知らない感情



美味しいものをいっぱい食べて、はしゃいで遊び回って、あっという間に三日目が終わろうとしていた。
鳴木市の任務なのでこの地区から出ての現世観光ができないというのが物足りないところではあったが、何をするにも檜佐木くんと一緒というだけで楽しくて最高だった。

「ずーっと遊んじゃってたし、この三日でやったの魂葬くらいだったね」
「あぁ、さすがに遊び疲れたな」

羽を伸ばしたくて、義骸には義魂丸を入れて私たちは死神の姿で空中散歩をしていた。

「座ろっか」

檜佐木くんの手を引いて、近くにあった中学校の校舎の屋上に降りたった。ちょうどよくベンチもあったので、二人で並んで腰かけた。

「あと一日もしないうちに帰らないといけないね」
「…そーだな」
「楽しかったね。また来ようね」
「あぁ」

眼前には綺麗な夜空が広がり、きらきらとたくさんの星が瞬いていた。

「…帰りたくねぇな」
「うん…もうちょっと遊んでたいね」

できれば鳴木市だけでなく、もっと広く、現世の色んなところを見てみたい。きっと現世には私の知らない世界がいっぱいあって、死神の永い寿命でも楽しみきれないくらいの楽しみがいっぱいあるはずだ。

「…そうじゃなくて」
「ん?」
「…一色と、もっと二人で過ごしたいなと…」

夜空を見上げながら、そこまで言うと口をつぐんでしまった。

「私も檜佐木くんと二人で過ごすの楽しい」
「…!」
「帰ってもさ、二人で遊ぶ機会増やそうよ。色んなもの食べて色んなことして、いっぱい楽しもうよ。今回の旅行ね、学生の時みたいに、っていうかあの時以上に難しいこと何にも考えずにいられて、すごい楽しかった!本当にありがとうね」

死神になってからずっと、馬鹿がばれないように必死で優等生ごっこを続けていた。それが成功しているのかは解らないけど、それのせいですごく、疲れていた。檜佐木くんに恥をかかせたくなくて、檜佐木くんの傍に居ても、檜佐木くんの恥にならないように、頑張っていた。

「…俺も、楽しかった。ほんとに、俺のこと誘ってくれたの嬉しかった。ありがとな」
「だって檜佐木くんが一番仲良しだからね!先輩も、檜佐木くんと行っていいよってわざわざ言ってくれたから、そうしますって言いやすかったの」

二人きりで、誰にも見られないところではしゃいでいられて、本当に楽しかった。羽をのばすってこういうことなんだろうな。

「…普段から、このくらい元気にしてていいんだぞ?」
「えっ」
「なんか、テンション抑えてるだろ、いつも。そうしたくてしてんなら何も言わねぇけどさ、学生の時より控えめだし、俺に対しても抑えぎみだったから、なんか…距離取られたのかと、ずっと、ちょっと不安だった」

失敗だった。優等生ごっこなんかして檜佐木くんを不安にさせてしまっていただなんて。

「ごめんね、あの、上の人とかに、檜佐木くんが馬鹿とつるんでると思われたら申し訳ないなって思って、馬鹿に見えないように頑張ってたんだけど…ごめんね?」
「そういうことかよ…。そんなの気にすんなよ。本当にただの馬鹿だった時から世話してんだから、そんなの今さら気にするなよな」
「…ありがと」

勝手に無理をしていたのは私だけど、最近ほんとに戦いでしか自分を出せなくて辛かったから、檜佐木くんの言葉に救われた。私が人目を気にしていたのも檜佐木くんのためだから、檜佐木くんが良いと言うなら、私が気にするものなんて何も無い。

「…気使わせてごめんな?あと、ありがとう」

優しくそう言い、檜佐木くんは私の頭を優しく撫でてくれた。この旅行まで最近二人で過ごすことが無く、頭を撫でてもらえるような良いこともしていなかったから、久しぶりの感覚だった。
不安にさせていたのにお礼を言われて頭まで撫でてもらえるなんて、嬉しい反面、心が苦しかった。

「…檜佐木くん」
「ん?」

優しい瞳と視線が交わり、言葉が出てこなくなる。
もっと撫でて欲しくて、もっと傍に居て、もっと楽しいことをしたくて、もっと仲良くなりたくて、でもさっき散々それを伝えたのにまだ言うなんて、檜佐木くんに依存しているみたいで、言えなかった。この気持ちの、正しい伝え方がわからない。

「どうした?」

なんて、心配そうに聞かれて、あぁまた不安にさせてしまっているのかと自分に嫌気がさしてしまう。

「…なんでもないの」
「そんな顔で言われても説得力無いぞ」

頭を、髪を撫でる手が、今度は私の頬を優しく撫でる。その温かさが心地よくて、ついその手に触れて頬をすり寄らせた。

「もうすぐこんな楽しい時間終わるの、寂しい…」
「…向こう戻っても、俺が楽しませてやるから。だからそんな顔すんな。笑顔の方が好きだぞ」

慰めだとしても、檜佐木くんに好きだと言ってもらえるなんて。だったら私はこれからも笑顔で、前のように自由に生きよう。そうしたらきっと、檜佐木くんを不快にさせたりしないから、ずっと檜佐木くんの傍にいられるよね。

「一色、俺…」

呼ばれて視線が交われば、今度は檜佐木くんが言葉に詰まってしまった。続きを待とうと思ったが、背筋がぞくっとしたのを感じて空気が変わった。虚の気配だった。

「檜佐木くん、きた」
「え?……、虚か」

最近任務をたくさんこなして虚にたくさん会っていたせいか、私の方が檜佐木くんよりも先に虚の気配を感じとることができていた。

「あっちだと思う!ついてきて!」
「は?いや、思うじゃなくて伝令神機見ろよ…!」

もう少しゆっくりしていたかったけど、仕方がない。楽しんでこいと言われたとは言えこれも仕事、というか、これが本来の私たちの仕事だ。
私は檜佐木くんを振り返らずに、ついてきてくれているのを肌で感じながら虚が居ると感じる方向に突っ走った。


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