🔍️男女交際 とは
私は生まれてからこれまで、誰かと全うな恋愛をしたことがなかった。小学生の時はともかく、中学の時も気になる男子すらいなくて、私はテレビの中のアイドルに夢中だった。アイドルに比べればクラスの男子なんてまだまだお子ちゃまだったから興味も持てなかった。
高校生になってはそれも同じで、ひょんなことから夢ノ咲学院のプロデュース科に転校させられてプロデューサーとして生きさせられたので、どんなに輝かしいアイドルの男の子が目の前にいても、恋に落ちるだなんて迂闊なことはしなかった。
「自分とお付き合いしてくれませんか?」
だから今日、アイドルにそんなことを言われてしまい、処理が追い付かなくてフリーズしてしまった。彼とそんな話の流れになってしまったのも、珍しく真剣な顔でお誘いされたせいだった。
時は一時間ほど前、2winkのタイアップ企画の仕事を貰えたので、ご機嫌でコズプロ事務所を訪れていた。コズプロのアイドルの仕事は副所長である茨くんが目を通すことになっているので、彼の元へと企画書を持ってきた。
「CMのお仕事だから、知名度も好感度もばっちり上昇すると思わない?私は2winkの二人にお願いしたいんだけど、どうかな」
「わかりました。目を通して明日にでも御返事させて頂きますね!うちのアイドルに仕事を頂きありがとうございます!」
いつも通りの営業スマイルで企画書を受け取られ安心する。Edenの仕事に関しては指一本触れさせて貰えないから、茨くんには嫌われているんじゃないかとずっと疑っているのだが、Eden以外のことに関しては前向きに検討してくれるから、本当のところはわからない。まぁ茨くんの完璧なプロデュースでEdenは成り立っているから、むしろ私は触れない方がいいというか、触れてはいけないと思い始めていた。
「この後、お時間ありますか?お食事でもご一緒して頂けると大変嬉しいのですが」
「あー、このあとは…」
「実は、折り入って相談がありまして」
茨くんの全てを見透かすような目が苦手で、褒めちぎられるのも苦手で、いつもなんとなく誘いは断ってしまっていた。だが今日はいつもと違って食いぎみに言ってくるものだから、断りの台詞がでてこなくなってしまった。
「…そう、そっか。いいよ、予定無いから、ご飯行こうか」
「感謝致します!キリのいいところまで仕事を片付けたいので、30分後でも構いませんか?」
「いいよ、私も片付けてからまた来るね」
「お手数お掛けしてしまい申し訳ない」
茨くんから相談を受けるなんて、初めてのことだった。茨くんも私も高校を卒業して、社会人になってやっと私もプロデューサーとしてきちんと認めて貰えたということなのだろうか。
なんとなく茨くんのことを考えながら書類を整理して帰り支度をしていたら、あっという間に30分が経っていた。
エレベーターに乗ってコズプロの事務所のある十八階へ向かい、お目当ての階につき扉が開くと、そこには茨くんが立っていた。
「おや、丁度いいタイミングでしたね。お仕事お疲れさまであります!」
「ちょっとびっくりしちゃった。茨くんもお疲れさま」
茨くんもエレベーターに乗り込んできて、割りと小さな空間に二人きりにさせられる。今までなんとなく距離を保ってきたせいで、なんだか緊張してしまう。
「あ、そういえばご飯どこ行くか決めてあるの?私どこか探しといた方が良かったかな」
「プロデューサー殿は何か苦手な食べ物などおありですか?」
「えっ、ううん。大体食べられるよ」
「それはよかった。先ほど予約をしておいたのでそちらへ向かいましょうか」
さすが茨くん仕事が早い。私は100円の回転寿司でもそのへんの牛丼でも全然良かったけど、茨くんの食べたいものがあるならそれに合わせよう。予約するようなお店に行くのに、私の財布の中身はちゃんと足りているだろうか。
ESビルの外へ出るとタクシーが停まっており、茨くんは真っ直ぐそちらへ私を誘導して乗り込んだ。まさかタクシーまで呼んでいたというのか。仕事を片付けるなんて言っていた30分は、本当は店の予約とタクシーの手配に使っていたのではないかと思えてしまう。
何も教えられぬまま、他愛のない仕事の話をしながら連れていかれたのは、なんだかお高そうなレストランだった。
「あの、ここは…」
「夜景が見えて綺麗だそうですよ。閣下の掲載された雑誌にあったのをたまたま見つけたので予約しちゃいました」
値段とか考えないのかとか思ってしまうが彼は天下のEdenの一員であり、事務所の副所長だ。ここの一食がいくらしようが払えてしまうのだろう。
店内は落ち着いた雰囲気で、音楽が流れているので普通の話し声くらいなら他人に聞かれることはなさそうな感じだった。
渡されたメニュー表を見ると、滅多に見ることのない値段の料理がたくさんのっていて、本格的に財布が心配になってきて今確認してしまおうかと焦ってきた。
「あ、相談に乗って頂くのは自分ですし、お会計は自分が持つので、気にせずお好きなものを頼んでくださいね」
「でもそんな、悪いよ」
「このようなお店で割り勘だなんて、男として格好がつかないでしょう?カッコつけさせてくださいよ」
「…では、お言葉に甘えさせて頂きます、ありがとうございます」
いつかお礼をすればいいやと割り切って、サラダとステーキを注文させていただいた。いいお肉を奢られるほどに重い相談があるのかとちょっと不安になってきた。
「あの、相談って」
「それが、七種茨個人の仕事についての相談なのですが」
「ほぉ」
当たり前だがやはりEdenの仕事についてではなかったか。しかし茨くん自身のことなのに、Edenの人たちではなく私へ相談してくれるのか。
「まだ未発表なのですが、今度ラブロマンス映画に出演させて頂くことになりまして」
「映画!それはおめでとう」
「ありがとうございます。ですが、ヒロインに惚れてアピールするが報われない役という思い切り恋をしている男でして…。お恥ずかしい話、自分はこれまで恋愛などと縁の無い人生を送ってきたため、いまいちイメージが掴めなくて」
茨くんの過去は知らないが、今はアイドルでありあのEdenの人間だ。恋愛などしている暇はなかったのだろう。
「台本の読み合わせの段階で感情が足りないと監督からお叱りを受けてしまいました」
「…そっか」
「試しに少女漫画は読んでみたのですが、過ごした学園生活が違いすぎてどこにも感情移入できず、そもそも興味の無い事象なので困り果てているのであります」
確かに少女漫画では普通の高校生や大学生の物語だから、アイドルからは遠い存在の恋愛事になってしまう。だったらまだ恋愛ドラマとか、人の恋愛演技を見る方が勉強になるんじゃないだろうか。
「そこでプロデューサー殿にご相談なのですが」
「はぁい」
おすすめの恋愛ものでも教えればいいかな。私もそういうものに疎い方ではあるけど、困っているなら何か探してあげようか。
「自分とお付き合いしていただけませんか?」
「はい?」
この言葉を理解するために、今日の茨くんとの会話を全て振り返って考えてしまった。
「二つ返事ではいと仰って頂けるだなんて、恐悦至極であります!」
「…えっ、待って、今のは聞き返したはいであって、了承のはいではないよ」
「おや、やはり自分ではダメでしたかね」
「そうじゃなくて、ちょっと待って」
混乱してしまい、美味しいはずのステーキの味もわからなくなる。
「なんで」
「わからないことは、擬似体験するのが最善かと思いまして。貴方の貴重な時間を自分なんかに割いて頂くことにはなるので大変申し訳ないとは思うのですが、最短で恋愛を感じる方法だと思いませんか?協力して頂けるのであれば、いくらでも謝礼は払いますよ」
ああ確かに、見て学ぶよりやって学ぶ方が身に染みるだろう。撮影までに覚えるという時間制限もあるだろうし、できることならやってあげたいけど。
「…仮に付き合うとして、私は何をすれば?」
「そうですね、自分も不慣れなので何をすれば良いのかはわからないのですが、とりあえず今日のような食事を含め、何度かデートして頂きたいですね。仮にパパラッチに撮られるようなことがあれば、自分の権力と財力で揉み消してしまいましょう。最悪、プロデューサーの貴方であれば打ち合わせだと銘打てば言い訳もできましょう」
プロデューサーの私が相手であればそのあたりも都合がいいという訳か。
「…私も、まとまに恋愛したことないのだけど」
念のため言っておけば、茨くんは目を丸くさせた。
「おや、人選ミスでしたかね。まぁそこは目を瞑りましょう。貴方以外にこんなことを頼める人がおりませんので」
「私なんかが相手で何か掴めるものがあるか不安しかないけど…」
「女性とお付き合いをする感覚だけでも掴めれば、それだけでも収穫です。なにも恋人ごっこをするだけで、キスやそれ以上の行為を求めるようなことはしないと約束致しますよ」
恋愛に興味がないと言う茨くんがそんなことを無理やりするとも思っていないけど。
「念のため言っておきますが、これはアイドル活動をする上での一定期間のお願いです。間違っても自分に本気で惚れられてしまうと困りますので、それだけはお気をつけてくださいね」
「…それはお互い様だよね?」
「もちろんであります。女神のように美しい貴方に惚れてしまわないか心配ですが、最善の注意を払いましょう」
恋愛をしたことが無いだけで、私だって恋愛に夢を見たことはある。少女漫画も恋愛ドラマも履修してきたのだから、少しは役に立つだろう。
「お肉も奢ってもらっちゃうし…引き受けようかな」
「ありがとうございます!本当に貴方はお優しい方ですね。では早速デートの予定を組みたいのですが、次のオフはいつですかね?」
仕事の予定と同じノリで予定を組もうとする茨くんに笑ってしまうが、早速四日後の金曜日がお互いに休みで時間があったのでデートの約束をしてしまった。
「一応お勉強のためですので、貴方を落とす勢いでお付き合いさせて頂きますね」
「…そういうことなら、あの、私もそういう意気込みでがんばった方がいいのかな…?」
「そうですね。多少はときめきとか言うものを味わってみたいものであります」
なんだかハードルの高い要望を出されている気がする。私なんかが茨くんをときめかせるだなんてそんな難しそうなことできるのだろうか。
「…ときめき、与えられる魅力無くても怒らないでね?」
「怒りませんよ。むしろ積極的アピールをされてどの感情も湧かなかったら自分に欠陥があるだけなので」
プレッシャーを感じるが、これも茨くんの仕事のためだと思って割り切っていこう。
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