いじめっ子A



「あの、見学したくて来たんですけど」

演劇部の部室を訪問してみれば、舞台のセットを作成中らしい堀先輩が顔をあげた。ぽかんとした顔で私を見て、暫くしてから私の元まで近寄ってきた。

「誰だ」
「昨日京極椿ですって言ったばっかだと思うんですけど…」
「…だよな。昨日とあまりにもイメージが違いすぎて。イメチェンしたのか?」
「今が通常の私です。昨日は寝坊して荒れてたっていうか、あんなことになってただけです」
「…まぁ、とりあえず、見学来てくれてありがとな。今なら鹿島が真面目にやってるはずだから、ついてこい」

言われるがままに堀先輩についていけば、舞台の上で輝いている鹿島くんの姿をお目にかかれた。さすが王子さま、何をしていてもかっこいい。

「鹿島ー!!昨日の奴つれてきたから女たぶらかしてないで真面目にやれ!!」
「はーい……って、昨日の子!?なんか雰囲気違くないですか!?」
「うっせぇ!!だとしても新入部員になるかもしれねーなら構わん!」

昨日と違うと何がいけないのだと聞いてみたいが、なんだか聞きたくないような気もする。堀先輩は昨日の、ちょっと柄の悪そうに見える私に声をかけたんだ。もしかしたら、そういう役を求めていたのかもしれない。通常の私が普通でごめんなさい。

演劇の練習が始まると、鹿島くんはいつもよりも王子様らしさを醸し出していて、性別なんか忘れて惚れてしまいそうになった。練習だというのに、魅入ってしまった。
終わってからハッとして堀先輩の方を見れば、嬉しそうに私を見ていた。

「演劇、面白いだろ?」
「面白かったです、すごく」
「やってみるか?昨日言ってた抜けてる役のとこ」
「え、いきなりですか…?」

渡された台本を見てみると、今見せられた演劇とはまた違う内容のものだった。そして堀先輩が指さした役名は、いじめっ子Aだった。

「……あの、」
「先に謝る。すまん。でも昨日の京極にはできると思ったんだ。試しにでいいから、やってみねぇか?」
「…わかりました。下手でダメだったらちゃんと言ってくださいね?」
「おう」

鹿島くんに手招きされたので、台本を持って舞台に上がった。いじめっ子役のイメージで迷ったけど、結月の荒々しさと人を馬鹿にする態度だけをイメージして、台本を読むことにした。


「…、ねぇマミさん、最近鈴本くんと仲が良いからってあなた調子に乗ってない?」
「そ、そんなこと…」
「みんなの王子様と仲良くできて彼女気取りなの?見ていてすごく不快なのよねぇ」

うーん、いじめっ子にしては勢いが足りないかな。もうちょっと怒鳴ってやってみるか。

「夏祭りも鈴本くんと二人で行ったのよね?彼女でもないくせにいい気になってさぁ!」
「そうよそうよ!」
「これ以上あたしらの鈴本くんに手出したら許さねーぞ!!」
「許さねーぞ!」
「あんたみたいなブスが、鈴本くんと釣り合うだなんて思い上がるのもいい加減にしろよ!?」

結月をイメージした割りには、結月を通り越してしまった気がする。指定されたのはここまでだったから、ほっとしてため息をついた。しかしやはり何かダメだったのか、しーんとしてしまっていた。

「ほ、堀先輩?やっぱダメでしたよね…」
「え?あ、いや!すごく良かったぞ!細かいとこは練習するとして、やればできるじゃねーか!」

堀先輩は嬉しそうだし、他の部員の人たちも良かっただの何だの言ってくれて、嬉しくなった。

「いじめっ子A役、やってくれないか?これは京極にしかできない!その目付きと声の出し方と気迫は他の奴には不可能だ!」
「それ褒めてるんですかね…」

あまり嬉しくなかったけど、私しかいないと言われては引き受けてしまいたくなる。どうしよう。

「京極!いいだろ?」
「……わかりました。その、歓迎してくれるなら、入部します」
「おっしゃあ!!喜べお前ら!」

演技なのか本気なのか解らないが、とりあえずみんな喜んでくれているし、まぁいいか。柄の悪い役だろうと、私を求めてくれているんだ。

「改めて、よろしくな!京極!」
「っ、はい!よろしくお願いします!」

きっとヒロイン役で輝く時は私にはやってこないだろうけど、私にしかできないことは、全力でやってみせよう。


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