一番大事な



「おじゃましまーす!」

日曜日、勝己くんの家で勉強会を行うことになった。私の家でも良かったのだが、勝己くんがなぜかダメだと言うので勝己くんの家に決まった。
勝己くんの家に上がるのは本当に久々で、昔ゲームをやりに遊びに来た以来だった。家に上がれば、勝己くんのお母さん、光己さんがいた。昔おばさんと呼んで怒られた記憶がよみがえった。

「光己さんだ!お久しぶりです、佐伯慧です、覚えてますか?」
「慧ちゃん!大きくなったね!ていうか可愛さに磨きがかかった!久しぶり!」

光己さんは笑顔で私の頭を撫でてくれた。光己さんまで私のことを覚えてくれていて、嬉しい。

「体育祭見たよ、すごかったね!そっちの切島くんも、かっこよかったよ。うちの子こんなだけど、二人ともよろしくね」
「おっす!」
「構うなババア、さっさと出てけ」
「ババアじゃないでしょ!」

光己さんは怒りながらも、買い物に行くと言って出かけて行った。私たちはテーブルに問題集を広げ、勉強会の準備をした。

「何からやる?とりあえず数学が課題まだ終わってないから出しちゃったけど」
「好きなのやってろ、お前赤点にはならねぇだろ」
「冷たい」

でもほんとに赤点になる不安要素は無かったから、そのまま課題をやり始めた。

「俺さ、数学はもちろんだけど古典がやべぇ」
「んなの授業聞いてりゃわかんだろ」
「爆豪もそのタイプかよ、まじわかんねーんだって。教え殺してくれ」
「チッ」

舌打ちをしつつも、勝己くんは切島くんが解らないというところを教えてあげていた。なんだかんだ言って困っていれば助けてくれるのが勝己くんの良いところだ。口が悪いから優しさがかき消されてしまうだけで。

勝己くんのスパルタ教育を横で聞きながら黙々と問題集を進めていたのだが、途中で引っ掛かった。

「勝己くん、ここ解んない」
「あぁ?」
「公式あてはめても変な数字出る」
「どこだ」
「ここ」

勝己くんは少し私に体を寄せて、問題集を覗きこんできた。ふわっと甘い匂いがした。

「そっちじゃなくてこっちの公式だろアホ、頭使え」
「頭は使ってるよ」
「はよ解け」
「はーい」

勝己くんが示した公式を使って数字を当てはめてみれば、きちんの整数の答えが出た。

「できた!」
「るせぇ、当たり前だろ」
「ありがとね」
「はよ次いけや」
「そろそろ休憩しない?切島くんも休憩したいよね」
「へっ?あぁ、まぁ、そうだな」
「チッ…」

休憩に納得いかないのか、勝己くんは立ち上がって台所に向かっていった。

「爆豪って佐伯には優しいよな」
「あぁ!?俺は常時優しいわ!」
「切島くんにも優しいと思うよ」
「佐伯ほどじゃないけどな」

やっぱり端から見ても勝己くんは私に対して特に優しいのか。私の気のせいとかではなかったようだ。

「飲め」

台所から戻ってきた勝己くんは人数分のお茶を入れてきてくれた。

「ありがとな!」
「ありがとー、勝己くん優しいね」
「黙って飲めや!」

悪口を言えば全力で否定するのに、褒め言葉には黙れと言う。可愛いな勝己くん。

「…なんかさ、二人とも思ったより仲良いのな」
「へ?」
「いや、学校で喋ってるとこそんな見ねぇし。佐伯、爆豪に脅迫されてんのかとちょっと思ってたから」
「脅迫なんかするわけねぇだろが!」
「その顔で言われても説得力ねぇよ」

たしかに、登下校は一緒だけど、その間私たちがどんな感じなのかなんて誰も知り得ないから、勝己くんに無理やり連れられていると思われてもおかしくないのか。

「佐伯がいつも通りで安心した」
「余計な心配してんじゃねぇぞクソ髪」
「爆豪がそういう風だから心配するんだって」

そういえば三奈ちゃんたちも、ひゅーひゅー煽ってくるだけでなく、裏で変なことされてない?大丈夫?と声をかけてきたこともあった。やはりあの暴君な勝己くんと居ると心配になるものなのか。

「切島くんの知っての通り、勝己くん優しいから。問題無いよ」
「爆豪のこと優しいなんて言う女子他にいねぇだろうな」
「怖いもんね」
「怖くねぇわ!無駄口叩いてねぇではよ勉強しろや!殺すぞ!」
「わぁ怖い」

私と切島くんはくすくす笑いながら勉強に戻った。勝己くんがこんな風だからちゃんと友達できるのか勝手に心配していたけど、少なくとも切島くんは勝己くんの良いところも解ってくれているし、安心した。

それからまた勝己くんのスパルタ教育が始まり、イラつく勝己くんの声をBGMにして勉強を進めていたのだが、飽きてきて段々眠くなってきた。数学の途中で眠気に襲われると全く頭が働かなくなって問題は解けないし、解けないから手を動かさないせいで余計に眠気が加速した。少しだけ、と思いペンを握ったまま目を瞑れば、いつの間にか眠りに落ちていた。



夢に勝己くんが出てきた。私たちがまだ小学生の姿で、公園で雨宿りしていたときの記憶だった。休日に公園で遊んでいたら雨が降ってきて、みんな家まで走ったけど、私と勝己くんは遊び足りなくてそのまま公園に残って屋根の下のベンチに座っていた。

『慧は帰らないのかよ』
『だって勝己くんが帰りたくなさそうだったから』
『慧はどうなんだよ』
『勝己くんと居るの楽しいから、勝己くんが帰らないなら帰らない』
『…母ちゃんが5時に帰って来いって』
『じゃあまだ1時間一緒に居られるね』

あの頃、私の一番の友達は勝己くんで、私を一番認めてくれている人だった。私も、勝己くんが強くてかっこよくて、幼いながらも憧れていたから、誰よりも一緒に居たかった。

『俺も、慧と居るの楽しい』
『ほんと?嬉しい』
『来年はクラス一緒になりたいよな』
『そしたら教室でも一緒に居られるね』

ずっとそう思っていたけど、私たちは雄英高校に入るまで、一度も同じクラスになれたことがなかった。毎年なぜか違うクラスで、だから放課後と土日しか遊べなくて、私はちょっと物足りなかった。

『なぁ知ってるか?大人になると結婚できて、ずっと一緒に居られるんだって』
『ずっと?』
『ずっと。だから、大人になったら結婚しようぜ』

あの頃は多分、結婚の意味なんて私も勝己くんも理解していなかった。ただ、ずっと一緒に居られる関係になれると、それだけしか。

『いいよ』

ただの、幼い子供の約束だ。だけど、勝己くんの素直な思いだった。結婚だとか恋人だとか、あの頃深く考えたことが無かったからそのまま忘れていた。ただ、ずっと勝己くんと一緒に居たいし一緒に居なきゃと、その思いだけは心に残って今も抱き続けてきた。

「慧」

頬を撫でられる感触があった。目の前には問題集が広がっていた。顔を上げれば、眉間にシワを寄せて私を睨む勝己くんがいた。私と目があったことを確認すると、頬に触れていた手は引っ込められた。

「…勝己くん」
「寝てんなよ。やる気ねぇなら帰れ」
「…昔の夢見た」
「聞いてねぇよ」
「小学校低学年の頃で、公園で、勝己くんと雨宿りしてた」

きっと勝己くんも覚えていないだろうと思ったけど、ぴくりと眉を動かした。もしかしてあの日のこと、勝己くん覚えてるの。

「…あの頃の勝己くん、素直ですっごい可愛かったな」
「今可愛くねーもんな」
「当たり前だろが」

つい夢の内容を、昔の思い出を口にしてしまいそうになったけど、やめておこう。他の人が居るときにするような話でも無いし、二人きりだったとしても、話して困るのは私の方だ。あのときはいいよと言ったけど、今は、そんな軽く考えられない。

「つーか、男の家で簡単に寝顔晒してんじゃねぇ」
「女子の寝顔とか初めて見た」
「見てんじゃねぇぞ」
「怒るくらいなら爆豪だって見てねぇですぐ起こせよな」
「るせぇ」

どうやら寝顔を見られたのは一瞬の話とかではないらしい。夢の長さ的にも、短時間ではなかったな。これからは気を付けよう。

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