檜佐木修兵


まただ。
また鈴が、任務で怪我をして運ばれたという報せを聞いた。心臓が止まるかと思うくらい驚いたが、運ばれた時点でまだ生きているということは聞いていたから少し安心はできた。
すぐにでも駆け付けたかったが、仕事も終わらせていないのに彼女の元へ駆け付けるなんて出来るわけがない。そう思ったのだが、隊長に行っておいでと言って頂けたから、最低限の仕事を片付けてから、お言葉に甘えて救護詰所へ向かった。

病室に案内されると、ベッドで鈴が青白い顔をして眠っていた。ベッドの傍には鈴と同行していた死神がいて、泣きそうな顔で起こった事を説明してくれた。
また、人を助けるために自分の身を犠牲にしたらしい。こいつのことだから、目の前で誰かが傷付くのが嫌だったんだろう。だからと言って、お前が傷付くことが嫌な奴だっているってことを、いい加減解って欲しい。

「お前らも疲れてるだろ。御門は寝てるだけだから、休んでこいよ」
「…でも」
「心配すんな。卯ノ花隊長が治療したんだろ?だったら回復しないわけないんだから、大丈夫だ。心配すんな」
「…はい。また、後で御門七席にお礼言いに来ます」
「あぁ」

申し訳ないが、 病室から追い出させてもらった。部屋の中に俺と鈴だけになると、気が抜けてため息が出た。
どうしてこう、後輩の前だと強がって無理をしてしまうんだ。俺が死にそうになったときも、恋次を助けるときも、今回も。死神である以上、怪我が避けられないのは解っている。それでも、身を削られると不安になる。

「…鈴、起きろ。いつまでも寝てんなよ」

きっとまだ寝ていた方が体にはいいのだろう。だけどいつまでも目を覚まさない鈴を、見ているだけだなんて無理だった。軽く体を揺すれば、鈴に反応があった。名前を呼んで頬を撫でていたら、やっとのことで目を覚ましてくれた。

「…修兵」
「寝坊だぞ」

鈴は瞬きを繰り返し、自分の身に起きたことを思い出したのか神妙な顔をして起き上がった。

「おい、まだ寝てないと」
「修兵、僕…後輩を殺したかもしれない…」

ただでさえ血色の悪かった顔を青白くさせ、そう呟いた。

「僕…怖かったんだ、死にたくなかったんだよ、だから、殺られる前に、殺らなきゃと思って…」
「鈴、」
「ごめんね修兵、僕、仲間も助けられない駄目な奴になっちゃった…」
「駄目じゃねぇよ。さっきお前の後輩にも聞いたけど、全員生きて帰って来たって。後で礼言いにくるって言ってたし、誰も鈴のこと駄目な奴だなんて思ってねぇよ」

泣きそうな鈴を少しでも安心させられればと、震える小さな手を包み込むように握った。

「本当に…?僕のやりかた、間違ってなかったかな…?」
「全員生きてんだから、間違っちゃいないだろ。鈴が切った奴も命に別状は無いから大丈夫だって言ってたぞ」
「…この手に、残ってるんだよ。あの子を斬った感触が。これから、どんな顔してあの子に会えって言うんだ」
「…一人で会いに行けねぇなら俺も一緒に行ってやる。一番重傷の鈴が起きてんだからそいつももう起きてんだろ」
「ちょっ、修兵、」

悩んでネガティブになる鈴の姿なんて見たくない。俺は自分のエゴで、鈴をおんぶして病室から連れ出した。たしか隣の病室だったと思い、そこの扉をノックして開けてみれば、さっき鈴の傍についていてくれた鈴の部下たちがいた。

「突然悪いな。御門がお前に会いたがっててよ」

ベッドに横たわっていたそいつは、俺らを見て体を起こした。体に巻かれた包帯が着物の襟から覗いていた。

「あ、あの…、斬って、ごめんね。他に、どうしていいか解らなくて…」

鈴の震える声が耳元で聞こえる。心の準備だってできてなかっただろうけど、ごめんな。

「大丈夫です!あのままこの手で仲間を殺すようなことになってたら、その方が嫌でしたから…。俺が誰かを殺す前に、片付けてくれてありがとうございました」
「そうですよ!僕だってこいつに殺されそうで…御門さんのおかげで助かりました!だからそんな、謝らないでください!」

部下たちは鈴への不満など漏らさず感謝を口にしてくれた。良い部下を持ってんじゃないか。

「ごめんね、ありがとうっ…」
「な、泣かないでくださいよ!俺ら御門さんの笑顔が好きなんですから!」
「笑った方が可愛いですよ!!」

鈴が泣けば口々にそんなことを言われ、さすがの俺もイラッとする。俺らの関係を知らないとはいえ目の前で可愛い可愛いと口説かれるのは納得いかない。実際可愛いからしょうがねぇけど。

「ちょっといいか、お前らの好きな御門さんの笑顔、悪いが俺のもんだから手出すんじゃねぇぞ」
「し、修兵、それ今言うことじゃ…」
「お前らが鈴を可愛いって言えることだってな、鈴の笑顔を保つために許されてるだけだって覚えとけよ」
「ばか!」
「げっ、」

耳元で叫ばれ、両腕で首をきつく締められた。苦しいけど背中に当たる柔らかい膨らみのせいで、それすら幸せに感じてしまう。

「修兵が変なこと言ってごめんね!と、とりあえず、みんな生きててくれてありがとね!ほらもう帰るよ」
「おう」

鈴の部下たちからはポカンとした顔で見られていたが、 気にせずまた鈴の病室へ戻った。ベッドに降ろしてやれば、ため息をつかれた。

「修兵の嫉妬には呆れたけど…、でも、連れてってくれてありがとね。みんなの顔見れて、すっきりした」
「それはよかった」

これでまた、安心して鈴の笑顔を見られるんだ。それだけで俺は、幸せだ。

「修兵ももう副隊長なんだから、彼女に現を抜かしてないで余裕持ってよ」
「しゃーないだろ、目の前で彼女口説かれて黙ってられるか」
「口説かれたって修兵以外になびくわけないじゃん」

それが当たり前で揺らぐことも無いという態度で言い切ってくれて気持ちが良い。俺は鈴のそういうところが大好きで、鈴以上に好きになれるような女は現れないだろうと想像できる。

「修兵のおかげで、僕は今ここに居るんだから」

そう言って鈴は俺の頬の傷を撫でた。その左腕に触れられると、時折学院時代を思い出す。俺の見えないところで力をつけ、勉強もして、小さな体で誰よりも努力していた憧れの先輩の姿を。

「俺が副隊長にまでなれたのも、鈴のおかげだよ」

この人にその気が無くたって、俺はいつだってこの人に支えられてきた。ただ俺の傍に居てくれるだけで、勇気を貰えた。

「僕は何もしてないよ」
「…それもそうか。俺が勝手に影響されただけだな」

ただ鈴の存在が、いつも俺の生きる世界を明るく変えてくれたんだ。

「…元気に生きてくれるだけでも、すげぇ感謝してる」

怪我には響かないよう、優しく鈴の体を抱き締めた。
鈴が戦いの中でもし死ぬようなことがあったら、俺の世界は真っ暗になるだろう。この温もりも、感じられなくなってしまうのだろう。

「僕は修兵が生きてるだけじゃ満足できないなぁ。生きて僕のことを愛してくれて、傍にいてくれて、それでやっと幸せだよ」
「…強欲だな」
「そりゃあね。欲しいものは手に入れなきゃ面白くないでしょ?修兵だってそうだから、やきもち妬いてくれるんだよね?可愛いね修兵、大好き」

怪我は痛くねぇのかよ、と言いたくなるくらいきつく俺に抱き付いてくる。痛いのなんか我慢してでも俺にくっつきたいってことか?

「鈴の方が可愛い。愛してる」

俺だって強欲だから、愛して欲しいし、傍にいてほしいし、鈴の全部が欲しい。
素直に告げたところで、僕の全部は修兵のものだよ、と返ってくるんだろうと考えてしまうくらい、俺は幸福者になれたんだ。

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