自分の膝に顔を伏せた。それでもまだ私の心臓はうるさくて、手も少し震えていた。
ただ信じてもらえないだけならまだしも、敵に回すだけでこんなにも恐怖を感じるなんて。これだったらまだ虚相手の方が、斬ってしまえるだけマシだ。
もしまたあいつが私に何かされたと嘘をついたら、それだけで檜佐木副隊長の怒りの矛先が私へ向けられるんだ。きっと胸ぐら掴まれる程度では済まされないだろう。
そんなことを考えながらじっとしていたら、震える手を誰かにそっと握られた。驚いて顔を上げれば、そこには心配そうに私を見守る藍染隊長がいた。
「大丈夫?遅いから様子を見に行こうと思ったんだけど、何かあったのかい?」
「藍染隊長…」
「一先ず行こうか、廊下じゃ落ち着いて話もできやしない」
藍染隊長に手を引かれれば、普通に立ち上がることもできた。立ったら手を離されてしまったけど、手の震えももう治まっていた。隊長が来てくれただけでこんなに落ち着くなんて、私は隊長が居なかったらどうなっていたんだろう。
黙って隊長の隣を歩いてついていけば、隊首室にたどり着いた。これでもう誰にも邪魔されないと安心する。
「何があったか話してごらん」
座蒲団に腰を降ろせば、先程のことをすぐに聞かれた。言いたくなかったけど、この事態を解決してくれると言ってくださるのだから全て話すべきなのだろう。
私は脅されたことも反抗したことも、全てを話した。
藍染隊長は黙って聞いてくれたけど、どこか悲しそうだった。自分の隊でそんないざこざが起きていたと解れば無理もないだろう。
「みんなに信頼されてないって現実を突き付けられた気がして、へこみますね…。せっかく、席官になれたのに…」
席官なんてもっとみんなに信頼されて、みんなを率いる立ち位置だと思ったのに。
実力とかでいえば、絶対城宮よりも私の方が強いはず。藍染隊長が私をあの人より上に就かせたくらいだし、間違ってはいないはずだ。
だからこそ私は反撃してはいけないし、そもそも私があの人に手を出していないという事実を存在させるためにも、私から何かすることはできないんだ。
「あの、ごめんなさい。弱音ばっかり吐いて」
「いや、いいんだ。僕が話させたんだから、ちゃんと全部聞くよ」
「……もし、耐えられなくなったら、城宮さんに仕返ししてしまうかもしれないです。そうなったら、私を降格でもいいので異動させてください」
五番隊にはいられないし、檜佐木副隊長や冬獅郎君のことを考えると九番隊にも十番隊にも行けやしないけど。
「1週間以内に片を付けるから、もう少しだけ耐えてほしい。もちろんその間、君のことは守るつもりだし、何かあったら僕のところに逃げてきてくれても構わない」
「…そこまで言われてしまうと、全力で藍染隊長に甘えてしまいそうなのですが」
「構わないよ」
どうして藍染隊長は、ここまで私を信用してくれるのだろう。会って話したのだって、私が五番隊に来てからのことだし。優しくしてもらえるのはありがたいけど、少しだけ不審にも思ってしまう。
「ありがとうございます。私、がんばります」
何にせよ、藍染隊長の言葉を信じればあと一週間の辛抱だ。それを越えても終わらなければ、どこか別の隊へと異動させてもらおう。
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