クラスメイトA



「おはよ……」

遅刻ギリギリで教室に入り、軽く千代に挨拶をした。そしたらなぜかヒイッと悲鳴を漏らされた。

「え、あ、椿か……おはよ!」

椿か、とは何だ。どこからどうみても私は椿でしょ。いつもと違うところといっても、寝坊したせいで前髪が顔にかかっていたとかそのくらいだ。なぜ悲鳴をあげる。
そういえば視界が悪いと思い、今日の朝急ぎすぎてコンタクトを入れるのを諦めたことを思い出した。もしかしてそのせいで目付き悪いのかな、なんて考えながら、眼鏡を出そうとカバンをあさってみたのだが、眼鏡ケースはどこにも入っていなかった。



「椿今日どうしたの?なんか怖いけど」

朝のHR後に千代が寄ってきた。顔がはっきりと見えないが、大きさと声で千代だとわかる。

「朝時間なくて飛び出してきて……コンタクトも眼鏡も無くて……。けど、怖いって何。そりゃあちょっと目付き悪いかもしれないけど…」
「残念だけどちょっとどころじゃないよ、なんか今日、結月よりもヤンキーらしいオーラだよ」
「そんなに!?」
「お、怒らないでよっ」
「怒ってなんかないよ…」

私は普通に真面目だし勉強もそこそこできるし割りと優等生してたと思うのに。だらしない前髪と悪い目付きだけで私の印象がそこまで悪くなってしまうなんて。とは思ったが、急いだせいで制服も少し乱れていたようだ。これはちょっと、だめだな。

「でも今日黒板見えないよね?明日、今日の分のノート見せてあげるね」
「千代ありがとう…!」

授業が始まってみると、当たり前だが黒板の文字が全く見えない。一応教科書もノートも開いているのだが、何も見えないから何も書くことができない。みんなが真剣に黒板を書き写しているのに私はシャーペンを持つのもやめてしまっている。恐らく先生の目にも私がグレて勉強を捨てたように見えているだろう。今日だけだから誤解しないでほしい。明日から真面目にノート書きますので。

朝から見た目も行動もヤンキー度が高かったせいか、千代と結月以外の人間がおもしろいくらい話しかけてこなかった。おもしろいけど、まぁ悲しい。ほんとは怖くない人間なんだからみんなもっといつも通り話しかけてほしい。

「椿、心配だから家まで送るよ」
「…でも、今日野崎くんの家に遊びに行く日でしょ?朝だって無事に学校来れたし、心配いらないよ」
「野崎くんにはもう遅れるって言っちゃったからいいの!気にしないで!」

放課後、千代は私の腕をひいて教室を出た。ありがたいけど、そこまで心配してもらわなくても大丈夫なのに。
校舎から出て歩いていたら、後ろから千代を呼ぶ声が聞こえてきた。

「鹿島くん!」

え、鹿島くんなの?と振り向いてみても、せっかく会えた鹿島くんの美しい顔がはっきり見えなくて悲しくなる。

「今帰るとこ?」
「そうだよー、鹿島くんは?」
「千代ちゃんの姿が見えたから来ちゃっただけだよ。ところで、そっちの子は…あの、私何か悪いことした…?」

鹿島くんはどうやら私に話しかけてくれたらしい。あぁ嬉しい。それなのに内容が、なんか私が睨んでるとでも思ったのかな。目付き悪くてごめんなさい。

「今日コンタクト無くて目付き悪くなっちゃってるだけです、ごめんなさい…。鹿島くんの顔もっとちゃんと見たいんだけど見えなくて…」
「……、そっか。この距離なら見える?」

鹿島くんは私に1歩近付き、少し屈んで私にその美しいお顔を寄せてきた。コンタクトなんて無くても鹿島くんの顔をはっきり視認できる距離まで詰められて、恥ずかしくて顔が熱くなる。どうしていいかわからずただドキドキしていたら、今度は鹿島くんを呼ぶ怒声が聞こえてきた。

「あっ、やっば」
「部活さぼって女子と絡んでんじゃねぇ!!」

鹿島くんはたしか演劇部だから、この人も演劇部の人なのかな。顔もよく見えないその人をなんとなく見ていたら、視線に気付いたのかその人は近付いてきてなぜか私の顔をまじまじと見つめてきた。

「お前、鹿島の友達か?」

そんなことを聞かれても、友達なのか?私ってただの、鹿島くんのファンのつもりなんだけど。

「友達じゃなくて、私のお姫様だよ」
「お前は黙ってろ。なぁ、演劇部に入る気ねぇか?」
「…私が?」
「そうだ。今ちょうど抜けてる役があってよぉ、部員の中に似合う奴がなかなかいなくて困ってたんだよ」
「ちょっと堀ちゃん先輩!?初対面の子にその役勧めるのさすがにどうかと思いますよ!」

鹿島くんの慌てようからすると、ろくな役じゃないらしい。けど、演劇部に入れば鹿島くんと仲良くできるのかなぁなんて下心もわいてしまう。

「よかったら練習見てくか?」
「あの、堀先輩。この子今日コンタクトしてなくて何も見えないと思うんで、また今度でもいいですか?私今から家まで送り届けるところなので」
「…そうか。じゃあ明日見にこいよ。ちなみに名前なんていうんだ?」
「京極椿です」
「俺は演劇部部長の堀だ。つー訳で鹿島、明日お姫様に見せるために演技の練習しにいくぞ」

堀先輩は、私の名前を聞くだけ聞いて、鹿島くんを引きずって去っていった。

「椿、演技できるの?」
「…どうだろうね。とりあえず明日見学してから考えるよ」
「そうだね」


- 1 -

←前次→