演技なんかしない



晴れて茨くんとお付き合いをすることになり、その日も帰りは家まで送ってもらった。ESの専属の運転手なので、明日の予定とか悩んでる企画のこととかを車内で気兼ね無く話していたのだけど、こっそりと私の手に触れてきた。

「それで、あの、ショコラフェス…みたいな、ものをね?えっと…」
「夢ノ咲の方たちはバレンタインのライブは経験済みの方が多いですよね」

ちらりとこっちを見たかと思うと、そのまま私の手を握り締めた。茨くんと手を繋ぐのは私も大好きだし、茨くんも同じ気持ちだったのかななんて思うとつい頬が熱くなるのを感じた。

「ジュンから聞きましたよ、バレンタインのイベントにEdenを使いたいと仰っていたとね」
「え、知ってたの」
「はい。閣下や殿下がチョコレートを食べまくるようなことにならないか心配だったので返事はしていませんでしたが…、人々の注目度の高いバレンタインを利用するのも有りかと思いまして、それに相応しい曲と衣装は既に用意しておきました」
「え!?早くない!?」

ジュンくんとそんな話をしたのもまだつい最近の12月の話だし、そこからそんな勢いで企画を練っていたなんて。ジュンくんが茨くんにそれをすぐ話したのも、私と一緒に仕事したかったのかな、とか余計なことを考えそうになってしまう。

「遅いくらいですよ、バレンタインまであと1ヶ月程しかありませんからね?新曲のお披露目のために歌番組やバラエティやラジオなどの出演予定もありますし、プロデューサー殿のお力を借りて更に盛り上げていきたいのですが、いかがでしょう?」

握った私の手をすりすり撫でて、楽しそうな笑みを向けられるものだから、なんだか悪いハニートラップにでもかけられてしまうのかと錯覚してしまう。茨くんの罠にかかるのも今さらな感じもするけど。

「茨くんと…Edenと、一緒に働きたい」
「ありがとうございます!敏腕プロデューサー殿にお力添えして頂けるなんて頼もしい限りでありますね」
「やめてよ〜敏腕じゃないよ」
「Edenの魅力、たっぷり引き出してくださいね。貴方にしかできない仕事かもしれませんし」

一緒に仕事をできることが嬉しい反面、皆のまだ知らない茨くんの魅力を公に晒さないといけないのかと、少しだけモヤッとした。お付き合い初日からこんな不要な独占欲を抱いてどうするんだ。

「楽しみにしてますね」

なんて嬉しそうな顔で言われたら、プロデューサーとして全力を出すという誓いを立てることしかできなかった。

家に着いて、「お疲れ様でした」なんて言いながら茨くんの手から離れたけど、急に手が寒く感じてしまう。

「ではまた明日、ESで」
「うん、また明日ね」

いつ切り捨てられるか、いつ会えなくなるのか、触れられなくなるのか、なんて不安を今まで持ち続けて過ごしてきたけど、この関係が本物になった今、もうそんなこと考えなくていいのが幸せで、また明日と笑顔で言い合えることが嬉しかった。
茨くんに突撃したのも告白したのもほとんど勢いだったけど、後悔の無い関係に落ち着けて本当に良かった。
ただ、今までよりも人目を気にして本気でバレない振る舞いをしなきゃいけないのは確かだし、浮かれてばかりもいられない。茨くんのアイドル人生を、私が傷付けるわけにはいかないのだから。


寝る支度を済まして布団に入ったものの、茨くんのことで頭がいっぱいすぎて全然寝られそうにない。
今までは偽物だったから、自分らしくもない積極的ないちゃつきをしたりとか思ってもない言葉で口説いたりとかもしたような気がするが、もし茨くんが好きだと感じたのがその演技部分だったらどうしようなんて不安まで沸いてきた。
いろんな感情に支配されながらごろごろと寝返りをして苦しんでいたら、枕元のスマホが鳴りだして、私を悩ませる人物の名前が表示されていた。

「もしもし?」
『お疲れ様です、まだ起きてました?』
「うん、なんか寝付けなくて…」

寝る前に茨くんと電話するのも久々で、懐かしくも感じてしまう。

『睡眠の邪魔をしてしまいすみません。寝る前に…貴方の声が聞きたくて』

茨くんの声が段々と小さくなるのも珍しくて、ガチの本心ではと勘繰ってドキッとさせられた。

『何というか、あれだけ習慣化されていたので?おやすみもおはようも、無いと調子が狂うと言いますか…』
「じゃあ、これからもおやすみとおはようの電話、しようよ。私も寝る前に茨くんの声聞きたいし…朝も、起こして欲しいし…」
『ええ、そうしましょう。ただ…今まではほぼ毎日自宅に帰っていたのでできましたが、これからは怪しまれないためにも寮で寝泊まりもしようかと思うんです。さすがに人様の前で彼女と電話をするのは気が引けますので…電話の頻度は減ると思います』

ルームメイトのいるところで彼女とおやすみの電話なんて恥ずかしいことはできるわけがないか。

「できるときだけで大丈夫だよ、他の人に会話聞かれるの恥ずかしいし」
『皆の愛する芹さんを独り占めしているのがバレたら刺されるかもしれませんしね』
「それはこっちの台詞だよ…」

皆と仲良くはしているけれど、茨くんのように大量の恋愛感情のようなものを向けられているわけではないし。刺される危険があるのは私の方だ。

「誰にも…言わない方がいいよね?私たちのこと」
『あぁ、ジュンには自分から話します』
「えっ、や、ジュンくんに限った話ではないけど…」
『芹が心配しているのはジュンくらいのものでしょう?芹とジュンが自分のせいでよそよそしくなるようなことにはさせたくないですし、貴方は今まで通りにしていてください。ジュンとしか築けない友情もあるでしょうし、2人で遊ぶなとも言いませんよ』

少しくらい嫉妬して欲しいところだけど、今まで通りでいいと言ってもらえるのは気持ちが楽になって助かる。だからと言って前みたいに暇な休日にとりあえずゲーセン行ってジュンくんを探すみたいなことばかりはしないようにしよう。

『まぁ、また写真でも撮られるようなことがあれば怒りますがね?』
「き、気を付けます!」

その怒りはたぶん嫉妬というよりも業務上の不都合だと思うし、本気のお叱りを受けそうだ。茨くんやジュンくんだけに限らず、どのアイドルと接するときにも気を付けなければ。

『明日も…お会いしたいので、呼びつけてしまうかもしれません。お手隙でしたら会いましょう』
「茨くんから呼ばれたらなんとか時間作るから大丈夫だよ。いつでも呼んで」
『それは、優しさですか?それとも…』
「…私だって、茨くんと会いたいからだよ」

なんだか言い淀んでいたので、代わりに私からはっきり言ってあげた。そんなに慎重に、不安そうにならなくても、私は茨くんのこと好きだし、自信過剰なくらいの態度でこられても大丈夫なのに。

『芹』
「ん?」
『好きです、おやすみなさい』
「えっ、わ、私も、好きです…おやすみなさい…」

もう少し声を聞いていたかったけど、潔く電話を切られて名残惜しくなってしまう。けどいまだに好きとおやすみを言ってくれるあたり、私だけじゃなく茨くんもこのやりとり好きなんだなぁと思って笑みが溢れた。他の誰も、茨くんが寝る前に好きだと伝えてくれる姿なんて知らないし思い付きもしないだろうことが、嬉しい。私しか知らない一面だ。心が満たされるような感覚に包まれながら、すぐに眠りにつくことができた。

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